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ドタキャンされたのは女子高生

 その夜は、直系の者達だけで夕食を食べる事になった。


 従兄弟達と祖父母、叔父叔母達に、悠の家族、そして耀当主だ。それだけでも、大人数なので、座敷は大賑わいになった。

 厳しいと評判の耀当主も、今はただの曾ばあ様をして、その宴会を穏やかに見守っている。こうして、使い分けが出来るからこそ、彼女は身内の者達に好かれる。


(私に、当主なんて勤まるかなぁ)


 小さく笑いながら、叔母達と談笑している曾祖母を見ながら、悠はふとそんな事を考えた。こんな事を考えている辺り、少しは当主としてやろうという気にはなっているのかもしれない。

 本人は、まったくその事に気づいてはいないが。


「ねぇ、悠」

「ん?」


 徹と空とお寿司の取り合いを行なっていた悠は、声を掛けられて、その方向に顔を向けた。そこには、賢の次に歳上の従兄である倖が、少し難しい顔しながら座っていた。彼は悠の方を向いてはおらず、その視線は悠の学校指定の鞄に向けられていた。


「どうかした?」

「………この鞄、なんか邪気が宿っているようだけど」


 倖は、霊を祓う事よりも、その念を感じ取る事に長けている。

 その能力だけを取れば、一族の誰よりも強いかもしれない。耀も、彼の能力には一目置いていて、お祓いの依頼が来た際には、よく彼を読んで場所を探したりするのだ。


 彼のその言葉に、大騒ぎをしていた一同は一斉に静まり返った。


「あぁ、うん」


 そんな彼らを気にすることなく、悠は鷹揚に頷いて、彼の言葉を肯定した。


「なんか、女の子の霊が住み着いちゃってるみたいでさ、ウチ高校」

「……へぇ」

「でも、まだ大丈夫だと思うよ」


(てか、その前に、あの三人がどうにかしちゃいそうだけど)


 あの三人とは、安曇、河原坂、相田の事である。彼らは、噂によると除霊も出来るとの事。実力のほどはよくわからないし、興味もない。


「悠ってさ。……肝が据わってるのか、ただ単に興味がないだけなのかわかんない時あるもんね」


 寿司を突付きながら、空がそうぼそりと呟いた。


「だってさ、別に悪さしてないなら、祓う事もないでしょ」

「けど、これは禍々しい邪気を持ってる。・・・・・これ、かなり高等霊かな」 

「うーん、いざとなれば私も動くし」

「………それは、自分の力に自身を持っているといっていいのか?」

 慎が首を捻りつつ言う。

「もう、いいじゃん」

「悠さん」

「はい」


 耀がはっきりとした声音で彼女の名を呼んだ。

 悠は瞬間に背筋をしっかり伸ばし、彼女に答える。


「今度学校へ行った時は、屋上にでも結界を張っておきなさい。万が一、除霊をしなければいけなくなった時、役に立つはずです」

「………はい」


 耀のその言葉に、小さく間を置いて答えた悠を、従兄弟達が見逃すはずもなく、皆一斉に苦笑しながら悠を見た。


「悠は、結界張るの苦手だからね」


 賢が言う。

 その通りである。

 彼女の作る結界はかなりの強度を誇るものなのだが、如何せん彼女のやる気が足りず、結界を作るまでの作業を面倒だと思う節がある。だからこそ、彼女は前もって用意しておく事をしない。


 しかし、曾ばあ様直々の言葉とあれば、聞かないわけにもいかない。 

 悠は溜息をついて、結界を作るのに必要な手順を思い返していた。

 


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●

 

 

「今回のお相手は、悠さんと同い年の方でいらっしゃいます」

 

 翌日のお見合い当日、悠は耀当主の指導の元、お見合いの定義について勉強していた。


 この歳でお見合いの心得を習う事になろうとは、十五歳の時、初めて本当の事を聞かされた彼女は想像出来ただろうか。

 赤い牡丹柄の振袖を身につけて、髪も綺麗にアップされた彼女は、後は相手に会うだけという状態になっていた。


「お相手の方は、陰陽師の家系で、宮千塚家に並ぶとも劣らない名家の出身の方ですし、実力も中々と聞き及んでいます。無礼のないように。いいですね」

「はい」

「それと、あなた自身が次期当主だということを、きちんと態度に示し、威厳を忘れない事です」

「はい」


 耀当主の言う事に神妙な振りをして順応に頷いていれば、時はあっという間に流れてしまうものである。


「御当主様」


 襖の向こうから声が聞こえたので、相手がやってきたのかと思った悠は、当然のことながら決心を決めて立ち上がった。

 しかし、襖を開けて中へやってきたのは祖母で、少し困惑気な顔をしていたのだ。

 様子のおかしいその雰囲気に、悠は首を傾げた。そのの祖母の後に入ってきたのは、身も知らぬ男性。彼もまた、困り顔で悠に顔を向けた。


「皐さん、いかがされましたか」


 表情を崩す事無く、耀当主は情況を詳しく話すようにと息子嫁であり、悠にとっては祖母に当たる皐に促した。すると彼女は後ろに立つ男性を振り返った。


 彼は突然膝をついたかと思うと、いきなり土下座をしてきた。

 生まれてこの方そんな事をされた事がない悠は、ぎょっとする。


(え、なに、なんで土下座されなきゃいけないの!?)


