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通信教育で勇者になれました

作者: N♂JI

通信教育は受けたことがないので、通信教育に関する描写はすべて私のイメージです。ご了承ください。

 あるビデオが家に届いた。宛名は俺となっている。俺はそれを自室に持っていき、ビデオデッキに入れる。運動しやすいジャージに着替えてテレビ画面の前で待つ。


 画面に中年の男が映し出される。金色の髪に青い瞳を持ち、鍛え上げられた褐色の厚い肉体が輝きを放っている。とてもハンサムで、生まれた時からさぞモテたことだろう。


 画面の中の彼が口を開く。『勇者を目指す君、こんにちは。マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオだ。勇者になるための通信教育講座、始めていくぞ。

私の指導によくここまでついてきた。いよいよ最後の課題だ。これを乗り越えれば、君は晴れて勇者となることができるだろう』


 この通信教育を見つけたのは数年前、ネット小説を読んでいた時に俺が見つけた広告のひとつだった。


『自宅で君も勇者になれる!』


 その時の俺は小学生だった。

 アニメや小説、漫画、ゲームなどで勇者というものに触れていた当時の俺にとって、その文言は蠱惑的な響きを持つものだった。


 気づけば俺は広告をクリックしていた。気づけば申し込みと振り込みをしていた。気づけばビデオが届いていた。

 そして気づけば母にこっぴどく叱られていた。


 曰く、こんなものは詐欺だ。金をどぶに捨てた。大馬鹿者。


 確かに母の言うことは、常識的な考えからは間違っていない。数年経った今になって自分でよく考えてみると、勇者になれるとのたまう広告なんて素通りするのが当然だ。異性にモテるというものならまだ信じられるが。


 しかし、これが詐欺なのかというと、実はそうでもない。俺はこの通信教育からたくさんの得難いものを学ぶことができたのだ。

 母に叱られたとはいえ、当時小学生の俺は勇者になることを諦めることはできなかった。お小遣いを減らされながらも俺はこの通信教育を続けていった。


 指導してくれる講師はマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオ。異世界に存在するエレワーヤ王国のもと、勇者として数々の戦場を駆け抜けて数多の敵を切り伏せてきた男、らしい。魔将軍ネハリを討伐した後、謎の魔力の渦に飲み込まれて日本に転移してきた、らしい。


 教わる内容は勇者としての心構えから始まり、彼のいた世界の動植物の特徴や危険な魔物への対処の仕方、そして様々な武器の使い方と対人、対魔物の戦い方もある。また勇者は皆の先頭に立って兵を動かすことも求められるようで、戦略、戦術といった兵法も学ぶ。その量は膨大だった。

 それらはビデオや薄めの教本などに収録されて、毎月少しずつ送られてくる。ファンタジー好きな俺はその内容に毎日興奮して、寝ることも忘れて熱心に学んだものだった。


 そして今の俺はマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオの教えのほとんど全てを学びとったと言っても過言ではないだろう。

 街の不良数人に絡まれたときも、身につけた戦闘技術で軽々と彼らを撃退せしめた。俺は近所一帯の不良共の裏番長になっている。

 長い鍛練によって手に入れた非常に高い身体能力と鍛え上げられた肉体のおかげで、運動部からの勧誘が毎日のごとくひっきりなしに来るのである。


 そう。この通信教育は詐欺などではなかったのだ。


 だが鍛練に明け暮れたためか、学校の勉強はほとんどできない。家庭ではとても肩身の狭い思いをしている。


 免許皆伝までいったらちゃんと勉強するよ! もう最後の課題なんだし。


 そしてマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオからの最後の課題を達成した俺の所へ、勇者認定証なるものが届いた。額に入れて俺の部屋に飾った。





 通信教育を終えたなら勉強をしなければならない。現在の成績は後ろから数えた方が早いほどで、家族からは非難轟々である。遅れを取り戻すのだ。

 大丈夫だ。俺は勇者に必要な多くの知識を覚えることだってできたのだ。学校の勉強ぐらい何ともない。


 自室で複素数に悪戦苦闘している最中のことであった。足元から不思議な光が立ち上り、俺の視界を埋め尽くしたのだった。やがて光が収まると、俺は見知らぬ場所に立っていた。


 燭台のほのかな灯りが石造りの部屋を照らしている。

 床には幾何学模様が描かれている。この模様は見覚えがある、魔法陣だ。通信教育で習った中にこれと似たものが出てきた。召喚の要素が含まれている。なら俺は召喚されたのか? 誰に? どこへ?


