悪役令嬢?は高らかに笑う(短編)
「ほーっほほほほほほほほ! ざまあ見なさい、あの女! このわたくしに抗うことなど不可能ということですわー!」
緑美しい庭園に、白いテーブルとティーセット。
如何にもこれから優雅な茶会を始めようと言わんばかりのその場所に、盛大な高笑いが響いていた。
爽やかな青空に突き抜けるような甲高い笑い声の主を、向かいに座った青年がくつくつと含み笑いを零しながら眺めている。
給仕をするべき使用人を全て遠ざけ、自らの手でケーキを切り分けていた彼は、精悍な面差しを持ち上げ、鋭く輝く赤銅色の目をうっすらと細めて笑った。
「ご機嫌だな、カトリーナ」
「当たり前ですわ、アデル! 何せ一番目障りだったドゥネル伯爵令嬢を、とうとう始末できたのですもの! これが浮かれずにいられるものですか!」
ふわりと癖のある金髪を靡かせ、カトリーナと呼ばれた少女が大仰に腕を広げてみせる。
アデルと呼んだ青年に向ける顔は、混じり気のない歓喜に満ちて。
しばしば目付きがきついと指摘される双眸を大きく見開き、美しい少女は頬を赤く染めて快哉を上げた。
「嗚呼、長かった……フリードリヒ様に恋をして幾数年、これであの方とわたくしの邪魔をする者は全て処分できましたわ。最早彼女たちが舞台に戻ってくることはあり得ない。後はわたくしとフリードリヒ様の仮婚約を本式のものにするだけです!」
「処分、ねぇ……」
繊細なデザインの皿を片手で差し出しながら、アデルが苦笑する。
綺麗にケーキが盛り付けられた皿を受け取り、カトリーナは早速一口口にした。
彼女の好む林檎のケーキは、甘さが控えめでアデルの口にも好ましい。同じくカトラリーを操りながら、アデルは口の端を吊り上げる。
「恋敵に他の男をあてがうことが、か?」
「何よ、何か言いたいことでもあるんですの?」
「別に。……ただ、始末だ処分だと物騒な表現を使う割には、随分と迂遠で平和的な手段を使うものだな、と」
――常日頃自らを悪役だと主張する癖に。
そんな意味を含んで告げれば、カトリーナはフンと鼻を鳴らして胸を反らした。
拍子に、弾けそうなほど豊満な胸部にうっかり意識を奪われかけるが、アデルはささっと目を逸らす。
何せ、目の前の少女は筋金入りの潔癖だ。ただでさえきつい顔立ちのカトリーナが繰り出す冷たい視線は、ザクザクとアデルの心を抉ってくる。
「おかしなことを申しますのね。このやり方はわたくしの考え得る限り、最大級に拙速であり合理的ですわ。
恋敵は早急に舞台の外へと放り出すべし。その際、舞台に戻ろうという気さえなくなるように仕向けるのは当然の対処でしょう」
「だから、フリードリヒ殿に恋する女に他の男を紹介するって?」
「その通りです!」
「ああも優良物件ばかり取り揃えて?」
「フリードリヒ様を差し置いて目移りさせねばならないのですから、容姿才能共に厳しく選別するのは当然ですわ! 性格だって、勿論良くなければ恋心を維持させられません!」
「互いの実家との関係まで考慮して引き合わせたのは」
「恋仲になっても結婚できなければ意味がないでしょう。二度とフリードリヒ様に色目を使わせないためには、早々に伴侶を持たせ、生涯幸福な生活を送ってもらわねば!」
「……結果的に全てのライバルを蹴落としてみせたその手腕は、確かに尊敬に値すると思うよ」
「ほーっほほほほほほ! 悪役令嬢というものは、逆に言うなら主人公のライバルを張れるほどのスペックを保証されているということですもの! 公式主人公以外が楯突こうなど無謀の極み!」
「ちなみに、家の権力を使って恋敵の実家を追い落としたり、学園の生徒を使っていじめたりして、フリードリヒ殿に近付かないように脅迫する手段は考えなかったのか?」
「やだ、なに怖いこと言い出してるの……? そんなの、人としておかしいよ……」
「うん、やっぱりお前は悪役としておかしいよ」
慄いた様子で身を引くカトリーナに、アデルはけらけらと軽い態度で笑った。
彼女とは幼馴染として数年間を共にしてきたが、間近で見ていてこうも飽きない相手など、彼女くらいのものである。何処の世界に、恋敵を全員リア充化することで排除しようとする悪役令嬢がいるものか。
(十歳の頃、家同士の取引で引き合わせられたフリードリヒ殿に一目惚れしたと相談された時には無理だろうと思ったが、予想外に手を打ち続けてるようで困ったなあ)
見た目はのんびり紅茶を啜りながら、アデルはそう考える。
アデルたちと同じく、貴族子女を教育する王立学園に通うカトリーナの仮婚約者――フリードリヒ・イルデガルナ侯爵家子息は、その才能こそ非常に優秀の誉を受けているが、同時に人に対する興味をあまり持たないことでも有名な青年だ。
そのことがアデルにとっても安心要素になっていたのだが、困ったことに、カトリーナが次々恋敵を『処分』してしまったせいで、フリードリヒに歳と家格の近い令嬢たちは現状ほとんど売れてしまっている。
このままでは、『仮婚約者』であるカトリーナから自動的に『仮』が抜けてしまうのではないか。そんなことを思えば、そろそろアデルとしても悠長にしてはいられなかった。
(フリードリヒ殿はまだカトリーナに興味を持っていないようだけど、疎んでいるわけでもなさそうだし)
空になったカトリーナの皿に何食わぬ顔で追加のケーキを切り分けてやりながら、アデルはこっそり考える。
