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3ー1 12月31日 夜
大晦日というのに日常通りの夕食を取り、部屋に戻る。
去り際に母は、
「年越しそばは11時過ぎぐらいで良いよね?」
と言っていた。
(量は、考えて欲しいものだが…)
若い頃ならまだしも40になって2食分の食事は、辛い。
店を辞めて4年。
年越しそばを食べる時間は店をやっている時から変わらない。
午前0時閉店のコンビニ。
24時間営業が主流な今となっては珍しいが
店を始めた30数年前には多かった。
当時はコンビニの認知度は低く、
他の小売店と同じような営業時間だった。
幼少の頃、年越しそばを食べた記憶はない。
起きていられなかったからだ。 俺が起きていられるようになった頃、
元旦になったら直ぐに店を閉め、
家族全員で準備して年越しそばを食べた。
俺もバイトに入るようになった頃、
店を閉めて車に乗り、
家族全員で近所の店に年越しそばを食べに行った。
去年は葬儀所に母が残り父と兄、
そして姪と四人で年越しそばを食べた。
今年も四人だが去年とは違う。
一昨年は6人。
もう2度と集まれない、集まる事が出来ないメンバー。
(居なくなるのは俺だったら良かったのに…)
そんな事考えていたら、スマホに着信履歴がある事に気付いた。
(高達か…悪い事したな)
着信があった時間は、墓参りの最中。
スマホは車に置いていた。
(洋平の奴…高達にも何時に着くか言わなかったな(笑))
高達はいつも遅刻する。
だが、人一倍時間を気にする。
遅刻して皆に謝り倒す。
彼が結婚するまでそれを繰り返された。
今日、電話してきたのは嫁さんか、
嫁に言われてだろう。
彼女は待ち合わせに遅れる男を嫌う。
彼女と一緒に皆で遊んだ時、
思い知らされた。
今となっては良い思い出だが。
結婚して変わったとはいえ、
確認の電話までしてきた事は今まで1度もない。
(何かある…)
俺は確信したが電話するのは止めた。
大晦日とはいえ、一番下の子はまだ幼稚園児だ。
もう寝る時間だろう。
それに家族団欒を邪魔したくない。
(明日になれば分かる。)
それで良い。
3ー2 高校1年春 喫茶店
帰りのホームルームが終わり、
コータツが席にやって来た。
「宗一郎に言ったら、「分かった」って、言ってたよ」
コータツは不満げに言った。
「じゃあ、このまま合流する?廊下に居れば会えるでしょ?」
俺が問うと、
「えっと…たぶんちょっと遅れると思う。店は伝えてあるから二人で先に行こうよ」
コータツは言葉を濁すように言う。
(たぶん吉田の事なんだろうな…)
俺は察してはいたが敢えて触れなかった。
「うん、分かった。じゃあ、二人で先に行こう」
宗一郎が今からしようとする事は判っている。
吉田が無事に家に帰る事はないだろう。
宗一郎は何度か、それをやっている。
彼は「シメる」と言っていた。
宗一郎に何故するのか?と聞いた事がある。
帰って来た言葉は、
「ああいう奴をほっとくと俺に火の粉が降り掛かるんだよ。
校内で勘違いすると外でも同じ事をやる。
他の高校の奴は手っ取り早く俺を狙うからな。」
他の高校でもこの高校でも一目置かれている彼らしい言葉だった。
コータツと二人で喫茶店に向かう。
珍しくコータツは何も話さない。
何やら緊張している様子…
(宗一郎の事、気にしてるのかな?)