 その答えは目の前の少女からもたらされる。


 この部屋には様々な人物が居た。魔導士の格好――ローブに杖という教本にも載っている典型的な装備――をしている者たちが俺の周りを囲み、鎧を身につけている騎士たちが正面に控え、その先頭にドレスをまとった一人の美しい少女が立っていた。


「ようこそいらっしゃいました、勇者様」と言って彼女が腰を軽く曲げた礼をした。


「勇者……俺が?」


 彼女は頷く。「そうです勇者様。わたくしはエレワーヤ王国が第一王女、アリーエ・ラホ・ナテ・エレワーヤと申します」


 ここはやはり我が師、マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオがいた世界、故郷であるエレワーヤ王国だったか。


 彼女の名乗りを聞いて、俺はすかさずその場に跪き、頭を垂れて右手を胸に当てる。王族への敬意を表す最上級の礼だ。これも師匠から教わったことである。この世界の礼儀作法はしっかり身につけている。


「どうかお立ちになってください」と彼女は言った。「この度わたくし共が勇者様を召喚いたしましたのは、魔族の脅威からこの国を、この世界を救っていただきたいがためなのです」


 事情を聞くと現在この国は、魔王の配下である魔将軍リヘモ率いる魔物の軍団に攻められているらしい。どうにか持ちこたえて、それほど深くまで攻め込まれてはいないみたいだが、兵や物資の消耗が激しく、どうにも厳しい状況に立たされているとか。

 そのような状況を打破するために召喚されたのが俺というわけだ。


「勇者としてこの国を救っていただけますか」と王女アリーエは言った。


 是非もない。このような日が来はしないかと思いながら今まで学んできたのだ。その学んできた成果をここで活かさねば、一体いつ活かすというのか。救うに決まっているだろう、この国を、この世界を。これで名実ともに勇者となれる。

 すぐさま了承しようとするが、そこへ割り込んでくる者がいた。


「お待ちください」と言ってその男は前に出てきた。


 彼は騎士だった。鎧の左胸に描かれている紋様は第三騎士団のもの。第三騎士団とは主に外敵を排除する役割を担っていたはずで、今回の魔物の軍勢との闘いでの中心となっている騎士団であろう。

 さらに彼が脇に抱えている兜には団長の証である飾りがついている。つまり彼は第三騎士団の団長かと思われる。


「カヌム、どうしたのです」と王女アリーエは尋ねる。


「到底納得できませぬ」と彼は神妙な面持ちで言う。「このようなどこの馬の骨とも知れぬ若造に、この国の命運をかけるというのは」


「勇者様に失礼ですよ、カヌム」


「これは皆が思っていることでございます。我ら騎士団には誇りがあるのです」


「なんと、皆が。まことですか」


「まことにございます」


「あなたの言うこともわかります。騎士団は今まで国を守り続けてきました。しかし、あなた方はこの先も国を守れるのですか?」


 騎士団長カヌムは「うぐっ」と息をつまらせる。

 彼の背後にいる団員たちも同様だった。


「長年この国に尽くしてくれたあなた方にこのようなことを言うのは心苦しいです。けれど、騎士団は魔族の軍勢に負けてばかりではありませんか。今こそ、勇者様が必要なのです」


 二人が話をしているところだが、俺は口を挟むことにする。「ならば試してみればよいでしょう」


 二人の顔が俺を向く。


「試すとはどういうことでございますか」と彼女は言った。


「俺とそこのカヌム殿で一対一の決闘をするのです。それで俺がカヌム殿に勝てたなら、俺のことを認めていただけますかな」


「そのようなこと、もし怪我でもなされたら……」


「怪我などしませぬ」と俺は言う。「むしろ怪我もなく勝利できねば、魔王を打ち倒すなどとても叶わぬというもの」


 なんだか物言いが段々と大仰になってきた気がする。このファンタジーな雰囲気にのまれてきたということだろうか。


「さあカヌム殿、返答や如何に」


 彼は逡巡するように少しの間黙っていると、「そこまで言われて、応じぬわけにはいきませぬな」と言った。


 兵士の訓練を行う広場へと場所を移した。訓練用に刃を潰した剣が二振り用意されるが、俺は無手であることを望んだ。つまり徒手空拳対剣術といったところだ。

 このことは相手の機嫌を大変損ねたようだ。そうなることはわかっていたが、先ほども言ったように実力を示すのだ。これくらいのハンデの上で勝たなければ、簡単に認めてくれないだろう。


