2023年3月16日木曜日 16時7分 エンカウンターワールド内リビングルーム
「8月14日は、私、良く意味がわからなくって……」
ひまりはちょっと困った顔をした。
「PSDRを発売したサイクオリア社がアメリカ合衆国からジョンストン環礁を購入して、そのアメリカから独立してクオリア国として新しい国を創ったんだ。サイクオリア社は検索のゴーグル、通販のアミゾン、通信のわんバンクの3社が出資して創った会社で拠点をアメリカから自力で独立国を作って、そこに本社を移すことになった。これは企業が独自で国を創ったということなんだ」
「えっと……」
「いままで国家が有って企業が育ってきた。だから、企業は国家の意向に左右する。たとえ、多国籍企業でも、その枠からは逃れられない。ところが企業が国を創ってしまったらどうだろうか?国の意向そのものが企業の意思なのだ」
「なんか、難しいね」
「それで何をしたか?クオリア国はWPRO、世界利益再配分機構を発足したんだ。これは企業が稼いだお金を世界に分け与えようという組織を作ったんだ。なぜ国を創らなければならなかったのか?このWPROが国連とは合わない組織なんだ」
「あぁ、いまでも国連を抜けていく国があるのはわかるけど、なんで?」
「WPROは国連の役割はもう終わったと考えている。国連は世界平和や大きな変革など望んではいなく、常任理事国の意向の元、世界を経済活動の一部としてみている。宗教、思想による争いを無くすことに国連は大きく貢献する一方で経済によって公正でない判断が増えて歪になってきていると感じている。そこでWPROはベーシックインカム方式を協賛国に導入してもらって格差社会ではなくフラットな人間らしい社会生活の送れる世界を創ろうとしているんだ」
「政治的な話ですね」
ルキノはそこでまた一拍置いた。
「この2020年8月14日は私の運命を変えた日なの。クオリア国建国記念式典で当時15歳のケニアの少女、マリーダ・アマンギ記念講演のDRライブがあったの。私はライブでこれを見て人生の目標を決めた。ハチニャン」
「はいニャン、マリーダ・アマンギ記念講演ニャン」
2000人以上が居るであろうジョンストン島に作られた仮設の巨大なホールの壇上に褐色の肌の少女がマイクに向かっている。
『私はケニアのナニュキに住む11歳少女でした。エル・ゲイツ財団のエル・ゲイツ会長出会い、昼は家での手伝い。水くみの手伝いだけをしていた世界を、夜にDRマシンを使って数学、語学、歴史、プログラミングを勉強する世界を提供してくれたのです。このリアルと夢想現実の2つの世界に出会えたことがうれしかったんです。その時は夢想現実はかなり貧弱なローポリゴンだったので、プログラムを勉強してハイポリゴンの少しマシな世界を作ったんです。それを知ってエル・ゲイツ会長がゴーグルの会長さんとアミゾンの会長さんに私を会わせました。その時の私は12歳です。経験も無い代わりに怖いもの知らなかったんです。この夢想現実のシステムを使っての世界を平和にする方法を話しました。お金や経済に縛られない世界の仕組みを話しました。人間として生きる住みやすい世界のことを話しました。お二人はずっと幼い私の話に耳を傾けて聞いてくれました。お二人も自分たちの作って行く世界の矛盾を考えていました。経済の奴隷になって、このまま進む未来を少なからず憂いていました』
そこで言葉を句切ってマリーダはしばらく沈黙した。
『最初は単なる私のワガママだったのかもしれません。いえ、私のワガママだったんです。なんと大それたことを言ってしまったのか、今考えると足が震えてしまいます。でも、今日ここに、お集まりの皆さんの姿を見て世界は変えられるのかもしれないと思っています。争い事で解決する戦争の時代から、お金で解決する経済の時代に移りました。そして人類はその経済の時代を卒業して、私たちは次のステップ、心で解決する自由の時代に進化いたします。ようこそ、平和と自由の新世界に』
スタンディングオベーションが起きた。
満場のお客さんが総立ちになって一人に少女に拍手をした。
涙が出た。
「その時、私は惚れたの。15歳のマリーダ・アマンギに惚れたの。おかしいかな」
潤んだ目を隠すように塚田ルキノははにかんだ。
「えっ、うっ、おかしく無いです。こんな大事なこと、ニュースでも見ていなくて、いま見てビックリしました」