俺はそんな事を考えながら無言で歩いていた。
二人で喫茶店に入る。
マスターと目が合うと少し嫌な顔をされた。
(まぁそうだろうな…)
この制服を見ると大人は同じ反応をする。
高校に近ければ近いほどだ。
他校と同じ爪いりの制服だが、色が紫。
何処の生徒か一目瞭然なのだ。
そして評判が悪い。
自覚しているので大して反応もせず席に座る。
俺は紅茶、コータツはメロンソーダを注文。
俺達はコーヒーが飲めない。
あの苦味が苦手なのだ。
飲み物が来る間にコータツが話始める。
「キョーちゃんてさ…地元じゃ、ちょっとした有名人だったんだね」
俺は飲もうとしてた水を置き、
「そんな事ないよ、普通に中学通っただけだし」
コータツは急にニヤニヤし始めた。
「キョーちゃん…隠してもムダだよ♪俺、地元の子に聞いちゃったから」
俺は不審に思った。
(誰に聞くんだ?コータツと俺の地元に接点はないはず)
「なぁコータツ、話の内容に入る前に教えてくれ。
誰に聞いたんだ?」
コータツはいつもの笑顔で答える。
「電子科の柴田。あいつ、キョーちゃんと同じ地元だよ」
俺には柴田が分からなかった。
「何処の柴田だよ?うちの中学から柴田って奴は合格してないぞ?」
コータツは笑いながら、
「柴田は附属中だよ。小学校前の文房具屋の息子って言えば判るかな?」
(文房具屋の息子…)
俺は、はっとした。
「ああ、あいつ附中だったんだ!」
俺の地元は名古屋のベッドタウン。
栄や名駅に地下鉄1本で行ける利便性の良さから
居住地に選ぶ人が多い。
団地や社宅が多く小学校も1学年6クラスあった。
そして中学は12クラス。
小学校から中学に上がる時、誰かが居なくなっても仲が良い友達以外は気付かない。
それでも商売をしている家庭はあまり多くない。
柴田とは同じクラスにはなった事はないが認識はあった。
彼の家が文房具屋だからだ。
商売屋の息子は顔は知らなくても認知されやすい。
柴田の家は小学校の目の前、皆知っていた。
俺は、コンビニの息子として顔が知られていた。
「でもさ、コータツ。それはコンビニの息子だからなだけだよ」
俺は、何の気なしに返した。
運ばれて来た紅茶を一口飲む。
コータツから思わぬ言葉が飛び出した。
「文化祭。キョーちゃん、不良のバンドなのにベース弾いたんだってね♪」
俺は、愕然とする。
(まさか…あの話か?)
「小学校の頃からの友達が皆やんちゃになっただけさ。それだけで有名になるはずないじゃないか」
俺は、苦笑いをした。
コータツは構わず続けた。
「でもさ、歌った歌詞が凄かったんだよね?
一番はそのまま歌って二番は学校や先生を痛烈に批判する歌詞。
最後の曲だけ皆、こんな学校だけど頑張ろうぜ!みたいな歌詞で大盛り上がりしたって聞いたよ。」
(あぁやっぱり…)
俺は、そう思った。
だが、柴田は観てないはずだ。
表面上は俺の友達だったメンバーが歌詞を書いた事にしたはずだが。
「待てコータツ!柴田は知らないだろ?中学違うんだから」
コータツは焦っている俺を面白がってか、
はっきり言い切った。
「キョーちゃん、柴田にだって地元のつれはいるよ(笑)バンドのメンバーにもね(笑)」
俺は、誤魔化すのを諦めた。
「コータツ、何が聞きたい?(笑)」
やっと分かってくれたかと言いたげにコータツは質問を始める。
「キョーちゃんはどうしてベース弾いたの?」
「ボーカルの奴の練習相手だったんだ。
小学校からの友達でね。
あいつがギターで俺がベース。
あいつの家で毎日練習してた。
文化祭でバンドやるから一緒にやろうと言われて、
断ったんだけど他に誰もベース弾けなくて…
やる羽目になった」
「やる羽目って(笑)、キョーちゃんらしい(笑)
で、歌詞を変えた理由は?」
「あぁ、あれは…
文化祭の責任者が生活指導の先生でさ。
口煩い割に全く協力してくれなくてね。
イラついたからびっくりさせてやろうかと(笑)」
「選曲や歌詞は皆でやったの?」
「いや、選曲は皆で決めたけど、
歌詞は俺一人で書いてメンバーに納得して貰った」
「反対はなかったの?」
「あったよ、そりゃ(笑)
相手は生活指導だからね(笑)
だけど、皆、やんちゃだから(笑)
最後はやってやろうってなった(笑)」
「歌詞は前から考えてたの?」
