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終幕です。 約九年後なので少々混乱するかもしれません。
「へえ、そういう裏話があったんだね」
「人の過去の話を裏話とかいうなよ、音和」
「ごめんって」
「謝ってないだろ、それ」
にっこりと笑顔で返され、冬真は読んでいた本を閉じた。
目の前で微笑んでいるこの青年と少し前に偶々出会い、運命のいたずらなのか犯罪者をかくまうような形で成り行きで暮らしているこの状況に対しては特に文句はない。
犯罪者というよりも殺人者といった方が正しいが、人を殺したからと警察に追われているのではなく前 所属していた組織から何の連絡もせず突然消息を絶ったせいで追われ、隠れているという理由も、もっぱら裏の世界に生きる冬真にとってそういう話題を聞かないわけでもないのでそう珍しくもない。
「にしても、いつも家の中で和装してるのにそんな理由があったとはね」
「家の中ではこっちの方が動きやすい。音和も国籍上は日本人だろ?」
「そうだけど、和装はしたことないよ。それに国籍上はって酷いよね、日本人の血はちゃんと流れてるよ。瞳も髪もそれらしくないけど」
その言葉に、本を仕舞っていた冬真は音和の姿をいっぺいした。
銀色の髪に研ぎ澄まされた氷のように深い銀色の瞳ははっきり言って日本人とは信じがたい。だが、顔立ちは東洋人らしさがある。東洋人は西洋人から見て年齢不詳に見えるというが、同じく日本人である冬真から見ても真崎音和は異質だろう。二十三歳であるのにどう見ても十代中頃か、十代後半くらいにしか見えない。
あってからしばらく経ち、大半の情報を手にしているし、聞いた限りでの言葉は一致しているものの、その見た目はどうしても若い。
「でもどうしてそれから情報屋なんかになったのか、いや、なれたのかが不思議だよ」
「本業は何でも屋で情報屋は副業だ。才能でもあったんだろ?」
「真顔で照れもせず才能があると断言できる人はユーリくらいだと思ってた」
「あの『魔法使い』と一緒にするなよ」
数冊の本を取って、呆れたように冬真が言うと、音和は小さく肩をすくめた。
音和の言葉の端端にたびたび出てくるユーリ・クラインは世に言う魔法使いとも呼ばれ、音和や冬真側の人間達に名が通っていた。その由来は当たり前だがファンタジーのように魔法が使えるからだというふざけた理由からではない。ただその神出鬼没性と、まるで魔法を使ったとしか思えない卓越した様々な面での技術からそう呼ばれていたらしい。
その弟子であるのが真崎音和だ。本人が言わなければ知っているのがもう音和だけなので探り出すことはできなかったかもしれない。だが、今は抜けてしまった組織内で音和が魔術師と呼ばれていたことを考えるとやはり知っている人間はいたのだろう。
だが、多分その人たちはもういない。ユーリ・クラインも知っていたであろう組織の幹部の人間達もこの世にはいないのだから。
「『魔法使い』ね……的を射ているようでいてないよ。その二つ名」
「死者に対して中二病という言葉が相応しい言い方をするな。死者に対して失礼だ」
「情報屋集団、『箱庭』に所属してる人間がよく言うよ」
「ただの副業上での所属してる団体だ。それにあいつら変わってる奴もいれば普通の性格もいてややこしい」
「そう考えてるならいいけどね?『三月うさぎ』」
冬真が嫌っている箱庭で使われる名を無邪気に笑って告げる音和に、冬真は若干眉を寄せた。
何処か寿に似たところがあるこの青年は、狂気的だがそうであると同時に冬真と同じくまともで普通な神経を持っている。
この世界では珍しい二面性だろう。
とはいえ、それは二面性などではなく、まともだからこそ狂っているのだが。
「名前は一つで十分だ」
「寿冬真だけで?」
「ああ、そういった面では音和も俺も同じだろ」
「同感だね。それにしても、名前に関していれば冬真が優なんてお笑い草だね」
「何がだ」
「似合うし冬真の性格に相応しくないわけでもないけど何処かかみ合わないよね。そういった面じゃ冬真の方がよっぽど似合う」
思っていたことをつらつらと言い当てられることに気持ち悪さがわくのと同時に、よくもまあここまで相手の気持ちを言い当てられるものだと感心するより前に呆れる。事実、優という名前は昔ならいざ知らず、あれから九年ほどたっている今考えても、やはりどこかかみ合わない。
