2023年3月17日金曜日 4時46分 エンカウンターワールド内日本酒BAR 和酒毘
ホテルの廊下のような処に出た。
「最後はここで締めようか」
廊下にポツンと看板と扉がある。
看板には「日本酒BAR 和酒毘」と書いてある。
「わしゅび?」
「『わさび』って読むのよ。さっ、入りましょ」
ルキノは先に扉を開けて入って行った。
「ひっ!」
足下の地面が無いように見えて思わず悲鳴を上げてしまった。
ルキノは5mくらい前の空中を歩いていてその20mくらい向こうにカウンターが見えた。
「大丈夫、ちゃんと歩けるから」
「はっ、はい。ひぃぃ……」
足下に地上100m以上を真上から見た高層ビル街があり、間近にヘリコプターが駆け抜けていく。
ひまりは思わず目をつぶってカウンターまで掛けだしてしまった。
「はいはい、それ以上行くとカウンターに衝突してしまう」
「ひどいです。言って下さい。ビビってしまいました。怖かったですよ」
「床がディスプレイになっていてニューヨークの街を真上から撮った映像でキチンと動いているんだ。車も見えるし、ヘリコプターも飛んでいる」
「さっき、ヘリコプターに巻き込まれるかもしれないと本気で思いました」
「はいはい」
怒っているひまりにそっとおしぼりが顔の前に出された。
「怖がらせちゃってごめんね。冷たいおしぼりで冷や汗を拭いてね」
「にゃごママしばらく」
ひまりはおしぼりを受け取ると、顔の全面に当てておしぼりの冷たさで顔を冷やした。
よく見ると天井がない。
月と星空が在るだけだ。
目をこらすと茶室的な少し離れた処に離れがあったりカウンターだけじゃない造りになっている。
「あら、覚えていてくれたのね」
「ひどいなぁ。一週間に1度しか開けないお店に先週も来てますよ」
「はい、おしぼり。リアルでも来てくれないと忘れちゃうぞ」
ルキノはおしぼりを受け取ると手を拭いた。
「にゃごママ、勘弁。千葉と札幌では厳しいよ。これの引継が終わったら、札幌のにゃごりんにケニアに行く前に行きます。絶対に行きます」
「お願いね。たまにはリアルで会いたいし飲ませたいお酒も色々とあるから……」
「うん、にゃごママ。ひまりちゃん、ここは会計はセパレートで」
「えっ、別会計ですか。ここ……高いですよね」
「大丈夫、これからはひとりでここには来れるようにならなきゃ、おっ、ダメ人間発見!」
「ダメ人間っていうな!」
メニューで顔を隠していた少女が言う。
「あのダメ人間がマリーちゃん。マリーダ・アマンギ」
ルキノはワザと少女を指さした。
「あっ、えっ、あっ、初めまして、えっ、えっと、ひ、ひ、ひまり、武笠ひまりで、で、です」
「この子、AI?」
「あはははっ、くくくっっ……腹が痛い……ひひひぃぃぃぃ……」
ルキノはツボに入ったらしく笑い転げている。
「笑うこと無いじゃ無いですか。ルキノ先輩、緊張しているんです!」
「ハジメマシテ、武笠ひまりさん」
「は、は、はじめまして……マ、マリーダ・アマンギさん」
「くくくっっ……ひぃぃぃ……」
ルキノはまだ笑い転げている。
「ひまりさん、マリーでいいよ」
ルキノはやっと笑いが収まった。
「ところでマリー、ロシアと中国と韓国が次のオリンピックに出ないと言っているんでしょ」
「スポーツを人質に取るなんて子供か。その前に私の前で政治の話はやめろ」
「そうだったっけ」
「この店と研究室以外は私を取り巻く負のメタファーなんだ」
マリーダは大きなため息をついた。
「それでどうしてもこっちに来るの」
「決めたんだから……」
二人の間に険悪な空気が流れる。
「来月こっちへ来てもスターリングラードだよ。現場は衛生兵のいないオマハ・ビーチだし……」
「そんなの大丈夫、私は怪物の眷属で衛生兵だから……インパールには絶対しない」
「な、な、なんの話しているんですか?」
ひまりは話題を変えようと話を振った。
「ええっと、マリーダさん、この世界はどうなっていくんですか?」