「ボーカルの奴とオリジナル曲作ろうとしてたんだ。
その為に何曲か書いた。
ただ文化祭の時は選曲が決まってから書いたけど」
「結局、何曲書いたの?期間は?」
「6曲。1ヶ月くらいかな…
練習したかったから早めに仕上げたよ。
歌詞覚えて貰わないといけなかったし。
」
コータツは驚いた顔をした。
「キョーちゃん、凄いよ!凄い才能だよ!」
コータツが興奮しながら話始めたので遮った。
「違うよ、コータツ。
そんなに難しい事じゃない。
日頃の不満を歌詞にしただけだし(笑)
曲は聴き慣れた曲ばかりだったからね。」
コータツはまだ興奮が冷めず、
「でもね、でもね、キョーちゃん…」
コータツが前のめりになって何かを話そうとした時、
宗一郎がやって来た。
「コータツ、お前、何興奮してんだよ!」
開口一番、コータツに文句。
コータツは邪魔するな!と言わんばかりの顔をした。
俺は、コータツが話し出す前に宗一郎に話掛けた。
「宗一郎、今日はありがとう。助かったよ。」
コータツは俺が話したいとむくれていたが、
「気にするな、タダヒコ。俺も助けて貰った。
お前があんな事になったのは意外だったけどな(笑)」
宗一郎は笑った。
俺も苦笑しながら、
「ごめんな、俺も我慢出来なかった(笑)
もうやらないよ(笑)」
宗一郎は不敵な笑みを見せ、
「タダヒコ。心配いらないぜ。
あいつはもう二度とお前に手を出さない。
きっちり落とし前はつけさせた。」
俺は、少し顔を歪ませた。
「なぁ宗一郎。本当にそこまでやる必要があったのかな?
何やったか想像つくけど、なんか後味悪い。」
宗一郎は真顔になって、
「いや、確かにきっかけはお前だけどな。
これは俺のメンツの問題なんだよ。
つまりお前の手から離れてる。
もう忘れろよ。」
宗一郎はちょっと不機嫌な顔になった。
俺が話そうとしたのを今度はコータツが遮った。
「そんな事どうでもいいんだよ!
宗一郎はどうせヤンキーなんだし!
俺らが心配したって誰とでも喧嘩するさ!
それよりキョーちゃん!
俺の頼み、聞いて欲しいんだ。」
コータツは再び前のめりになった。
宗一郎は事情を知っているらしく驚いた表情になって、
「なんだよ、まだ頼んでなかったのか?
一体、今まで何話してたんだよ!」
コータツはむくれて言った。
「キョーちゃんに中学の時の話、聞いてたんだよ!
さぁ本題に入ろうとしたらお前が来たんだ!
今から話すよ。」
宗一郎は呆れた顔をして、
「じゃあ隣で黙っててやるから。
ちゃんと話せ。
タダヒコが理解出来る言葉でな。」
諭すような口調で宗一郎は言った。
コータツは姿勢を戻しあらたまった態度で俺を見る。
「キョーちゃん、俺ね…
バンド組みたいんだ。
俺は楽器出来ないけど、歌うの好きで。
もうメンバーも決まってる。
近所のお兄ちゃんがドラム叩けるんだ。
幼馴染みがギター弾ける。
ベースだけが居ないんだよ。
キョーちゃん、ベース弾いてくれないか?
俺のバンドに入って下さい!お願いします!」
コータツは頭を下げたまま言葉を待っている。
俺は、困惑した。
「コータツ…それなら地元で探した方が良くないか?
他のメンバーが困ると思う。
知らない人間とバンド組むって大変なんだよ。
音楽性が合うか分からないし。
それより問題がある。
俺、今ベース持ってないんだよ。
だから練習出来ない。
今の状況じゃとてもバンドなんて無理だよ。」
俺は、素っ気なく言った。
(あいつとはもう会えない…会いたくない)
中学の時の事を思い出し少し嫌な気分になった。
文化祭のバンドを認めて貰う為に俺は、先生に交換条件を出した。
ボーカルの奴は学校をよくサボる。
だが、バンドを認めて貰えば練習があるから、
毎日来るだろう。
毎日登校させるので認めて欲しいと。
先生はしぶしぶだが、認めた。
そして文化祭以降、奴はまた学校に来なくなった。
付き合い始めた彼女の影響かシンナーに手を出した。
俺は奴に見切りをつけた。
ベースは元々、奴の物を借りていた。
確かに今、バイトの目的はベースの為の資金だ。
でも、まだ貯まっていない。
俺はコータツの願いを素直には受け入れられなかった。
コータツは顔を上げ、真っ直ぐ俺の顔を見る。
「キョーちゃん、俺、本気だから!
