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恋文物量作戦  作者: 昆布
5/10

工夫(笑)を凝らしてみよう

 それから昼休みまで、ほんの数時間。そこには、事件前と打って変わった雰囲気があった。


「奥崎、キミの噂聞いたよ! 羨ましいなあ、ちょっと吹っ飛んでよ!」

「物騒な事を言うな。しかしそうだな、少しくらい痛い目を見てもいいかもしれないなキミは」

「いやー、楽しいねこの空気」


 露骨に嫌そうな顔をする良介の周りを、三人の生徒が囲んでいる。良介の近くの席に座る同級生たちである。発言順に右隣の蕗田、左隣の板谷、前の浮嶋。


「詳しい経緯は知らないけど、お似合いじゃないかな。美男美女で。爆ぜようよ、奥崎!」

「蕗田、清々しいほどの嫉妬心だな……もう少し気遣いをしろ。怒らせても私は知らんぞ」

「うわマジ良いわこの雰囲気」


 蕗田が暴言を吐き、板谷が毅然と窘め、浮嶋がマイペースを貫くというパターンでひたすら絡まれている。面倒な三人組である。とにかく現状は、不本意且つ予想外の事態であった。

 例の話はいつの間にか、クラスの情報網にスムースに乗っかってしまったのである。今朝の連中から漏れたのか、あるいは他に目撃者でもいたのか、そこは良介には分かっていない。とりあえず判明しているのは、発見されてしまった原因が明花の方にあるという事だけだ。遊人が、頭を抱えて沈み込む彼女の姿を目撃したという。詳しい事情も調べたいところだが、


「奥崎選手、感想! あるいはもげろ!」

「テンション高いな蕗田、何言ってるんだ!」

「ええわあ!」


 今はひたすら周りがうるさい。この三人以外にも、良介と明花の関係について話している人間はいくらかいるように思われた。高校生というと、もう少しその辺ドライなんじゃないか、こんなので騒ぎ立てるのは中学生までじゃないのか――とは良介の感想、あるいは願望である。

 三人衆を適当にあしらいつつ、良介は明花の方を見る。向こうは向こうでクラスの女子数人と過ごしているが、会話の中心になっているのはおそらく明花。状況を察するのは簡単だった。


「良介……大丈夫か、色々と」


 遊人が気付けば近くまで来ていた。三人衆の会話に上手く混ざりつつ、良介の方に気を配っているように見える。良介はそれに感謝しつつ、強く思う。


(この騒ぎで、攻勢が止んでくれれば……)


 災い転じて福と為す、とはどこで生まれた言葉だったか。この教室の状態を逆に利用して、諸々の出来事を有耶無耶にできないだろうか。良介は、そんな期待を少々抱いていた。

 明花とて、流石にこんな事態になれば今まで同様に動くのは躊躇するだろう。そうなったまま夏休みに入ってしまえば、休み明けにはもう一連のいざこざは自然消滅しているに違いない。

 あらぬ方向へすっ飛んだ展開が、望ましい結末に向かってくれないか――そう願っていた。

 そんな願望は、あっさりと砕かれるのだが。


 *


「奥崎、手紙が届いてるよ。焼却処分でいいよね?」

「奥崎君、篠部さんからだ。この状況でも続けるとは、彼女は随分とキミにご執心のようだな」

「これは……いい手紙だ」


 良介は蕗田を宥めつつ三つの手紙を受け取る。受け入れるしかない。自分に言い聞かせた。

 周知の事実となってもう一つ吹っ切れたのか――明花は、同級生までも活用し始めたのだ。その上、元々珍妙だった封筒の文面も種類が増えてきた。完全に悪ノリ、もはや情緒も恥も有った物ではない。いずれにせよ抵抗のしようが無かった。これまでは陰で動いていたため、仕掛けのパターンも限られていたのだ。しかしこうなると、手段はいくらでも増やしていけそうである。どうか変なことをしてきませんように、そう祈るしかない。当然、祈りは届かない。