あの時の記憶を改めて思い返してみても、地獄だったという言葉しか思い浮かばない事実よりはましなのだが。
「ははっ、それにしても冬真が男娼ねー。似合わない、笑っちゃうよ」
「言う前から笑ってる」
「ふーん。ねえ、今でも頼んだら相手してくれるの?」
「さあな?」
手に持っていたカップに入っていた紅茶を飲み干したのか、コップを机の上に置き、音和は今まで座っていた椅子から立ち上がり冬真に近づく。それに対して後ずさることも動揺することもせずに冬真はいつも通りの無表情を貫いた。
「ねえ、冬真。ちょっと相手してくれない?暇つぶしに付き合ってよ」
顔を近づけ、今すぐにでもキスできるような距離で甘く囁く音和に、冬真は和服の袖に入れていた銃を音和の額に突き付けた。
「買うなら俺は高いぞ?それにその厄介な物を仕舞ってから言うんだな」
「気づいてたの」
「当たり前だ。じゃなきゃいつ気分で自分が殺されてもおかしくないような奴と同居なんかする訳ないだろう。情報屋は副業で本業は何でも屋だ。お前がいた組織の同業者だ」
面白そうに笑いナイフを手元で玩んでいる音和に銃をまた元の場所に仕舞った。面白いことが好きな愉快犯である音和は匿われている立場で、なおかつ同居人でも平気で殺そうとしてくる。人の命や自分の命なんて、彼にとってはモノのと同じような感覚なのだろう。
モノ扱いされるのは嫌いだが、音和のそれはもはや割り切っているので冬真にとっては特にどうも思わない。
「同業者ね。これからどう生きていくか決めてないし、まあ長生きはできないだろうけど」
「そんな適当な生き方してたら当たり前だ。俺と初めて会った会った現場だってお前が人殺してたところだったからな」
「あぁ、そんなところ見て平気にしてた人は人生でも二回目だったけど。それにあれはしつこいのが悪いんだよ」
確か本人談では金を出すのを強要されたのが嫌でつい手が滑っただの何だのと言っていたが手が滑っただけで人が殺せるわけがない。多分面倒でつい殺してしまったのだろう。ナイフが血にまみれ、死ぬ寸前だった人間達を平然と見ていた冬真も冬真だが、見られちゃったとにっこりと笑い、殺そうとしてきた音和もおかしいと言える。
二回目だとその時も言っていたが、そのことについて問い詰めたことも無いのでどういう意味なのかという真実は闇の中だ。
「それにしてもそろそろ昼食の時間だが、何が食べたい?」
「卵料理が食べたいな」
「卵料理……卵がない」
「肝心の具がないの?にしても卵を普通切らすかな」
「責めるな。ちょっとどじっただけだろう」
「ねー、お腹すいた」
「卵料理以外なら作れる。ちょっと待ってろ」
椅子に座りなおし、不満を零す音和の頭を二、三回撫でて近くにあるキッチンへと行く。年齢で言えば五歳も年下である冬真が料理をすると言うのは少しおかしいが、音和も年から考えれば十代後半にしか見えないが、それと同時に冬真も十八には見えない。高校一年生だといっても通る見た目をしているためか、年齢差に関してみればさほど違和感はない。
どちらにせよ、実年齢より幼く見えるその外見は他人からしてみれば羨ましいのだが、本人たちにとってはそれが逆に鬱陶しい枷にしかならないらしい。
「そういえば、その寿って人にはもう会った?」
「いや、まだ会ってない」
「は?だって湯不磨一流の情報屋だし、国家公務員なんだからすぐに居場所の見当なんてわかってるんじゃないの?」
「十九になってから会いたいんだ。あのときのアイツと同じ年になってからだしな」
「意外と乙女だよね」
「うっさいな」
自分でも女々しいと思っていることを指摘されたためか、若干頬を赤くして目を逸らす。親しい人にしかわからないであろうその変化に、音和はくすくすと笑った。
未だに本名である四季修哉という名前ではなく、自分の名字である寿と呼び続けているのは彼にとって何らかの意思表示なのだろうと考え、音和は無邪気で純粋な笑みを顔に浮かべた。
満たされない、一向に乾くばかりの心で、ユーリと出会った時と同じ出会いをした冬真を音和は気に入っていた。お互いに大切な相手を重ねてみていることを知っていてあえて口に出さないこの心地の良い空気の事も。
