救世主は祈祷師
「くすくす」
夜の学校に、鈴の音を鳴らしたようなかわいらしい笑い声が響く。
しかし、かわいいと思えるのは、その声だけだ。
「みーんな、みーんな、ワタシみたいになっちゃえばいいのに。いなくなっちゃえばいいのにね」
言っている事は、かわいらしいとはとてもいえない。
その恐ろしい言葉の響く校内に居るのは、三人の男女。
「ねぇ、智斗瀬、ほんとに行くの?」
「相田、怖いならお前は来るな」
「でも、わたしの方がよく見えるし・・・・霊がどこにいるか感じる事ができるもの」
「ていうか、声はかわいいのに、言ってることえげつないね」
「だな」
そんな会話をしながら、廊下を歩いているのは、安曇智斗瀬、相田由香里、河原坂那智の三人である。
那智が懐中電灯で行く手を照らし、由香里は智斗瀬の腕にしっかり掴まっている。
智斗瀬といえば、鋭い目で辺りを見回しながら警戒を怠らない。
「・・・・智斗瀬、お前さ、お見合いはよかったの?」
「お見合い!?」
那智がふと思った話題を口に出せば、すぐに由香里が反応した。
彼女のその過激な反応からめんどくさそうに顔を逸らしながら、智斗瀬は首を振った。
「興味ねぇし。こっちの方が面白そうだったから」
「でも、相手がかわいそうだよ」
「知らねぇよそんな事。俺と同い年で、次期当主だぜ?しかも名家と来た。・・・・・・俺は、女の下につくなんて真っ平ごめんだ」
「・・・じゃあ、お見合いはなかったことになったの?」
「さぁ。今頃、兄貴達がうまくやってるだろ」
「よか・・・っ!?」
由香里が安堵したのも束の間、突然彼女が自分の体を抱きしめて震え出した。
「おい、町田」
チリ―ン、チリ―ン・・・・。
静かな廊下に、鈴の音が響いた。それが、不気味なほどに辺りに響き渡る。
「みんな、何してるの?」
「「「!?」」」
すぐ傍で聞こえたその幼い声に、三人は一斉に振り返った。
「ワタシみたいに、なりたいの?」
そこに居たのは、毒々しいまでの真っ赤な着物を着た、十歳程度の女の子。しかし、その子の顔の半分は、血で染まっていた。
「「「!!??」」」
そのひどく禍々しい邪気に、三人は言葉を失った。
彼らが今まで相手にしてきたどの霊よりも幼い顔立ちをしているのに、その身に纏う邪気は、彼らが予想していた以上に強大だった。
着物姿の幼女が、一歩一歩近づいてくる。
三人は、その場に縫いとめられたかのように動かなくなった。
智斗瀬と那智は、これでも名家出身の陰陽師である。そんな彼らが動けなくなるはずがない。疑問に思った二人が自分達の足元を見てみれば―――。
「お友達~」
彼らの足を縫いとめていたのは、床から伸びた、無数の真っ白な手だった。
凶悪な笑みを浮かべて、近づいてくる女の子に、絶体絶命を予感しながら成す術もなく立ち尽くしている三人の後方から、突如として眩しい光が射した。
赤い着物の少女が、その眩しさに怯んだ瞬間、智斗瀬達の動きを止めていた腕の力も弱くなる。
『皆さん、早く屋上へ!』
直後、辺りに響いたのは、男性の優しげな声。
『ここはアタシ達に任せなっ』
続いて響く女性の声。
眩しい光を目指して走り出した三人の元をすり抜けたのは、二人の男女。
彼らの隣を抜けた瞬間、智斗瀬と那智は瞠目した。
一瞬通り過ぎただけで分かった、あの二人の霊力の強さ。そして、彼らが使役された霊だと言う事にも。
ただの霊が、あれだけの力を有する事はまずない。一つだけ可能なのは、その主が強大すぎる力を持っている場合のみ。
しかし、そんな事があるのだろうか。
男女の霊に言われた通り、屋上へ辿り着いた三人は、勢い良く屋上の扉を開け放った。
その瞬間、三人は問答無用に結界の中に引き込まれる。
「なっ!?」
「この結界っ」
智斗瀬も那智も、その結界に呑まれた瞬間、互いに顔を見合わせた。
由香里も、力が抜けたように地面に座り込んだ。
「この結界・・・・・すごく、暖かい」
由香里が小さく呟いた。
「そう、それはよかった。苦労したかいがあったわぁ」
「「「!?」」」
突然聞こえた第三者の声に、三人は弾かれたように前を見た。
そこに居たのは、一人の少女。
その姿を視界に納めた瞬間、三人は驚きのあまり言葉を失った。彼女の事を、朧げにだが知っている彼らは、今の情況に混乱した。
あれは、いつも数人の友人達と共にいる同級生の少女。
「こんばんは。夜遅いのに、幽霊退治、ご苦労様です。・・・・・まぁ、あなた達に除霊は不可能だったみたいだけど」
結界の外から、智斗瀬達を見つめている悠は、にっこりと笑った。