表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋文物量作戦  作者: 昆布
7/10

内心を語ろうか

「……手紙が無い」


 翌朝。その日も良介と遊人は揃って登校していたが、しかしそこで異常が起きていた。

 ここ最近日常の一コマになりつつあったあの封筒たちが、ただの一通さえ出てこない。


「お前心当たりないか。あの人がなんか別のこと企んでるとか」

「いやあ……分からんな」


 良介の質問を遊人は自然を装って流す。良介が気付かぬところで、密かに唾を呑み込んだ。


「……あのさ、ちょっと聞いていいか」


 一時生まれた沈黙の間に、遊人は切り出す。


「結局お前は、篠部さんのことどう思ってるんだ?」


 良介はしばらく黙ったままだった。話すことを考えているというよりは、遊人の真意を測っているように感じられた。


「……言いたくない、けど」


 言葉尻を濁した物言いに、遊人はすぐ気付く。


「なんか、こう……モヤモヤしてしょうがないんだ」


 少々苛立ったように、それ以上に悩ましげに、良介は言う。


「言ってみろよ」


 半ば強制するかのように、遊人はすぐ返す。


「お前がどうしてあの人を拒絶したのか、どうしてそのくせに一連のやり取りを楽しんでたのか、どうしてそんなに悩んでるのか――理解できんことだらけなんだ」


 いつになく、真面目な表情で。その普段と違う空気を感じて、良介は思案する。手を頭にやって、面倒そうに掻きながら。秒針は一秒を正確に刻みながら歩き続けている。


「分かったよ。話すよ」


 内心――ガッツポーズをしたくなったのは遊人であった。


「けど変な想像はするなよ。面白い事なんかない。むしろつまらない、恥ずかしいだけの話だ」


 念押しが為されて、遊人は無言で頷く。



「僕が情けなくて、意地を張ってただけだ」


 *


「メイちゃん何持ってるんだい?」


 夕菜は隣に座る明花に聞いた。


「最初の方に渡した、二つのラブレターです」

「ああ、突き返されちゃったやつと口げんかになったやつか」


 その二つは多少シワが付いているものの、まだ綺麗な形を保っていた。


「中身はともかく……私が一番勇気出したのって、この二つで挑んだときだったので」

「お守りみたいな感じかな?」


 明花は無言で頷く。


「お前――避けたのか――やり取り――理解――」


 丁度その時、男子の声が聞こえた。状況が進んでいることを察し、慌てて気を向ける。


「メイちゃん」


 そうしながら夕菜は明花に、小声で呼びかける。優しい声だった。


「あの子は確かに無愛想で、面倒だけど……あと口下手で意地っ張りで、変なとこもあるけど」

「せ、先輩言いすぎじゃ……」


 明花もまた小声で返す。


「それでも、良いところが沢山あるんだぜ」


 言い聞かせるような、語って覚えさせるような、途切れぬ言葉だった。


「本当は、シャイなだけで――不器用なりに優しくて、いろんなことを考えてて……」


 それでいて、誠実な――正直な子なんだよ。

 度が過ぎるくらいに。


 *


「篠部さんを嫌ったことなんかない」


 良介は言い切った。対面の遊人は、言葉を聞き漏らすまいと身を乗り出して聞く。


「あんな風に、僕を好いてくれたっていうのは嬉しかった」

「……てっきり、あの人に興味が無いもんかと思ってた」

「よく知ってたって訳じゃないけど、寧ろ逆だな。良い人だと思ってたよ。真面目そうで」


 変わらぬ無表情から、遊人は確かに良介の感情を感じとる。遊人は理解しつつある。この友人は、あくまで表現が下手なだけで――内で、人一倍色々なことを考えるのだ。


「……それだけに、あの手紙攻勢は驚いた……というか、率直に言って迷惑な時もあったけど」


 遊人は苦笑いを返すことしかできなかった。


「でもあれだって、なんか途中から楽しくなってきたというか」


 そこまで聞いて、改めてあの一連の攻防を思い返す。ただの推測でしかないが、良介があれほど周囲と交わり、豊かに感情を表した時は、高校入学以降無かったのではなかろうか。