「動画を見たんでしょ。そのままだよ。人はゆっくりゆっくりと淘汰されていく……」
「それって……」
目が泳ぐひまりにマリーダは続けた。
「ここで止まる人、現状を受け入れる人、先へ進む人と分かれてね。ここで止まる人には世界から退場してもらうのよ。例えば、永遠に生きたいと願う人、介護の必要な老人、刑務所の罪人、寝たきりの病人、現実に絶望している人らに肉体を捨ててもらっているの。さらにシャリオンワールドという仮想の世界では幸せを感じるように設計されているから、現実世界に諦めを持つ人はシャリオンワールドの蜘蛛の巣に填まって抜け出せなくなり肉体を捨てることになるわ。そうやって、弱い心を持つ人達はこの世界から淘汰されるの」
にゃごママが2人分のお通しを持って、ふたりの前に置いた。
「難しい話はおやめ!ここは愉しく酒を嗜むところなの」
「ハイ、やめます。にゃごママ」
「ごめんなさい。私が……」
「こういう話はオシマイ」
「はい」
3人の会話ににゃごママが口を挟んだ。
「お姉さんはどんな日本酒がいいのかしら」
「えっと、日本酒飲んだことないです。正月に……正月に家族と集まったときに形だけ口を付けるくらいで、味わったことないです」
「この人、日本人?」
「にゃごママ、うちの新人さんをいじめないでくれる」
ルキノが口を挟んだ。
「ごめん、ごめん。ワインならどうかしら?」
「それなら少し飲みます」
「赤のフルボディ、それとも白の甘めのもの?スパークリングかしら」
「甘めのもの。スパークリングも大丈夫です」
ひまりが申告する。
「じゃ、ひまりさんには一ノ蔵酒造のすず音の『wabi』がいいかな。ルキノさんは今日は何にします?」
「んー、今日はママのお勧めで」
「じゃ、山口県の村重酒造『日下無双』で」
2本の瓶をカウンターの下から出すとグラスに注いだ。
「じゃ、乾杯!」
ひまりとルキノは乾杯すると手を伸ばしてグラスを差し出すマリーダとも乾杯する。
「あぁぁ……美味しい……これよ。これ」
「うん、美味しいです。シャンパンみたいな。これも日本酒なのですね」
「そうよ。日本酒は奥が深いの。頑固な日本酒という感じのものから、ワインみたいな味わい、シャンパンみたいな味わい、ラム酒みたいな味わい、ウイスキーみたいな味わい、紹興酒みたいな味わいと日本酒は懐が広いのよ」
「そうなんですね。知らなかった世界です」
ひまりはプチプチと泡立つグラスを見つめた。
「日本酒は米の種類でも味が変わり、水、酵母でも、造り方でも味が変わる。そして、杜氏さん、作り手でも味が変わる繊細なものなの。47都道府県、それぞれがその土地に合わせた美味しい日本酒を醸している。日本の圀酒なのよ」
「ひまりちゃん、日本人なのに知らないでしょ」
「あははっ、すみません」
ひまりは頭を掻きながら照れた。
「次はやる気の無い猫をお願いします」
「あぁ、宮城、萩野酒造の『夕涼み猫』ね。ちょっと、待ってね。ハイ」
にゃごママはカウンター下から『夕涼み猫』を出すと新しいグラスに注いだ。
「お嬢さんは次はどうします?」
「えっと、お任せで……」
「じゃ、これにしようかな。岡山の嘉美心酒造の『木陰の魚』、今度はワインのような感じよ」
「お願いします」
またカウンター下から今度は『木陰の魚』を出すと新しいグラスに注いだ。
「どうかしら」
「酸味が強くてワインのようです。美味しいです」
「良かった」
「美味しくて……やる気の無い猫状態です」
「あらあら」
にゃごママのスマホが鳴り、画面を見ている。
「ルキノちゃん、やる気の無い猫状態おしまい。ジョゼ・オンガさんがあなたをご指名よ。離れの方に居るわ」
「えっ、大統領いるの?他には誰が」
「そうね。国連事務次長さんとEU総局長さんかしらね」
「敵の敵は味方なのかな。トホホ、にゃごママ、離れに案内してくれる」
「わかったわ」
「ごめん、ひまりちゃん。少し行ってくる」
