グダらず、きっちりと
「良介、俺何も勉強してないんだが」
「知るか」
つっけんどんな良介に遊人はがっくりと項垂れる。今日は期末考査の日だった。そんな日でも変わらず朝早くに登校する二人。
「ちょっとノート貸してくれん? 朝のうちにさっと読むから」
早く教室に行っても、手紙の類を処理すればあとはすることが無い。良介はその時間を授業の予習等に充てていたが、遊人はそうでもなかった。その結果がこの差だ。
「……おい、ちょっと止まってくれ」
教室に入ろうとした遊人を良介が止める。怪訝そうに従う遊人の横で、良介は天井を睨んだ。
「あ……またあったんか黒板消し!」
「気に入ったんだな。隙あらば仕掛けてくる。特に人の出入りが少ない時間帯は狙われやすい」
解説をした上で罠を除去する。それから扉を開いても、良介はすぐに入らない。
「あと、足元を見ろ」
言われたとおりに見る。そこで遊人は、細い紐が一直線に――足を引っ掛けようという意図が見え見えの位置に張られていることに気付いた。
「単純な仕組みだな。脚に糸が絡みついて、その糸の端には例のアレが付いてると」
「お前よく見抜けるな!? 俺だったら最初の黒板消しにやられて眼鏡が死んでるわ」
「黒板消しは言わずもがな、紐も前に似たようなのを食らった。二度目ともなれば想像はつく」
淡々と、しかしいつもより饒舌に語る良介。聞いた遊人は、意外そうな目を友人に向けた。
「お前、もしかしてちょっと楽しんでる?」
よく動いていた口と舌が強張る。直ぐ復帰した良介は、ぼそぼそと囁くように話す。
「……否定できない」
遊人はどことなく下卑た笑みを見せつける。
「こないだの包囲網とか、怒るかなーってちょっと心配してたけど意外と普通だったしなー」
浮ついた声で喋る遊人に、良介はだんまりを決め込んだ。
「まあ、楽しくやってんならいいけどさ」
少し表情を引き締め、更に彼は付け加える。
「この関係をずっと続けるつもりなん?」
良介の動きが再び止まる。遊人としてはさり気無く聞くつもりだったが、失敗のようだ。
「いや別に言いたい事とかは無いんだけどさ。最終的にどうなるんかな、って思っただけで」
取り繕う遊人に、良介はゆっくりと顔を向けた。いつものクールな表情に見えるが、僅かに濁りがあるようにも感じられた。
「試験が終わってから、また考えるさ」
そう言って場を流す。試験が終わったら、答案返却とほんの数日程度の授業日を経て夏休みに入ってしまう。考えるような時間が果たしてあるのか、遊人には疑問だった。
(……一度、あいつに相談してみっかなあ)
自身の危機も忘れ思索する。そうこうする間に、良介は残りの手紙の処理に入っていた。
「……おい、今回はご丁寧に試験対策付きだ。読んどいた方が良いんじゃないか」
そう言って良介はいつもの様にかき集めた封筒を見せつける。遊人はまた驚愕した。
「こんな所が無駄に凝ってるのは何故!?」
「知るか!」
今回の封筒の表面に書かれていたのは、各科目のチェック事項をまとめた表だった。試験直前に読めば存分に効果を発揮するだろう。
ラブレター要素は、もはや皆無だった。
*
「テスト……オワタ……」
「しっかりしろよ来年受験だろ」
考査最終日、多くの生徒がさっさと部活なり遊びなりに行く中、夕菜・遊人、そして明花の三人が集まっていた。場所はたまたま無人だった教室である。
「ウチはこう見えても勉強頑張ってんのだぜ?」
「説得力無いわ」
その後、しばらくテスト議論が行われる。赤点の回避を願い、ひとしきり嘆き終え、
「そんなことはどうでもええ、問題はメイちゃんや! 今日も可愛いなぁ! うおおおおお!」
「せ、先輩テンションが変なことに……うわっ、ちょっと」
「出来の悪さによるダウンな気分と解放感とが混ざり合って、とってもおかしいです」
夕菜は暴走した。後輩を捕まえて頬ずりをかますその姿に、しかし遊人は冷ややかだった。
「しかしメイちゃん、テンションがどうとか言ったら君の方こそおかしいとウチは思うんけど」
明花の一連の行動は、大体が遊人の口によって夕菜に報告されている。
「俺も思う。なんか最近のに至っては、読ませるっつーより面白いネタを追及してるよね」
「……否定できません」
返答が良介とほぼ同じだったので、遊人は吹き出した。
「……これから、どうするつもりなん? 夏休み入ったらこれまで通りにはいかないよ」
一転して、真剣な面持ちで話す。騒々しい蝉の音が、途端に遠く思えてきた。
「休みに入るまで、このまま楽しくやってくのか……それとも」
「……私は」
夕菜が続けて話そうとしたところで、明花の口が動き始めた。
「そろそろ、けじめをつけたいと思ってます」
夕菜の顔を真っ直ぐ見据えて、はっきりと話す。夕菜はゆっくりと頷いて、薄く笑いながら、しかし明花と同じように相手をしっかり見つめる。
「……どんな風に?」
「それは……まだ決まってないんですけども」
少し俯きかけて、それでも話す。
「このまま続けたら、色々と有耶無耶なまま終わりそうな気がするんです。今は良くてもいつか終わって、その時、どうなるんだろうって考えたら……ここで区切るのがいいのかな、って」
「……難しいだろうけどね」
「元々勢いでやってきて、こんな事になってるんです。最後くらいは、ちゃんとしたいな」
遊人には明花の笑い顔が、形容しがたい憂いを含んでいるように思われた。
「……ん! よし、ほんなら支援するしかないべな。希望に沿うように何でもしますぜ!」
「また口調変わったこいつ」
勢い良く腕を振り上げた夕菜に遊人が指摘を入れる。
「元々ウチがメイちゃんを巻き込んじゃったんだ。こういうとき力にならんでどうする?」
「そんなこと言ったら、元々の原因は俺だ」
遊人は申し訳無さそうに言った。
「ふ、二人とも……あの」
一方で、明花がそれ以上に縮こまっている。
「私は……お二人に、感謝してますから」
「メイちゃああああああん!」
明花が二人の横で小さく呟くと、夕菜が一瞬で飛びかかった。ええ子やなあ可愛いなあ健気やなあ、と滝のように褒め言葉を流す。
「せ、先輩、苦し……」
「大丈夫、メイちゃんならやれる! あやつがどんな対応してきても、グッドエンド到達可能!」
ぎゅうぎゅうと抱き付く夕菜と苦しみながらも拒絶しない明花を、遊人は苦笑しつつ眺める。
「だからさ」
一回手を緩めて、夕菜は囁いた。
「もっと、元気に笑いなよ」
静かに、楽しそうに。
「恋する人に、悲しい顔は似合わないんだぜ?」
明花はしばらくぽかんとしていた。
それから、ほんの少し泣きそうな顔をして、そして――
「はいっ!」
眩しいほどの、笑顔を見せた。
(……また適当な事言いよって)
傍で、遊人は思う。
(まあそれで元気になれたなら、別に良いか)
窓から漏れる夏の陽射しが部屋を隅々まで照らし尽す。綺麗なものだと、柄にもなく考えた。
「さて――それじゃ、最後の計画を練るとしますか!」
夕菜の声は、今までで一番大きかった。