「未知の体験だった。色んな意味で。けど本当に、嫌だったってことは無い」


 今の語りもまた、遊人にとっては未知のことだ。


「そんなに良く思ってるなら……なんで応えてやらなかったんだよ?」


 良介が目を背けた。聞かれたくない、そんな雰囲気を垂れ流す。また一瞬、場は静まり返る。


「……誰が相手でも、同じ対応をしてたよ」

「は?」


 一際小さくも目立つ声と、無意識の声とが連続した。


「……僕じゃ、きっと駄目だと思った。誰かを楽しませることなんか、できないって」


 その顔に汗を流していたのは決して暑さのせいだけではなかった。


「唯でさえ無表情な上に、緊張するともっと酷いんだよ。楽しくても嬉しくても、伝わらない」


 そのことは、遊人とて知っていた。ともすれば仮面とも形容できる、表情の薄さ。実際、手紙攻勢を楽しんでいると気づくまでにも、結構な時間がかかっているのだ。


「僕みたいなのとそういう関係になったって絶対続かない。最後は不幸になる。そうなるって分かってる、それなら、そんな関係になっちゃいけない。そういう関係にならないなら、もらった手紙だって読まないで、そのまま拒絶した方が彼女のためだって……そう思ったんだ」


 良介が一気に話し切って、遊人は呆れたような顔をした。


「え……つまり何、自分は恋愛向きじゃないと? そういう人間じゃないと? 要は、勇気が出ないから、お互い憎からず思ってる人のアプローチを拒否したと?」

「……端的に言えば」

「理由を言わんかったのは何故……」

「それは……その、正直にそんなこと言ったら、どうなるか分からなかったし」

「どうなるか分からんて、お前……」

「かと言って、嘘を吐くことはできなかった。嘘なんて苦手で、とても突き通せやしない」


 つらつらと話す。数秒経って、大きな、本当に大きなため息が遊人の口から漏れた。


「お前、想像以上にチキンっつーか活力が無いっつーか、ネガティブっつーか……」


 わしゃわしゃと癖毛を引っ掻く。苛立ちを隠そうともしない。一度それを落ち着ける。


「それはなんつーか、間接的に篠部さんを貶してることにならねーか?」


 良介は、驚いたように目を見開いて黙っている。


「無愛想でも不器用でも、あの人はそれを承知の上で――覚悟した上で、お前のことを好きになってくれてるんだろ? なのにお前が自分をそんなに貶してどうするんだよ」


 遊人は深く考えている訳ではなかった。反射的に言葉が続いた。


「『絶対続かない』なんてのもお前の勘違いだ。ここ最近の、あのやり取り」


 良介のバッグから、封筒を掴んで取り出す。今日もまた、荷物は膨れ上がっていた。


「すっげーヘンな、恥ずいやり取りかもしれんけど。あれを楽しんでたのはお前だけじゃない」


 先日の話を思い返す。勢いのまま、正しいかも分からぬまま明花はあれを始めた。それでも。


「お前だって篠部さんだって、周りの奴までうまくやってたじゃねえか。確かにそういう関係になったら、同じようにはいかねえだろうけど……だからって、何で失敗するって言い切れる?」


 返事は無かった。


「……それにこれは、俺の個人的な意見だけどもさ」


 一度咳払いを挟んでから言う。


「中途半端にフラれてそのままって、付き合って失敗するのと同じくらい不幸だと思うのよな」


「おっ、そうだな!」


 いきなり現れた客に二人は大いにビビる。しかも声の位置がおかしい。


「このタイミングでか! つーか窓から入るんじゃねえ!」

「夕姉、何やってるん!」


 肩ほどの高さの窓から、颯爽と夕菜が登場した。足を窓枠に掛け、飛び越えようとしている。


「話は聞かせてもらったぞ!」

「話を聞け、窓から入るな! そこには――」


 遊人が叫ぶと、乾いた音が響いた。直後、夕菜がスローで廊下の方に落ちていく。


「前セットして不発だったラブレター・トラップが……って……」


 窓を開けると手紙付きの缶が飛んでくるトラップ。以前、良介が容易く見抜いた逸品である。


「先輩、すいません! 完全に忘れてました、本当に……」


 良介の顔が強張った。同時に遊人が、あちゃあと小さく呟く。慣れた人間が、夕菜の隣にいた。彼女自身も、発覚に気付いて声を上げた。



「いや、この大事な時に騒がしくしてすまんかった……」


 数秒後、今度は大人しくドアから入ってきた夕菜――と、その後ろに、


「し、篠部さん……」

「あ、えっと、その……」


 一回り小さい、少女――篠部明花がいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