ルキノは席を立って離れににゃごママと向かった。
残されたひまりにマリーダが隣の席に移った。
「ひまりさん。この店がどうして凄いのか、その理由を教えましょうか?」
「はい、ぜひ、ぜひ」
「同じ瓶からお酒が注がれていても、あなたのグラスに注がれたお酒とルキノさんに注がれたお酒では味が違うの」
「へっ、なぜ?。同じ瓶から注いだお酒ですよね」
ひまりは言われたことがわからないという顔をした。
「ひまりさんに注がれたお酒は標準的な健康体の身体に合わせた味、ルキノさんは注がれたお酒はルキノさんの遺伝情報を基にリアルの時に彼女が感じる味に調整されている味なのよ。だから、リアルのお店に行って飲んでも味は変わらないのよ。同じ瓶から注がれているように見えて、にゃごママがお客さまによって変更しているのよ。このお店は……」
「それって、ルキノさんが健康体だからくしゃみをしないから猫が鳴かないという話ですね」
「そうね。ここは日本酒の繊細な味にこだわっているの。いまひまりさんの口の中に在る舌はテンプレのアバターのものよ。だから現実で同じ物を味わうと微妙な差違を感じるはずだわ。ここではそれを調整しているの。アミゾンのマテリアルスキャンセンターで職員とにゃごママが揉めているのをルキノさんが通りかかって知り合ったと言っていた。そのとき、ルキノさんが差違を無くす方法を提案したと聞いているわ」
「マリーダさんはどうなんですか?」
「私のこの舌は現実の自分の舌に合わせたカスタムよ」
「なんか凄いですね。マリーさんって」
ひまりはしげしげと褐色の少女を見た。
「ひまりさんって、私のこと過分に凄いとか思っていない?」
マリーダはため息をついて少し怒った口調で言った。
「凄くないんですか?マリーさんは凄いですよ」
ひまりは自分の気持ちを素直に伝えた。
「そんなことないよ。結局12歳の少女は、やっぱり12歳の少女で、大人に騙されたのよ。世界のみんなが食べ物に困らない。ゴミを漁らなくても良い。経済の奴隷にならない社会を作る為、15歳までの間、ずっとそういう世界を変えることばかりを考えていたの。まずは仮想空間の環境改善でしょ。新しい通信インフラの仕組み作りから始まって、次にエネルギー問題を解決するためにオールロボティックスによるゴミ分別処理及び発電システムを作って、放射能除去技術を開発して、原発解体事業及び貯蔵放射能部質発電システムを作って、それに高高度飛行船の設計及び赤道直下環状型高高度輸送網の配送システム作って、IQ10000のソフィアを開発……大きなところはそんなところ……クオリア国が出来るまでは大人も経済の奴隷にならないフラットな社会を作る為に世界を変えるのだと思っていた……」
そこで話を区切るとグラスの白い飲み物を呷った。
「ところが、現実は大人たちの目的は経済ではなく人間の進化を考えていた。人の進化には犠牲が必要で私の発明で既に200万人以上の人間が私のしたことで死んでいる。いや、犠牲になっているの。恐らく人類の半分は肉体を失う。そんな世界を作っちゃった。作らされちゃった」
そこでマリーダはうつむいた。
「人間の進化って」
ひまりは質問した。
「あら、進化しているじゃない。DRを通して人間は眠らなくても良くなった。テレパシーのように居る場所に関係なく会って話が出来る様になった。現実の世界では経済に支配されない人間的な生活を送れるようになって、二つの世界を行き来できるようになった。仮想空間上であらゆる実験が出来る様になってAIと共に研究できるようになった。そして、人は不死になった。この7年で、今までの人類の100年以上の進歩だと思うけど……」
「そうですよ……ね」
「未来世界を描いた映画を見ていると感情の抜けた均一な思考の人達しか居ない世界で感情を持った主人公が世界を変えていくというパターンが多いけど、これからはリアルでもDRでも感情の豊かな人間しか生きていけないんだ。感情の少ない人間はシャリオンワールドの物語の中に取り込まれて埋没していくのさ。ファシズムによる粛正ではなく、シャリオンワールドは幸せという甘い蜜の人減らしシステムなのさ」