「ニュースには殆どならなかった。クオリア国の独立と世界利益再配分機構の話題にさらわれてしまったから、世界利益再配分機構には協賛国としてカタール、サウジアラビアが、協賛会社として日本のトミタ自動車、ビック5のエイスブック、レスレ、ルシュ・ホールディングス、ディゼニー等蒼々たる会社と名だたる長者番付のお金持ちが名を連ねた。しかし、単なるゲーム機器会社に、世界を何が出来るんだというのが世間の評価だったね」
「うんうん、何だか凄いことが起こっていたんですね」
「11月には世界利益再配分機構の力を借りてケニア・カナダ・フィンランドが国連を脱退してベーシックインカムを導入した。翌年2月にはスイスで2度目のベーシックインカム導入の国民投票があって、ノルウェー、デンマークがベーシックインカム導入に踏み切った」
国連を脱退するニュースがマルチ画面に流れる。
「そして、ショックなのが北朝鮮だよね」
「あぁ、そうですね。連日そのニュースで、ずっとそればかりでした」
「わかりやすい棟上晃解説員のニュースで当時を振り返ってみよう」
『SNSで話題になっている中国側から地対空ミサイルが発射されたのではという、この映像ですが、どう思いますか?棟上さん』
特集番組の中の棟上晃は映像をバックに解説しだした。
『3Dで創られたダミー画像という話もありますが、私は本物ではないかとみています。中国においてはTHAADミサイルの比ではないのが、この高高度飛行船「金日成」です。中国全土すべてが見えてしまうのですから破壊に必死なのだと思います』
『では、どうして中国も北朝鮮もアメリカも攻撃に関する公式的な見解を出さずに韓国だけが騒いでいるのですか?』
『それには今回の北朝鮮の行動を最初から説明しないとわからないと思います。8日前の2021年4月15日の金日成の誕生を祝う太陽節に例年のようにパレードが行われるのですが、今回は軍人のみ参加でミサイルなどの軍事兵器の映像はありませんでした。そのミサイルは広場に集められて封印され、最高指導者の演説の元、「北朝鮮は核兵器開発の中止、核兵器の放棄、化学兵器の放棄、すべてのミサイル兵器の放棄を宣言します。最低限自国を守る陸軍、空軍、海軍を残して軍を縮小する。北朝鮮は国連を脱退して世界利益再配分機構の元、ベーシックインカムを実現していく」と宣言しました。ただ、このとき、最低限の武器の他に日本にある高高度飛行船「アマテラス」の後継機である機体を世界利益再配分機構からもらって高高度飛行船「金日成」を打ち上げたのです。これを打ち上げられると中国は丸裸になってしまうんですね。それで恐らく中国は地対空ミサイルや戦闘機による攻撃で「金日成」を破壊しようとしたんですが、破壊できなかった』
パネルに非常にピントがボケた映像が表示された。
『これは田んぼに落ちた中国の戦闘機だと思われます。中国は必死でネット上のこういう映像や文章を削除を行っています。中国はこれ以上恥が続くのを怖れ外交的な攻撃に切り替えた。北朝鮮とアメリカは世界利益再配分機構側なので口を噤んでいる。ミサイルや戦闘機からどうやって高高度飛行船が身を守ったかはわかりません。一説によるとアドバンスドGPSによる電磁パルスのピンポイント照射でミサイル内部の機械を破壊したという説もありますが真相はわかりません』
『韓国だけが騒いでいるというのはどういうことなのでしょうか?』
『世界利益再配分機構にとって今回の北朝鮮のことは大きな賭だったのだと思います。朝鮮半島には「恨」という考えがあります。日本人には非常に分かりづらい概念なのですが、望むべき姿が果たされない無念や絶望、羨望や恨みを繰り返し持ち続けるというような概念なのですが、この場合平和になって生活が安定した北朝鮮に対して韓国がいるべき位置がそちらで、なぜ韓国が選ばれなかった無念や妬みを繰り返しそれを負の形にしている。この「恨」という概念をハッキリと持っているのが北朝鮮と韓国になります。世界利益再配分機構はこれを変えることが出来れば世界を変えることが出来るのではと大きな社会実験として考えたのではないでしょうか?そのため、世界利益再配分機構の恩恵を受ける北朝鮮は年間3兆円のベーシックインカム、衣料品、食料品、500万台のPSDRの提供、コラテラルネットワークの開設等、韓国に比べて一気に住みやすい希望の持てる環境に代わっていこうとしています。事実、韓国からの移民も増えているそうです。そこで出てくるのが「恨」です。自分たちは経済的な見通しも立たない状態に居るのになぜいい思いをしているんだという「恨」が韓国から情報が発信されていることなのだと思います。流出している写真や映像は一度は中国政府が削除したものを韓国で再アップしたものです』
