祈祷師は女子高生
長編を連載中ですが、息抜きも兼ねて中編をアップします。
前に自分のHPに上げていたものの改良版です。
楽しんで頂けたら幸いです。
彼女の望みは、本当に単純な事で、普通に静かな日々を過ごすことだった。
そう望んでいたからこそ、今まで平和に暮らしてこれたのだ。
いや、ただ単に彼女にやる気がないというが、一つの、いやすべての原因なのかもしれないのだが。
今日も今日とて、彼女は教室の片隅で語られる他愛もない日常会話に耳を傾けていた。
「聞いた?この頃、学校にあれ、出るらしいよ」
「あれ?」
彼女―――宮千塚悠は、友人の意味深な会話に眉を顰めて聞き返した。
すると彼女を囲んで話込んでいた友人達の一人が、驚いたような声を上げる。
「なに、ゆーちゃん知らないの?」
「だから何を」
「幽霊よ。ゆ・う・れ・い」
「・・・・・・へぇ」
とりあえず、無難に相槌は打っておいた。けれど、その話題にはあまり深く触れたくない彼女は、少しだけ回りの空気の温度を下げてみようかと神経を集中させてみた。
もちろん、周りが気づくわけもない。
「なんでも、女の子の霊なんだって」
「聞いた事あるよ。この学校七不思議の一つでしょ」
「あー、あの、赤い着物を着た女の子の話?」
友人達は、怖い話を清らかな満面の笑みで語る。
(誰か………この話題を止めてくれ)
悠の机を囲んで集まる四人の中で、机の持ち主だけが黙って彼女達の会話を聞いている。とりあえずその話を止めて頂きたいと思うのだが、せっかく盛り上がっている所に水を差す事も出来ない。
(あー、周りに集まってきた・・・)
友人の隣に立ち、彼女を覗き込んでいる青白い顔をした青年を見つめ、クラス中を漂っている人ならざるモノ達の存在を感じ取りながら、悠は気だるげに溜息をつく。
彼らはまだ下等霊なので、そのままにしておくが、見ていて感じの良いものではない。
しかし、さすがは華の女子高校生。
話題の転換はお手の物だった。
「あ、また来てるよ」
一人の合図によって、その場に居た全員の視線が一気にクラスの入り口へと向かう。
彼女達に一拍遅れて、悠もその方向に視線をやる。だが、どうしてもさっきから自分の頭の辺りをうろついている蒼い人魂が気になって仕方がないのもまた事実だった。
それでも、慣れというものは恐ろしい。
一度軽く頭を左右に振って、脳をすっきりさせれば、特に気にする事なく友人達の注目した先に目をやる事が出来る。
そこに居たのは、二人の男子生徒と一人の女子生徒。
三人共すらりと背が高く、クラス内だけではなく廊下からも注目されていた。
「やっぱり仲良いよね。いつも一緒にいるもん」
「あ、でも、相田さんを巡って、安曇くんと河原坂くんが喧嘩したって聞いた」
「えー。相田さんは安曇くんと付き合ってるんじゃないの?」
「あたしもそう思ってたー」
学校の七不思議から、彼らの話題に摩り替わるのに、彼女達が要した時間はほんの数十秒。恐るべし女子高生、である。
(何がおもしろいのかねぇ)
悠は、頬杖をついてその話題の当人である三人を見ながら心の中でそんな事を考えていた。
安曇智斗瀬は、悠の隣のクラスの男子生徒で、その顔の整い具合から今学校内で一番人気があるともいわれている生徒である。すらりとした体躯に、モデル並の整った顔が乗っかっている。黒い髪は制服の襟元まで伸びていて、目元まである前髪はさらりと流していた。とりあえず、端正な顔立ちなのだ。しかし、あまり社交的な性格ではないため、親友の河原坂那智が、彼は不器用なのだとフォローを入れることもしばしばである。
そんな那智も、智斗瀬とならぶ美青年だった。明るい茶色の髪は地毛らしく、親にわざわざサインを貰い先生方にそれを提示して以降は、特に文句を言われなくなったというのは有名な話だ。その髪はすっきりとした短髪で、どこか活発な明るい少年を思い出させる。その髪色のせいだろうか、彼自身、少し西洋の雰囲気を纏っているのが印象的だ。性格も素直で、その場を和ませるのがとてもうまい。