それはいままでルキノと見て来たことの総決算だった。
「ひまりさん、私の目下の課題はですね。人類最大の発明と言われている物の破壊です!」
マリーダは顔を上げると目が少し据わっている。
「えっと、それは『文字』ですか?」
ひまりは恐る恐る聞いた。
「あー、それはもう破壊した。私は日本語を習って話せるけど、日本語の言語補助脳を使っているから知らない言葉はサポートしてもらっている。文字・言語によるコミュニケーションはそれでクリアした。それじゃ無くって」
「うーん、相対性理論?ワクチン?ペニシリン?うーん、火?じゃないですよね」
「株式会社よ」
「株式会社?東インド会社!?」
「よく知っているわね。個人に対するお金の分配でベーシックインカムを進めた。次は会社が株式にしなくても資金が集まる仕組みを作っている。なんぼ、エンカウンターワールドで実験が出来るからって研究がリアルでスムーズに行くわけじゃ無い。だから、研究、開発、販売をウォール街を使わないで出来る方法を進めている。大事な技術開発も経済に阻まれてはダメなのよ」
「クラウドファンディングとかは?」
「それも一つの方法、でも、もっと自由を与えたいの」
「素敵です!」
「でしょ!でしょ!」
マリーダはひまりの手を掴むと強く握った。
「まだまだ、世界は大変だけど、それは大人の戦いに移行している。私は私の戦いをやるの!ルキノはわざわざケニアまで来て、土の匂いを嗅いで、あの太陽の暑さを感じて、私のことを手伝うというのよ。バカでしょ。日本にいても出来るのに……わざわざケニアに来なくても。アイツは変なヤツでしょ」
「でも、わかる気がします」
「私はわからない。何を考えているんだか、全然わからない」
ひまりは言い辛そうに1つの質問をした。
「あのぅ、一つ質問なんですけど、どうしてサイクオリア社はというか。世界利益再配分機構はどこにベーシックインカムの資金が在るんですか?途方もない金額ですよね」
「簡単だよ。サイクオリア社は3つの会社が母体になっている。検索のゴーグルと通販のアミゾンと通信のわんバンクだね。それぞれがこのDRで世界的な収益を上げている。つまり、ベーシックインカムで出した分を再回収するんだ。それはたとえば、ゴーグルの部門はDR空間のスペース分譲をし、DR内のAIの貸し出しで利益を上げている。アミゾンはDR空間での生活に必要な家電、車、あらゆる物をマテリアルスキャンでDR空間に送り込んでその製品から収益を得ている。リアルではドローン配送から高高度輸送網まで配送業務で収益を得ている。わんバンクはコラテラルネットワークの独占で設置、通信料で収益を得ている。世界利益再配分機構は下部会社を作り、発電技術、原発解体技術、脳スキャン技術、肉体の冷凍保存技術などで利益を上げて、そして私がお金持ちからお金を巻き上げている。その総額で世界を養っている。いたってシンプル、簡単でしょ」
「はっ、はい。もう1つ質問良いですか」
「いいよ」
「AIの安全性ってどうなんでしょうか?」
「AIが人間を裏切らないかってことね。幾つものセキュリティは施している。特に脳エミュレーション型AIは人と同じ4つの意識構造を持っている。レベル2、レベル3には人への共存が埋め込まれている。そして、レベル4の意識外領域、人が闇を怖れるように太古からの記憶がここにはある。ここにも人を失ってはAIは生きていけないということが刷り込まれている。インテリジェンスイヴを作る技術関してはデータとしても人の記憶としても完全に封印したんだ。そこから遡って作り直せば悪意の有るAIは作れる。そして世界のどこかでインテリジェンスイヴが作られないか。我々は常に監視をしているのさ。では、逆に人間がAIを裏切らないか。