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恋文物量作戦  作者: 昆布
3/10

作戦(らしき何か)

 翌日。朝礼直前の登校が日課である遊人だが、この日は十分程早く登校していた。前日の出来事もあり、自身のクラスにいるあの二人がどう振る舞っているか気になったためだ。


「おはよー……おぉ!?」


 いつも通りに気の抜けた挨拶をしながら教室に入って、遊人は二秒で異変に気付いた。挨拶に反応し、振り向いた男子生徒――良介の表情。一言で言って、疲弊していた。眼の下にある若干の隈に加え、眼光も心なしか弱く、全体的に『疲れた』オーラを醸し出している。体育の時間などに疲れを感じ取ることはあったが、こうも露骨に疲弊している姿は初めてだ。


「な、何か変じゃねお前? どうしたん……」

「いや……なんというか、その」


 そのもごもごした喋り方に、遊人は昨日の良介を思い出す。あの延長線上であるかのようだ。

 遊人は良介と日頃親しくはしているが、一連の計画に関わっていることは無論彼に伝えていない。昨日二人の対話を盗み聞きしていたことも、当然良介は知らないままだ。

 はっきりしない良介をどうしたものかと、遊人は少し悩む。ふと、教室の中を見回す。そう言えば、もう一人の方はどうなってるのだろう――


「ぬおっ!?」


 遊人は、思わず身構えそうになる。騒々しい教室の中で、窓際の列、一番後ろの席――そこから自身、いや良介をじっと睨み付ける視線に出会ったのだ。それが誰かは、考えるまでも無かった。篠部明花、先日暴走したばかりの少女である。あの大人しかった少女は、今も黙り込んでいるというのに、何故か異常なまでの威圧感を放っている。一本の矢で身体全体を押し潰さんとするような、そんな鋭くも強い目付き。遊人は慌てて目を逸らす。


「……気付いたか」


 良介の沈み込んだ声は、いつもと同じように静かなのに普段とは別物に聞こえる。


「……朝来たら、こんなことになっていた」


 そう言って良介が机のフックに掛けたバッグを開くと、


「……うお!?」


 紙ずれの音が勢い良く溢れだす。多量の封筒。色も形もバラバラ。一見ではちゃんと数えきれないほどの、何通もの手紙が、無理矢理に押し込められていた。


「……まず、机の中を見た。これがあった」


 良介の左手に握られたのは、白い横長の封筒。表面には、『読んでください』の七文字。


「無視して、一時間目の数学の教科書を出した。今度の授業でやるページに挟まってた」


 右手に握られたのが、若草色の正方形に近い封筒。『お願いだから読んでください』の文。昨日の彼女からは想像できない文だ。


「ほっといて、ノートを取り出した。今度はこれだ」


 両手を空け再度右手に白い横長封筒(二通目)、曰く『読みたまえ』。何故上から目線なのか。


「集中できないんで、ロッカーに入れといた参考書を取りに行った」


 よくある茶封筒。『読むor読まない理由を教える、二択です』


「戻ってバッグを開けた」


 白い正方形。『読めと言ってるだろ!』最早ラブレターに書く文面ではない。


「いやいやいやどうしてこうなった! つーかお前が持ってたバッグになんで五通目が……」

「まあ実際はもっと有るんだが……こうなった理由はわかってる、けど、お前には言えない」


 俺も分かってるけどな、とは遊人の心の声。


「これは……どうすりゃいいんだろうな……」


 遊人の声に対する良介の返事は無い。遊人はふと後ろを見た。明花の表情は先程と全く変わっていない。寧ろ、妙な尊敬の念すら覚えた遊人である。


 *


「ひ、一晩考えた結果があれですか……」


 昼休み、遊人は教室から出た明花にそう声をかけた。敬語になったのは全くの無意識である。


「ビックリさせて……すいません」


 いくらか元通りの雰囲気の明花に、少しばかり遊人は安心する。


「あれで読ませるつもりなの……?」

「半分はそのつもりで……もう半分は……ストレス解消?」

「そんな人だったっけ篠部さん!?」


 変な方向にアグレッシブ且つ厄介な本性である。実際の所遊人は、明花と知り合って一か月と経っていない。それにしたってこの展開は想像外であった。


「いや、私もどうしてこうなったか分かんないです」

「んなムチャクチャな……」


 当人たちが把握できていない謎の状況。昨日の放課後から数えて何度目の混乱状態なのか。


「……なんでこうなったかは分かんないけど、一つ分かったことがあるんですよ」


 一転、かしこまったように明花は話す。


「素直に攻めたって、どうにもならないですよねあの人」

「せやな」


 混乱しながらもすぐ返事が出たのは、遊人なりに友人を理解しているからだ。色々な意味で。


「だからもう、好き勝手に、後先考えずやってみようかな……なんて、思っちゃったんです」


 良い状況とは言えないはずなのに、明花の見せた笑顔は妙に楽しそうでもあった。悪戯っぽささえ感じるその顔付きを見て、


(行動がアレとはいえ……こんな人に迫られて、なんで落ちねえんだあいつ)


 そんな言葉が喉元まで出かかった遊人は、すかさずそれを飲み込んだ。


「昨夜、夕菜先輩とメールで話したんです」

「あいつと?」

「遊人君も、聞いたんですよね? 例のこと」


 その一言で、遊人は一瞬黙り込む。


「……聞いた。協力してくれた理由、顛末まで」

「……すいません」

「いや、謝られるこたないって! 逆になんか、俺が出しゃばって申し訳ないというか……」


 頭を下げようとする明花を、必死で遊人は止めた。


「そんなわけで、すいませんが、これからは……私自身で色々やってくつもりです」


 気丈に言った明花を見て、遊人は明花のイメージが変わってゆくことを実感していた。最初はただの大人しい女子だと思っていた。後になって別の側面を知った。そして今、


(思ったよりも逞しいわこの子……)


 そんな印象を、眼前の少女に持っていた。


「まあ、何か有ったら言ってよ。できる範囲なら協力するからさ」

「あ、ありがとう」


 改めて明花は頭を下げる。ええ子やなあ。遊人の率直な感想である。同学年相手に使う言葉じゃないな、と気付いたのは数秒後。


「私はこれから、生徒会の夕菜先輩を手伝いに行くんだけど……遊人君は来る?」

「いやあ、俺は良介とちょっと話してくるわ」

「分かった、じゃあまた後で!」


 そう言って明花は、遊人に背を向けて階段を下って行った。見送りながら、遊人はのっそりと動き出す。実際、良介と話すことはさほど無い、そもそも手紙の件については午前中に話し尽くしていた。適当な雑談でもしながら食べよう、そう思って教室へ歩を進める。

 良介は無表情で無口な奴、それは間違いない。しかし隣の席になって何度か話す内に、それだけではないことも分かりつつあった。仲良くなってくれば、素っ気無いながらもある程度会話はできる。増して、昨日から今日にいたる一連の出来事で、彼の未知の側面が見えてきた。


(ある意味、計画成功、かもな……)


 心中で呟く。


(まあ、当分二人を見守りますか)


 もしかしたら、あっさり状況が好転したりして――そんな都合の良いことを彼はふと考えた。

 六月下旬、期末考査を間近に控え、夏休みも近い。それまでに進展があることを期待した。

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