「『普通に暮らせよ』か。ユーリと同じようなことを言うんだ」
「……?何か言ったか?」
「いや?そういえば仕事は?来たの?」
「二、三件溜まってるな。一件、ちょっとおかしい奴があるんだが」
「は?おかしいってどういうこと?というか、冬真がそんなこと言うなんていったいどんな依頼なの」
「これだ」
ティーポットから紅茶をカップに入れたところで、冬真は持ち歩いていた手紙を投げた。パシッという小気味いい音を立ててそれを受け取り、すでに封が空いている封筒から便箋を抜き出した。
「手紙なんて今時珍しいね。それにここロシアなのに日本語だ。日本からの依頼?」
「らしいな。内容見てみろ。多分驚くから」
そう言われ、流すようにその内容に目を通していくと、音和の表情が段々と曇っていく。読み終わったのかその便箋を机の上に放り投げ、紅茶を一口飲む。
少しだけ冷めてしまったが、それはそれで美味しい。
「なにこれ。どんな依頼なの?というか長期契約も甚だしいよね」
「ああ、三年間だしな。一体俺を呼んで何がしたいんだ?この依頼人は」
「受ける?それとも破棄する?」
「本人と会ってから決める。それで?もし受けたらお前は付いてくるのか?」
「気分で決めるかな。気に入ってたんだけどね、この家」
ぐるりと見渡す音和にはもう受けるか受けないかがほとんど分かっているらしい。そういうところはやはり恐ろしいが、冬真にも何となく音和がどうするかはなんとなく予想がついていた。
ただの冬真の勘なのか、それとも音和のそばにいすぎたせいなのか。どうも行動原理が何となくだが理解し始めてきているらしいことに内心溜め息を吐いた。
「箱庭の事はどうするの?」
「『チェシャ猫』なら今頃勘づいて動いてるだろうな。そっちこそ、お前の組織との追いかけっこはどうするんだ」
「日本なら九条か彩かな?出会う確率があるのはこの二人くらいだよ。日本語が話せる人間はそう多くないしね」
「『殺戮人形』に『万能者』か?何で幹部側の人間に日本人が多いんだよ。面倒臭い」
「あの二人なら多分見つけても放置だろうね。それに九条はまだ組織にいるのかな」
「一応席だけならな。目的とやらは果たしたらしい」
調べたときの情報を感情を含まず告げると、言った割にそれほど興味もなかったのか適当な返事が返ってきただけだった。
「にしても、見た目年齢ならともかく冬真がねー」
「ああ、それにメールでならまだしも手紙とは。どちらにせよ居場所がばれてる時点でここは引き払うべきだな」
「本の山は?引っ越すときにでも持っていくの?」
「ほとんど覚えた。何処かで売るか廃棄する」
「ふーん。相変わらずの記憶力だね」
冷やかしなのか褒めているのかどっちつかずな言葉に冬真は返事をすることなく冷蔵庫の中身を点検した。残り少なく、そろそろ補充しなくてはいけない領だったので時期的にもちょうどいいだろう。
目を音和に向けると、純粋なものだけを集めたような純粋で無垢な笑顔で音和は笑った。
「一週間後、ここを出る」
「ついていくよ。日本に行くのは何年振りかな?」
「さあな。さすがにそこまでは調べてない。お前にとって暇つぶしにはちょうどいいんじゃないか?」
「面白そうなことなら大歓迎だよ。それに寿って人の顔も見たいしね」
「悪趣味だな」
「何処が。友人の好きな人の顔を見たいんだよ」
嘘だな。
即座にそう判断して冬真は呆れたような視線を音和に向けた。
「お前の場合、ただの好奇心と興味本位だろう」
「愉しければそれでいいよ。冬真が愉しませてくれれば」
「……お前な。まあ、お前といると飽きることも無いしいいんだが」
「そうかな?そうだ、日本に行くなら今のうちに茶葉を買い込んでおかないと」
そう言って立ち上がり、出かけるのか音和は上着を羽織った。
多分いつもいっている行きつけの茶葉屋にでも行くのだろうと見当をつけ、冷蔵庫の中に入っているトマトを取り出した。
「それじゃあ行ってくるよ」
「ああ、スパゲティは好きか?」
「なんでも食べれるよ、冬真と同じでね」
「ならいいか。いってらっしゃい」
「いってきます」
お互いに挨拶をし、音和はかすかに笑みを浮かべる。
ぱたん、という音が、二人のみしか住んでいないただっぴろい洋館に響き渡った。