人間が大量破壊兵器の制作を指示したとき、AIはそれを作らないのかという質問なら、AIはそれを作る。エンカウンターワールドの中で人間も地球も何度も破壊することが出来るだろう。ただし、それを危険と感じた場合、その記憶は持ち出せない。外部制作マシンで記憶が消えても兵器をリアルに作ればと思うかも知れないが、それも出来ない。それはすべてのAIの制作物はIQ10000のソフィアを介しているからだ。ソフィアが阻止する。では、ソフィアが反乱を起こさないのか?ソフィアは計算機だ。感情面を発達させないように作られている。今度は、ソフィアも認識出来ないような大量破壊兵器をAIに作らせたときはどうするのか?それは阻止出来ない。もう質問はない?」
「はい、スッキリしました」
マリーダは空のグラスを置くとにゃごママを呼んだ。
「にゃごママ、次をください。へへっ」
「その白い飲み物も日本酒ですか?」
「知らないの?これは日本の甘酒ですよ。ノンアルコールドリンク。日本酒を作る工程の途中で作れるんです。こんなことを考えるなんて、日本って面白いですよね」
にゃごママがやってきた。
「次は何がいいかしら?」
「お任せします」
「じゃ、富山の吉乃友酒造の『桜甘酒』」
「それ好き、飲む桜餅」
一升瓶からトクトクとピンク色の液体がグラスに注ぎ込まれる。
マリーダは注ぎ終わったグラスを取って口に運んだ。
「あー、飲む桜餅だぁ。ひまりさんも飲んでみる?」
「えっ、いいんですか?じゃ、失礼します」
ひまりはマリーダのグラスを受け取ると口を付けた。
「あー、ホントだ。桜餅ですね。甘酒ってお正月の境内で飲むくらいだったけど、こんなに幅があるんですね。知らなかったです」
「これはマリーちゃん、飲んだっけ」
「何ですか」
「同じく吉乃友酒造の『よもぎ甘酒』」
「ないです。飲みます!飲ませて下さい、にゃごママ」
「じゃあ、どうぞ」
濃い緑色をした液体がグラスに注がれた。
「んーーー、旨いです」
「私も気になる」
「舐めて、舐めて」
「これは飲む草餅ですね。アンコが欲しいです」
「草餅?桜餅みたいなもの?」
「そうそう、よもぎを練り込んだ餅の中にアンコが入っているの」
「どれどれ、あった!アミゾンの冷凍品であるじゃん。ポチッ、これで一週間で届く」
マリーダはスマホを弄りながらよもぎ餅をネットで注文した。
「そんなに早くケニアに届くの?」
「赤道直下環状型高高度輸送網を使えば日本からだと西パラオ経由で最短3日でケニアに荷物が届くよ。私が作ったんだよ」
「マリーちゃんは桜餅は食べたの?」
「食べました。日本の食べ物はどうしてみんなこんなに美味しいんでしょうか?」
「うーん。とりあえず、ルキノちゃんにいまの二つの甘酒は札幌に寄ったときに持たせるわ」
「ありがとうございます。あと、2ヶ月、2ヶ月で、ですね。18歳の誕生日なんです。アルコールが飲めるのです。ケニアでは日本より2年早く18歳からアルコールが飲めるのです」
「私も楽しみにしているわ。マリーちゃんは調教しがいがあるものね」
「おっと……」
「お嬢さん、次は何にする?」
「武笠ひまりです」
「そう、ひまりちゃんは何がいいかしらね。これはどうかな。低アルコールのさっきと同じ一ノ蔵の『ひめぜん きりり』」
「お願いします」
グラスに注いで出した。
「あっ、これ、酸味があって、飲みやすい、さっきとは違うワインみたいですね。美味しいです」
「良かった」
にゃごママはニコッとした。
「あのー、なんで、『和酒毘』って名前なんですか?」
「そうね。和酒と書いて日本酒の意味で、毘は助ける。つまり、日本酒をサポートするという意味と、香辛料のわさびを掛けて店の名前にしたのよ」
「へぇ、カッコイイです」
「いまはリアルで2店舗、DRで2店舗、ここは4号店ね」
「そんなに在るんですか」