 *


 扉を開けると、頭に柔らかな衝撃があった。良介は瞬間驚くが、正体を即座に看破して冷静さを保つ。周囲の生徒が皆笑いをこらえている様は、年末のテレビ番組を想起させた。

 頭の上の黒板消しを手に取った。しかし黒板消しにしては粉が付いていない。綺麗に掃除してある。そしてふと気づいた――これもラブレターか! 上面に添付された封筒がその証明だ。


『天井から愛を込めて』

「いや、そこは天井じゃないだろう」


 表情一つ変えぬ指摘は、数名の見物者をアウトに誘った。


   *


(あいつ……何者だ?)


 良介が廊下を歩いていると、前方から別の生徒が現れた。しかし一目見ただけで良介は警戒態勢に入った。時期外れなマスクはまだいいとして、校舎内でサングラスと帽子を着けているのは流石に異常だ。増してこの暑い中ジャージ着用となると、一種の変態ですらある。


(……あいつ、こっちに向かってくる!?)


 不審者の不審な行動を察知した直後、そのマスクマンは良介に向かって急接近した。緊急回避――が決まらない。動転して咄嗟の動きができない。


「ぐふっ!」


 意味が分からなかった。変人の右拳が、勢い良く良介の懐へと潜っていったのだ。


(……あれ、でも勢いの割に……痛くない?)


 気が付くと、不審者の姿は消えていた。殴られたが、特に怪我などは無い。本当に何だったのか、教師に報告すべきか――そんなことを考えていると、再び違和感。

 かさりと音がした。散々見たけど見覚えのない、そんな物体が懐から現れた。


『ひったくりにご注意』

「手紙を叩きつけていくひったくりがいるか!」


 ひったくり犯、というか押し付け犯の正体は依然不明である。


   *


 用足しから戻ったのは、チャイムが鳴る寸前だった。良介は慌てて席に着くと、


「……クッ……!」


 危うく吹き出しそうになったところを、寸前で抑え込んだ。ここで笑ったら負けな気がした。

 背筋を伸ばして前の席に座っている男子――浮嶋が、後頭部に封筒を張り付けていた。マジで何の意味があるんだこれ、そう思わざるを得ない。


「いや、楽しそうだから協力したった!」


 能天気な返事。良介はあくまで平静を装いつつ、今度は何が書かれているのかを確認する。


『お前は包囲されている』


 大きな文字でシンプルに書かれていた――まさかそんな下らないことが、


「……ククッ……!」

「たまにはこういうのも良いかもね。爆薬を仕込みたいよ」

「キミのそういう顔は初めて見るな……な、何だか気恥ずかしいので早く回収してくれ」


 両隣の人間も、側頭部を用いて同じことをしていた。蕗田の方は『読まないと攻撃を仕掛ける』とのことで、片や板谷のは『読んであげてください』となっている。文面の性格まで合わせていた。『読んであげて』というのは色々と間違っている気がした。

 良介は例によって全て回収した。この三人は位置的な都合から定期的に巻き込まれている。よく付き合ってやってるものだと感心する。同じ形状の三通の手紙は、開かれることなくバッグに放り込まれる。周囲の空気が少し沈んだように感じられたが、無視した。


「よーし、国語の授業だ!」

「ぶはっ」


 凌いだと思った直後、とうとう彼は落ちた。沈んだと思った空気が急に跳ねた。


「せ、先生……何やってるんですか」

「生徒の色恋沙汰に介入するのが俺の趣味だからな」

「悪趣味にも程があります」


 見慣れた髭面の上にピンク色の封筒が乗っかっている。目を隠されたままで器用に入ってきたものだから、完全に不意を突かれた。というか他の連中は皆知ってたのかコレ。中々の恥を感じた良介は表情を引き締め、捕まれと念じながら封筒を受けとる。それでもクスクスと笑う声が微かに聞こえた。

 してやったりという顔をしている明花に、彼が気付くことは無かった。

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