基本的に、カトリーナは好いた相手には尽くすタイプである。好意を押し付けるでもなく相手の有り様を尊重する彼女は、フリードリヒに疎まれない絶妙なラインを心得ている。
今正式に婚約を申し込まれれば、フリードリヒは断らないだろう。たとえそれが、共に生活するのならカトリーナが一番楽そうだから、という至極投げやりな理由からであったとしても。
――そうなる前に、さっさとこっちの王手をかけないとなあ。
「これでようやく、心置きなくフリードリヒ様にアプローチが出来ますわ! 傍で煩くしては嫌われてしまいますから、これまでは随分と自重していましたのよ!」
「ああ、寄ってくる人間が多いと鬱陶しがりそうだもんなぁ。カトリーナは邪険にされないのか?」
「家の都合とは言え仮にも婚約者という立場にある以上、一応の正当性はありますもの。無理に話をさせようとしなければ、あの方だって傍にいることくらいは許して下さいますのよ」
「ふうん……紅茶のお代わり要るか?」
「頂きますわ。砂糖は、」
「二つ、だろ」
「ええ」
満足そうににこりと笑って紅茶を受け取るカトリーナを眺め、アデルもまた裏など何一つ無さそうな顔で笑う。
(意気込んでるところ悪いけど、早いところケリ付けちまいたいなぁ……叔父上にも協力要請するか。あの人やたらと顔が広いし)
既にアデルの実家から、カトリーナの家には密かに婚約の打診が行われていた。
元よりカトリーナとフリードリヒの婚約は、あらかじめ破棄も視野に入れた上での仮契約である。アデルの家の申し出に対する反応も悪くはないようで、今しばらく時間をかけ、駄目押しで幾つか条件を付ければ、いずれめでたく婚約成立となるだろう。
ただし、それでカトリーナに恨まれては元も子もないので、先にフリードリヒの方を片付けねばならない。
こちらはカトリーナのやり方を参考にしよう。恋敵には速やかに、そして永久に、舞台から降りてもらうべきだ。
「なあカトリーナ、フリードリヒ殿は確か、考古学に興味があったって言ってたよな?」
「ええ、そうよ。特に第五イニ期の文化変遷に心惹かれていらっしゃるみたいね。そのうち隣国を訪問して、直に現地を見てみたいと仰っていたわ」
「次男坊で、跡継ぎの兄上も充分有能だから、跡目争いを起こす気もないって話だったよな?」
「そうだけど……いきなりどうしたのよ。あなたもフリードリヒ様のファンになったの?」
「いいや。ちょっと確認したかっただけだ」
もしもそうなら、実家が古代遺跡保護の役割を担ってて、本人も考古学に造詣が深くて、家の跡目を継がせるために現在進行形で婿養子を探してる隣国の伯爵家のご令嬢とか、すっげえ気が合うんじゃないかなあ、とか思っただけだから。
そんな本音は綺麗に覆い隠して、アデルは明るく笑ってみせる。
一途で策略家でお人好しで、妙な所が抜けている可愛い可愛い幼馴染は、不思議そうに首を傾げて「変なアデル」と呟いた。
十歳の頃からずっと恋愛相談をしてきた幼馴染が、本気で彼女を応援してやる気になったことなど本当は一瞬たりとてなかったことに、彼女はそろそろ気付いた方が良いと思う。
《登場人物》
※カトリーナ・メルイン
伯爵家令嬢。乙女ゲームの悪役に生まれ変わった、記憶ありの転生者。ゆるふわの金髪にきつめの顔立ちの美人。胸部がマスクメロンな十五歳。
ある程度人格が形成された後に前世の記憶を取り戻したため、言動はがっつりお嬢様に染まり切っている。ただし、そこに前世の常識と良識と事なかれ主義が上乗せされたため、策謀は使うがヘンな方向にまともな人になった。
仮婚約中の攻略対象キャラに片思い中。恋敵を片っ端から処分(リア充化)しているため、現状婚約者と最も距離が近い独り身は彼女のみとなっている。この調子で本婚約に持ち込みたい。
※アデル・ヴォルザーグ
伯爵家三男。攻略対象キャラの一人。十五歳。カトリーナの幼馴染で、唯一転生の事実を知る人物。
軍人志望で、黒い髪に赤銅色の目、精悍な顔立ちの青年。長年カトリーナに片思いをしており、彼女が本婚約に持ち込む前に外堀を埋め切ろうと思っている。フリードリヒと「主人公の幼馴染」以外の攻略対象キャラは、全て彼の手で適切に処分済み。
※フリードリヒ・イルデガルナ
侯爵家次男。十六歳。涼しげな美貌の才人だが、実は色々突き抜けた隠れ考古学オタ。人の美醜には興味がないが、美しい埴輪には愛を囁く。
※ゲーム主人公
友人の借金を抱えて傾いた両親の店と病弱な母親を救うため、知識と卒業後の仕事と奨学金を目当てにゲームの舞台となる王立学園に庶民枠で入学する、予定だった少女。NOT転生者の十三歳。
実際には何故か資金援助してくれる貴族(カトリーナの実家)が現れ、借金を押し付けて逃げた友人がガタガタ震えながら(カトリーナが直々に踏んだ)戻ってきて土下座し、条件付きだが格安料金で腕の良い医師がやって来て(医師の元でバイト及び、稼げるようになったら返してね?)、騎士志望の幼馴染(攻略対象キャラ)が結婚を前提に告白してくるというわけの分からない展開になっているせいで、無理して貴族の学園に行く必要がなくなった。
ストーリーが始まる前に退場となったため、最早名前すら出てこない子。つい押し切られて幼馴染の告白を受けてしまったため、現在は嫁入り目指して元気に実家で花嫁修行中。