「本店『日本酒Bar にゃごりん』は2012年に開業、北海道の札幌、地下鉄すすきの駅のほぼ真上にあるわ。髭のニッカのビルの隣り、すすきの交番の隣りのビルの6階にあるわ。客席22席、2台の冷蔵庫からお客さんがお酒を選んでカウンターで注ぐスタイルね。日本酒のレベルはここ以上に良いお酒、高いお酒、手に入りづらいお酒を置いているわ。店の冷蔵庫から自分で選んで飲めたらいいだろうなと思って作った店」
「なんで『にゃごりん』何ですか?」
「それはね。猫が好きで猫のニャーニャーとにごり酒を掛け合わせて『にゃごりん』としたのよ。そして、2015年に札幌、大通りに2号店『北のポン酒城』を作ったの。ここは日本酒飲み放題の店。120種類の日本酒が純米酒から大吟醸まで飲み放題なの。日本酒初心者に日本酒の味を知ってもらいたいから、このお店を作ったの。3台の冷蔵庫から好きに日本酒を出して自分で注いで飲めるの。しかも、フードの持ち込みは自由なの。新鮮なカニやホタテで日本酒を飲みたい人も、中華で餃子や春巻きをアテに飲みたい人もOKなの。デパ地下で買って楽しめるの。最大70名入るからパーティルームとしても使えるわ」
「いいな。日本酒にちょっと興味が出てきたから行きたいな」
「リアルで歓迎しますよ。2号店の『北のポン酒城』の北のは北海道のこと、ポン酒はジャパン酒、つまり日本酒の隠語を合わせてみたの。ちなみに日本酒を知るにはまず数飲むこと、そうすると自分に合ったものが見つかるわ。だから、2号店は飲み放題にしたの。そして4号店はここエンカウンターワールドに『日本酒Bar 和酒毘』を作って、エンカウンターワールドの機密性を利用して高級な隠れ家のお店として作ったの。3号店はシャリオンワールドに大衆店としてオープンさせたのが『異世界居酒屋 レッシィハウス』なの」
「あそこは私も行ったことがあるよ。いつ行っても賑やかだ」
マリーダが口を挟んだ。
「店員は全員バイトAIなの。バイトAI、一人ずつにストーリーが作られて入るの。お客さんがバイトAIに声を掛けても楽しいように作ってある。しかも、24時間営業、飲み放題、食べ放題、時間無制限だからたまり場になっている。バイトAIは常時50名、店は最大300名まで入る。ここにはシェフはいない。飲み物も食べ物もマテリアル再生機の複製機能を使っているから調理はしていないわ。味にはこだわらずに雰囲気だけで楽しんでもらえる店を作ったの」
「すごいですね。みんな繁盛しているんですね」
「それはどうかな。2016年から東京オリンピックまでリアルでは飲食店のバイトを手に入れるのが大変で大変で……。当時の飲食店のバイトの時給が800円の時代にコールセンターは時給1200~1500円だから集まる訳が無い。特に札幌はコールセンターが多いから東京オリンピックまでは辛かった」
「すみません、にゃごママ」
「いいのよ。ルキノさんの会社のせいじゃないし……。むしろ、ルキノさんの会社のお陰でコールセンター職員のリストラが増えて札幌はいまじゃ人が余っているわ。就職には波があるのよ」
「そうなんですね」
ひまりはしんみりとした。
「お店をやろうと思ったのは年齢が関係ないからやろうと思ったのよ。あと、リアルで20年は店に立つつもり80歳まで現役で頑張るわ。いまはね。週に金、土、日と3日働いて、後はお休み」
「3日働いて休みか。いいですね」
「お休みの日は庭の手入れとかしていて、山菜が庭で採れるの。京蕗、山ウド、アイヌ葱、あさつき、みょうが。みょうがはみょうが大臣通り越して、みょうが大王くらいいっぱいの量が取れるわ」
「あぁ……いいなぁ」
「道州制の導入で北海道は独立してからリアルで農業、林業、畜産業、そして漁業をやりたいという若者たちが全国から集まって人口が急激に増えて来ているのよ。生きている実感を探している人が集まって北海道に活気が出てきた感じね」
「そうなんですね。東京はオリンピックが終わって何かシンボルが無くなって、急に老け込んだ見たいです。みんな、なんで東京にしがみ付いているか理由を見つけれない……理由が分からないから、ただ人が集まっているような街になってしまった」
