最終的に
「いやまあ、結局あの三人は無事だったんですけどね?」
二十三時間後。早朝の四橋高校で、明花は大量のプリントを抱えて校舎内を歩いていた。
「リョー君優しいねえ……とっ捕まえても説教で済ますとは」
横で同様に書類を持って歩いているのは夕菜である。
「でもそれ以降、会話できなくて……返事は聞けてないんです」
「んー、本当に酷いタイミングだったねあのトリオは。ウチもビックリだぜ」
やれやれ、と空いた左手でポーズを作る。
そうこうしている内に、二人は例の教室――明花のクラスを横切った。
「……んあっ!?」
「お、奥崎君!?」
二人は危うく荷物を取り落しそうになる。教室の中に、丁度話題にしていた相手の姿があった。普段なら良介が教室に来るのはもう少し後だ。それだけでも驚くが、
「あそこ、メイちゃんの机だよな!?」
日頃は自分の席に着いている良介が、明花の机の辺りで何かをしていた。
「そこの不審な少年、止まりなさい!」
「ちょ、夕菜先輩!」
夕菜は気付くや否や、教室に入って良介の所へ迫っていく。
「うわ、何でこの時間にいるんだ!?」
「たまたま仕事途中で通りがかったのだ、何をしていたか白状なされ――」
言いかけて、夕菜は視界に入ったある物に注目した。小さな、白い紙が――質素だが何か書かれた紙が、明花の机の中からはみ出している。
「ま……まさか、お主……」
「ああもう、また夕姉にやられた……!」
良介の声を気に留めず、夕菜は書類を机に放って素早くその紙を取り出した。そして、
「……これメイちゃんに渡していい? つーかウチも読んでいい?」
傍に明花が来ているのを知った上で、そう訊いた。
「……勝手にしてくれ!」
良介は自棄になったようにそう言って、二人に背を向けた。
「散々手紙渡されたからリョー君も手紙で返すとは……ふっふっふ」
「……奥崎君」
マイペースな夕菜と対照的に、明花はぎくしゃくと動く。
夕菜は一度唾を呑んで、手に取った紙を広げた。三行、書いてあった。
『昨夜、他の手紙を読みました』
『今まで、ごめんなさい』
『これから、よろしくお願いします』
「……書きかけだったんだよ!」
紙を広げてから数秒後、良介はそう大声で言った。しかし二人とも、返事をしない。
顔を見合わせて、もう一度読んで、そして――
「奥崎君……!」
「うわ、ちょっと!」
満面の笑顔で、明花が良介に飛び込んだ。腰部にタックルを喰らい、良介は倒れそうになる。
夕菜はそれを見て、ひたすらニヤける。携帯を取り出して、カメラ機能を立ち上げた。
「いや待て夕姉、それは……」
「何を言う、こんな時に! ほらもっとくっつけ!」
*
「こ、こんなことになってるとは……もっと早く来りゃ良かった」
飛びつく明花とかわす良介、撮影に興じる夕菜を見ながら、遊人は教室の外で立ち尽くす。
「本当、始めから見たかった。そしてぶち壊したかった」
「懲りろよ蕗田……私はもう説教は御免だ」
「素晴らしい空気です」
「お前らは何でまた来てるんだよ……」
何故か来てしまったトリオ、というより蕗田を抑えながら、遊人は見物を続けていた。
「ま、これでまた色々と起こるんだろうな」
独り言は廊下に響く。
「もういっちょ、休みの内に何か仕掛けてやるかな」
陽射しは強かった。それでもたまに吹く風が、空気の熱を和らげていく。
虫の鳴き声が風に乗って届き、夏の色を濃くした。
日々が、始まろうとしていた。