ベースがないなら用意する。
ブランクがあるなら取り戻すまで待つ。
だから…一緒にやろう、お願いします」
コータツは再び頭を下げた。
コータツは気付いていない様だが引っ掛かる事がある。
自分でも嫌な性格だと思うが…
「コータツ、頭を上げてくれないか?
返事する前に疑問がある。
コータツはさっきの質問の答えを知っていたよな?
知ってて答えさせた。
それは何故だ?」
宗一郎が口を挟む。
「タダヒコ、何故そう思った?」
俺は間髪入れずに言った。
「驚いた目にならなかったからだよ。
コータツは初めて聞く話なら目に感情が出る。
驚いたり怒りが宿ったり笑ったり。
だが話している時、目が落ち着いていた。
ああいう時は前持って用意してる時だ。」
コータツは驚き、宗一郎は苦笑いをした。
口を開いたのは、宗一郎だった。
「お前には参るよ。話してる最中にそこまで見てるとはな…
悪いな、コータツに情報流したのも
そうさせたのも俺だ。
ついでに言えば、柴田に調べさせたのも俺。」
今度は俺が驚いた。
「何故だ?」
一言しか出なかった。
宗一郎は少し笑いながら言った。
「タダヒコ、心配するな。
お前の話は個人的な興味だった。
俺にとってお前みたいな奴は初めてだからな。
本題は別にあった。
お前なら加山の事は覚えてるだろ?」
「あぁ、覚えてるよ。仲が良かった訳ではないけどね。
加山こそ地元の有名人だ。」
「どういう意味で?」
コータツは不安そうな顔で俺に聞く。
「喧嘩が一番強かった(笑)」
コータツの不安を和まそうと敢えて笑顔を作った。
「でも、加山は体育会系でスポーツ推薦だったはず。
何で宗一郎が気にするんだ?」
宗一郎は丁寧に教えてくれた。
「そうか、タダヒコは入学後を知らないんだな。
加山、部活辞めたぞ。
先輩と意見がぶつかって飛び出したらしい。
で、当然、俺達側の人間になった。
あいつ…既に1年シメたらしい。
となるとだ…俺達も黙ってる訳にはいかない。」
「メンツの問題だね?」
俺が短く言うと
「そういう事。で、中学調べたらお前のとこだろ?
だからついでに柴田に調べて貰った。
まあ、普通に過ごしてた奴が初対面から俺にビビらないなんて可笑しいと思ってたんだよ。
まさかあんな話が出てくるとは思ってなかったけどな」
宗一郎は注文したコーヒーをすする。
「そういう訳だから。
あんまコータツを責めないでくれ。
俺が吹き込んで、コータツがその気になっちまったんだ。
で、お前どうする?」
宗一郎は再びコーヒーに口をつけた。
コータツは隣で固まっている。
俺は静かに言った。
「自分の知らない所で調べられるのは、あまりいい気分ではない。
コータツの思っている通りブランクもあるしね。
ただ頭ごなしに断る気も起きない。
だからコータツ。
提案なんだけど、一度メンバーと会わせてくれないか?
いきなりスタジオでも良いよ。
音が聴きたいし、ベースがあれば一緒にジャムってみたい。
但し!いきなりメンバーの話は無しだ。
ベースが欲しいならサポートとして入る。
あと用意するなら誰か借りれる人を探して欲しい。
買って来たらその場で帰る。
これじゃあ駄目かな?」
宗一郎が助け船を出してくれた。
「コータツ。タダヒコはお前の事を考えて言ってくれてるぞ。
他のメンバーにお前の考え押し付けて仲が悪くならないようにな。
お前の考えがバンドの考えじゃねぇって事。
バカなお前でも分かるだろ?
タダヒコはさ、お前の直感の通り、いい奴なんだよ」
コータツはなおも無言だった。
どうしたのか?と、
二人で顔を覗き込むと…
泣いていた。
ぼろぼろと涙が流れる。
宗一郎と目が合ったが
お互いに微笑みながらコータツを見守ってやる事にした。