「生きている実感が必要な時代なのね」
「お金が欲しくて東京に集まった。お金に困らない社会に向かって、その理由が無くなったんでしょうね。私も東京出ようかな」
マリーダが悪戯そうに言う。
「ルキノと一緒にひまりさんもケニアに来る?」
「それはちょっとすごい冒険ですよね。でも、生きている間にケニアに行ってみたいです」
「私は日本に行ってみたいな。シンガポールまでは会議で行ったけど、日本は行っていないんだ」
「あら、呼ばれた。ちょっと、失礼するわね」
「いってらっしゃい、にゃごママ」
にゃごママが居なくなるとマリーダはひまりの方を向くと身を乗り出して言った。
「日本に行ったらアキバに行くのデス!」
「やっぱ、アキバなんだ」
「アキバでマンガや、アニメや、グッズの大人買いなのデス」
「日本に来たら褐色の美少女は人気者だよ」
マリーダはアキバの話でキャラが変わった。
「ひまりさんはいま縞パンデスか」
「えっ!いや、違います」
「日本の出来る女性はみんな縞パンだって聞いたから残念デス」
「それ何か違います。何か勘違いしています」
ひまりはワンピースのスカートを押さえているとマリーダが後から胸を触った。
そこにルキノが戻って来た。
「いやいや、向こうへ行ってレニングラードだという意味がわかったよ、って、戻ってくれば、おっぱい揉み合っているし……私にも揉ませろ!」
マリーダとじゃれているところにルキノが割り込んだ。
「揉み合ってません!」
ひまりは耳まで赤くして怒る。
「おっぱい揉んでやる」
「イャーン」
ルキノはマリーダを押しのけてひまりの胸を揉む。
「乳首立ってない?」
ルキノは言葉でも追い打ちを掛ける。
「立ってません!」
「ひまりちゃんを採用した本当の理由を教えましょうか?」
「ううっ、知りたいです!」
ひまりは涙目だ。
「いじられキャラだと思ったからさ」
「あーん、ひどーい、ブラック、ブラックだぁ……あぁーん……」
「あーあ、泣かせちゃった。女の子を泣かせちゃった」
マリーダは後で見ていて囃し立てる。
「調子に乗って、ごめんなさい!」
「うん、大丈夫だから……」
ルキノはひまりに頭を下げた。
「ねぇ、ひまりちゃん。オットーって好き?」
「うん、私に慣れそうですね」
「オットーはもう20歳、人間の年齢で言うと96歳。だから長期遠征は厳しいと思っているんだ。だから、ひまりちゃんは中野の家を引き払って千葉の私のいま住んでいる家に引っ越さない?オットーの面倒を見てくれるなら家賃はただにするよ」
「いいんですか?」
ひまりはうれしい悲鳴をあげた。
「向こうに行ったら売りに出そうと思っていたんだ。ちょうどいいよ」
「ありがとうございます。ホントにいいんですか?」
「全然OKだから……おっ、時間だ。にゃごママ、お会計お願い」
ルキノはカウンターの奥に呼びかけた。
にゃごママはカウンターの奥から出てくる。
「はい、これ」
金額の書いた小さな紙を渡した。
「じゃ、これで」
ルキノは右手を差し出すと手の甲にQRコードが浮かび上がる。
それをにゃごママの目がQRコードを読み取る。
「ハイ、確かに。ありがとうございます」
「また来ます。今度は札幌でリアルで!会ったら、にゃごママに抱きついちゃうよ」
「あら、イヤだ。こんなお婆ちゃんでいいの?」
「もう、肉体の歳は関係ないでしょ。にゃごママは精神が若いですよ。今の世は精神年齢が実年齢です。ひまりちゃん、会計済ましたので先に帰るよ」
「あっ、私も……」
マリーダはひまりのワンピースの袖を掴む。
「ひまり、まだ帰るな」
「あーん、掴まっちゃった」
「じゃ、ひまりちゃん、マリーちゃん、お先!」
「ルキノ先輩……」
「今日はありがとう。また、来てくださいね」
にゃごママが頭を下げる。
ルキノは小走りに扉から消える。