相田由香里は、そんな二人と一緒にいる女子高生で、彼女もまたかなりの美少女である。だからこそ、人気生徒である二人と共に居ても、真っ向から文句をいう人間などあまり居ない。光加減で茶色にも見える黒の髪は、どこをどうしているのかいつも綺麗なウェービーヘアーで、彼女はそれを癖っ毛だと主張している。性格も美人がゆえの傲慢さはなく、他の女子生徒達とも仲が良い。
そんな三人は、成績も常にトップで運動もできる、更には生徒会にも入っているという、スーパー高校生だった。
これだけを見るならば、彼ら三人と悠はまったく関連性がない。むしろ、関係性があってもおかしいのが本当の所だ。
しかし、そんな彼らにも、一つだけ共通点があった。
その事を知るのは、悠本人と、そして彼女の部活の先輩である一之瀬麻貴のみ。
当事者である智斗瀬達すら知らないのは、一重に悠自身が悟られぬよう注意しているからである。
その共通点、それは―――彼ら全員が、『人ならざるモノを見る事が出来る』と言う事。
● ● ● ● ●
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい」
学校が終わり、部活も休みだったので、悠はいつもより早く帰宅する事が出来た。
玄関先で帰ったと合図をすれば、キッチンに居るらしい母からの返事が聞こえる。
悠はいつも通り、廊下を通ってリビングに入る。家に居るのは母だけで、会社勤めの父も大学生の兄もまだ帰ってきては居ないようだ。
ソファーに鞄を放り投げ、甘く香ばしい匂いの漂うオープンキッチンを覘けば、母がマフィンを焼いていた。彼女はお菓子作りが趣味なので、こうして良く色々なものを作っては、悠を喜ばせてくれる。
「あ、そうだ」
マフィンのつまみ食いをしている悠の顔を見つめていた母の夏樹は、思い出したように手を叩き、キッチンの前にあるダイニングテーブルの上から一通の手紙を手にとり、そのまま悠に差し出した。
「?」
「耀当主様から」
「・・・・・また~?」
夏樹の口から出た手紙の差出人の名に、悠は眉を顰めて情けない声を出した。
娘の言いたい事がわかる夏樹は、それでも彼女に手紙を読むように催促する。もしも重要な内容であれば、一大事なのだ。
「・・・・・」
渋々といった様子で手紙を開き、中身に目を通していた悠は、その後深い溜息をついた。
「なんて?」
「………今度の週末本家に来いって。見合いなんだってさ」
「あらまぁ」
ダイニングの椅子に座って、悠は深く溜息をついた。
夏樹はキッチンに戻り、最後の仕上げのというようにマフィン一つ一つに飾りつけをしていく。
「いいじゃない。早く相手を見つけないと、後で困るのよ」
「でもさー、私も色んな恋をしてみたいのだよ?」
「そんなこと言って。ただ面倒なだけでしょ」
「………」
悠は目の前に鎮座する手紙を睨みつけながらも、母の指摘に反対意見は零さなかった。耀当主の言葉は絶対なのだし、悠も最初から反発する気はない。
耀当主。それはこの手紙の差出人でもあり、悠の曾祖母である。
悠の苗字は宮千塚。
そして、宮千塚家は、代々祈祷を生業とする一族なのである。
その歴史は遡れば平安末期より始まるらしい。それこそ陰陽師の歴史よりも長いという。
悠はそこのところはまったく興味がないため、詳しい事はよく知らないのだけれど。
そして、そんな宮千塚家に生を受けた宮千塚悠こそが、歴代のどの当主よりも高い霊力を持つと現当主に宣言され、それと同時に無理矢理次期当主の座へと伸し上げられた、一般的な女子高生とは遠くかけ離れたスーパー女子高生なのである。
(あー、宿題しないとまた先生にどやされるわ~)
マフィンを齧りながら、悠は気だるげにそうぼやく。
………例え当の本人が、やる気0がモットーの人間だったとしても、凄いのである、きっと多分、絶対。