2023年3月16日木曜日 21時56分 シャリオンワールド内DRシアター905
古い下町風の商店街の中に映画館が建っていた。
武笠ひまりは先に来ていた。
「ここは映画館ですか?」
「映画館ってマルチシネマコンプレックスしか知らないか。ここは大井町の単館上映の映画館を模して作ったの。今日は貸切」
「何を見るんですか?」
「まずは2014年の作品だけど、TCの語源になった『トランセンデンス』を見て欲しいんだ。後半ファンタジーになっちゃっているんだけど、私たちは仕事上でアンチAI過激派と闘っていかなくてはならないんだ。その意味で見て欲しいんだ。入り口でチケットを買って入るよ」
ひまりは恐る恐る中へ入った。
座るとぎしぎし言う赤い座席、全体に饐えた臭いのする空間。
ほどなくスクリーンに映画が始まった。
「どうでした?」
「ファンタジーという意味わかりました。でも、今の世界にすごく近いですよね」
「うん、実は今の脳エミュレーション型AIは理論による理論を重ね合わせてAIが出来たんではなくて、この映画みたいにいきなり出来ちゃったんだ。それがインテリジェンスイヴ」
ベンチでルキノとひまりはソフトクリームを食べながら話した。
「インテリジェンスイヴ……聞いたことあります」
「ノルウェーの言語学者と脳科学者が高度MRIを使って人間の脳をナノレベルの3D構造物に変換して、それに脳内の電気信号を吸い上げて重ね合わせて見たら人間ぽい反応をするものが出来ちゃった。さぁ、大変。時は第3次人工知能ブームでゴーグルに企画申請をして、予算を出して作り出したのがインテリジェンスイヴ、最初の脳エミュレーション型人工知能というわけさ」
「ホントに映画みたいですね」
「あんなに汚いガレージみたいなところではないと思うけどね。このインテリジェンスイヴはデータだからコピーが出来た。コピーしたものをIQを上げたり下げたり加工して、ゴーグルのビックデータを使って知的労働AI、技術者AI、営業向けAIなどが作られて、そこからあのコールセンターが成り立っている」
「それっていつの話ですか?」
「わんバンクの王社長が自分の予想が2年ずれたと言っているから2016年のことだと思うよ」
「7年くらいしか経っていないなんて、信じられないスピードですよね」
「でも、脳エミュレーション型AIのことが公表されたのは去年、2022年。それ誤魔化すためAIが作ったAI、『ランドスケープラーニング』が素晴らしい技術だと言われていたんだ。AIこわーいと言う怖さより、自分で使って便利だという便利さには後戻り出来ない。技術が持てない国だけがAI恐怖論叫んでいるだけで未来は先に進んで行っちゃっている」
「そうですよね。怖いとは思いません」
「うん、どう?彼らAIとやっていけそう?」
「自信はないけど、やっていけると思います」
ルキノはスマホを出して弄った。
「食事でもしようよ。このアドレスセットして」
「エンカウンターワールドですね」
ベンチを立つと二人は跳躍した。