 そして俺は第三騎士団団長のカヌム殿と決闘を行い、軽々と彼を負かしたのだった。勇者なめんな。


 カヌムは敬意と謝罪の念を込めた礼を俺に見せる。「先ほどは大変な無礼をいたしましたこと、お許しいただきたい」


「いや、構いませぬ。誰にでも誇りはあるものです」


 俺は彼の面を上げさせる。


「それにしても、その若さでこれほどの力をお持ちとは。どなたか師はいらっしゃるのでしょうか。差し支えなければ教えていただきたい」


 これは、俺の勇者としての立場を確実にする好機だろう。


「我が師の名は、マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオである」


「マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオ!」


 周囲が騒然となる。


「なんとあの伝説の勇者マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオなのか」

「魔将軍ネハリとの闘いを最後に姿を消したというあのマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオか」

「よもやすでに命を落としたのではないかと思われていたマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオか」


 周囲の騎士や魔術師、文官たちが口々に言う。


「なんということでしょうか!」と王女アリーエは叫ぶ。

 彼女は感激のあまりか震えていた。


「このエレワーヤ王国の伝説の勇者マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオが勇者様の世界へ行き、そこで勇者様を育てられ、そしてマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオの弟子である勇者様が此度この国へと来られた。

これが運命でないというのなら、いったい何と呼べば良いのでしょう。


あなた様こそ勇者となるべくこの国へ来られた真の勇者様なのです」


 我が師マヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオは偉大であった。先ほどの決闘の後でも後一歩認めきれなかった者も、彼の名を出せばたちまち俺を支持するようになった。


 国民からも受け入れられ、俺は数多くの兵を率いて魔族の軍勢と戦うことになった。


 その戦いの数々で俺は常勝無敗だった。兵の動かし方もマヒヌテ・ケノユ・ソヘ・ムタオから学び、相対する魔物たちも通信教育で出た魔物だった! なので弱点も分かりきっていた。


 さらに俺がもたらした異世界の技術などによってエレワーヤ王国は発展し、どんどん勢いを増していくのだった。


 そしてついには魔王を打ち倒し、この世界に平和をもたらすことができた。


 戦いを終えエレワーヤ王国に帰った俺は王女アリーエと結婚し、エレワーヤ王国の新たな国王として君臨した。子宝にも恵まれ、平穏な生活を送っている。


 この通信教育を受けていて、本当によかった!





――――――



「何だこれ」

 ディスプレイに映された文章を読んだ俺はそう言った。


 とある投稿型小説サイトで、ランキングに何か面白そうな小説がないか探していた時のことだった。


『勇者になれる通信教育』


 面白そうなタイトルだと思いアクセスしたが、それは小説ではなかった。広告だった。

 そこにあったのは体験談めいたファンタジー小説だった。勇者になれる通信教育を受けた男が、異世界に召喚されて本物の勇者になるという話だった。


「あほらし」


 こんな通信教育を受ける奴なんかいるのだろうか。勇者になれるなんて、馬鹿馬鹿しい。まぁ、小中学生なら引っ掛かるかもしれないな。


 それでも……もしかしたら……。


「いや、ないでしょ」


 そもそも通信教育を受けたとして、異世界に行けるわけもないだろう。存在すら怪しいのだ。


 ……けど、戦えるようになるのは良いかもしれない。


 別に異世界に行かなくても、教室に突然テロリストが現れることや、未知のウイルスによってゾンビがはびこる世界になることがある可能性だってあるのだ。


 そうでなくても、鍛えられた肉体を手に入れて運動神経バツグンになって、女子からモテることだってあってもおかしくない。


「そうだよな、うん。何もおかしいことはない」


 この通信教育を受ければ、きっと勝ち組になれる。




 気づけば俺はカーソルを動かして、申し込みをしようとしていた。

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