『先ほど、社会実験と言いましたが……』
『はい、世界利益再配分機構のやろうとしていることは世界を変えてしまうほどのことです。いまの経済資本主義の考えとは相反します。社会主義とは違った形で生活の水準をフラットな形に持って行こうというのです。そこに国として障害になるのがロシアと中国、組織として障害になるのが国連ということなのでしょう。そして、国連や中国やロシアが出来なかったことをやってしまったというのが、今回の北朝鮮の核放棄と武装放棄なのですね。だから、世界を使ったこれは社会実験だと言えます』
「この後も色々と続いたね」
ルキノの手元の猫はいつの間にかミシュンに変わっていた。
『棟上さん、中国、ロシア、インド、韓国がコラテラルネットワークを拒否し、国連に反対決議を提出したことを解説してもらえますか』
『それを説明する前にコラテラルラインとコラテラルネットワークの違いを説明しないと理解出来ないと思います。コラテラルラインはケニアのマリーダ・アマンギが作ったと言われています。コラテラルラインはPSDRのために作られ、始点と終点でコラテラルチップを積んでいれば暗号解読復元できるシステムです。分かりやすく言うと第二次世界大戦中、ナチスドイツが暗号機としてエニグマを使いました。エニグマで発信したものはエニグマで再生できました。これと同じ感じです。それに対してコラテラルネットワークはまったく意味が違います。ネットワーク自体が暗号化システムになっています。その暗号は12時間おきに暗号キーが変更されると言われています。これを作ったのは高度なAIで人間には解けないと言われています。そこで決定的な違いですが、コラテラルラインはインターネット回線の中を走っているのに対して、コラテラルネットワークはコラテラルネットワークの中をインターネット回線が走っている。インターネット回線の上位回線です。そのため、インターネット回線に走る情報の中身が丸見えだということです。コラテラルネットワークはその仕組みは秘匿されているため、ロシアも中国も自国で管理の出来ない回線は使わないと言う事で9つの国が導入を拒否し、国連にインターネット回線とは別にするようにと言う決議を上げています』
『日本でのコラテラルネットワークの状態はどうなのでしょうか?』
『日本の場合、東京オリンピック時点で主要な部分がコラテラルネットワークに置き換わっていました。そして、このコラテラルネットワークの特性であるインターネット回線を丸見えにすることは政府の一部と警察の一部にしか知らされていませんでした。テロ等準備罪法案により未然に防げたオリンピックのテロの洗い出しにコラテラルネットワークが使用されたと言われています。いま日本は90%と言えるくらいコラテラルネットワークに置き換わっています』
『それは危険なことじゃないですか』
『現在はAIがテロの可能性があるときに、裁判所に情報を出して捜査をするか判断するというセイフティ機能が設けられています。裁判所を通過しないと政府も警察も情報が見られない仕組みになっています。また、ウィルスソフトやマルウェアの話が日本では無くなったのは、セキュリティソフト会社が政府主導でコラテラルネットワークを使ってウィルスを未然に潰して行ってくれているからです。そして安心してネット上でお金のやりとりが出来る様にやっとなったといえます。テロ等準備罪で未然に防いだことが実際にテロとして実行されていたと思うとその災害は計り知れないと思います。コラテラルネットワークに代わったから安全と言う部分とコラテラルネットワークで監視されるから危険という部分では悪意を持ってこれを使うのかということになるので危険より安心の方が強いかなと私は思います。三権分立により日本はコラテラルネットワークと上手く付き合っていると思います』
「そして、日本にも革命がやってきた」
ルキノはDRのコントロールを開いてファイルを起動した。