 混乱するのは当然だ。

 そんな彼女の気持ちを知るよしもなく、その男性は申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「………今回、お見合いの相手に示されたのは、私の弟なのですが。彼が、……この話を承諾する気がなく。今朝、どこかへ行ってしまった様子で、どこに居るのかわたくし共では皆目予想がつかず……」

「………」


 彼の言葉に、悠の自分の頭の血の気がなくなっていくのを感じていた。


(………なに、私、見合い相手に、逃げられたって事?)


「どういうことです。今回の話は、そちらから持ってこられたはずでは」

「祖父もそのつもりでした。一番下の弟は、それなりに能力も高く、悠様とも歳は同じで、ちょうど良い相手になるだろうと。………しかし、その本人が居なくなってしまい」

「安曇家の当主は、孫一人言う事を聞かせる事も出来ないとは。………失望しましたよ。こちらは、次期当主の見合いだというのに」


 耀当主は、完璧な軽蔑の眼で、目の前に居る男性を見つめた。

 皐も、どちらかといえば当主よりだ。

 このままでは、男性があまりにもかわいそうだと思った悠は、とりあえず彼の援護に回る事にした。

「当主様、おばあ様、この方が悪いわけではないですし……」

「悠様、申し訳ない!」

「え、あ……いいえ。気になさらずに………顔を上げてください」

「智斗瀬は、おじい様が甘やかし過ぎたせいで、少し、わがままに育ってしまい」

「あの安曇家が、呆れました」


(………智斗瀬………安曇?)


 その名前、どこかで聞いた事がある。

 悠は、一生懸命その名前を思い返そうとした。

 そのため、男性が帰って行ったことも、その後、奥座敷に家族が集まって来たことにも気がつかなかった。

 

 

「ようやく決心した見合いで、相手に逃げられるとはな」


 慎の声で、悠はようやく我に帰った。 


「悠、元気だして」 


 空が軽く肩を叩きながら、慰めるように言って来る。


「そうよ。逃げるなんて、それだけの男だったって事よ」 


 賢達の母も、元気付けるように言う。 

 どうやらみんな、悠がショックのあまり茫然自失になったと思っているらしい。


「相手はまだたくさんいるさ」


 賢が笑ってくる。


「今回の事はさっさと忘れて、学校のお祓いに集中しなよ」


 倖のその言葉に、悠の頭の片隅にあった記憶が掘り起こされた。


「あぁぁぁぁぁ!!」

「「「「「!?」」」」」」


 突然大声を出せば、誰だって驚く。

 悠の周りにいた人々は皆、飛び上がらんばかりに驚いた。もちろん、耀は目を瞬かせるだけに留まったが。 


「……思い……出した………」

「ゆ、悠ちゃん?」


 夏樹が、俯いたまま黙り込んだ娘を心配して、彼女の名を呼んでみた。すると、悠の肩が小さく震え出した。


「ふふふふふ……」


 不気味に笑い出した彼女の周りを、何かが覆い出す。

 その邪な空気に、皆が彼女から一歩引いた。


「あいつかぁ、私の見合いほっぽりだしたのは」


 顔を上げた悠の瞳は異様に輝いているようで、更に恐ろしさが増す。


「………ねぇ、お兄ちゃん」

「ぅ、おぅ!?」


 地を這うような低く響く彼女の声に、実の兄でもたじろいだ。返事は返したものの、声が裏返ってしまう。


「男の人ってさぁ、自尊心傷つけられると、結構な痛手になるよねぇ」


 そう言いながらにやりと笑った悠を見て、その場に居た全員が一気に鳥肌を感じた。

 彼女を覆う巨大な霊気は、すべて彼女自身から溢れ出すモノである。 


「私、ちょっと学校に行って来る。倖兄、送ってくれる?」

「………あ、あぁ」


 普段やる気のない人間が本気で怒るほど、怖いモノはない。

 唯一のかわいい従妹の豹変した姿を見た倖は、ここは逆らわない方がいいと冷静に判断し、すぐに了承の意を伝えた。



「ふふふ、待ってなさい。安曇智斗瀬。………あなたに、これ以上にない屈辱、味合わせてやるわ」

 

 その言葉を聞いた、その場に居た皆は、一斉にその名前を呼ばれた青年に心の中で合掌した。

 悠の本気の怒りを買ってしまったのは、他でもない彼自身だが、それでも、同情せざるを得なかった。これがすべて終わった時、彼の自尊心は、無事なのだろうか。


 彼らが案じたのは、その一点だった。




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