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「それで?この館の領主様である瑠璃様?何の用ですかー?」

「ふふふ、分かっているくせにそんなことを聞くなんて、ほんっとうに憎たらしいわね。ああ、今すぐその首を折ってしまいたいわ」

「出来る訳ないじゃん。女の人が武器持ってきたって勝てるしさ」

 物騒な言葉を並び立て、女性と青年は笑った。

 女性の方は憎しみを滾らせたかのように瞳に炎を燃え上がらせており、嗤っているのに、その笑みはあざ笑うかのようなものがある。

 一方それを受けて、その悪意に気付いてさえいるだろう青年はそれを知らないふりをして笑っていた。

「あの子、泣いたんですってね」

「瑠璃様、それ語弊あるって、泣いてないし、弱音はいただけだし。オレが子供泣かせたみたいに言うのは止めろ」

「五月蠅いわね、このハエが」

「言うことに事欠いてハエかよ。嫌いなの?ハエ」

「論点を間違えないでくれる?私はあなたが嫌いなの、喋らないで、この場が腐るわ」

「呼び出したの瑠璃様のくせによく言う。というかさ、嫌いなのってあなたが執着する白花のそばにいるからっていうだけじゃん。それだけで嫌われてちゃいろんな意味で世話ないんだけど」

 呆れたような眼差しを青年が向けるが、女性の方はそれに堪えた様子もない。相変わらず悪意が駄々漏れだが、それはいつもより酷い様な気がするのは気のせいではないのだろう。

 その理由を、青年は知っていた。

「だから喋らないでといったでしょう?殺されたいの?死にたいの?あなたが国の犬じゃなければ今すぐ殺してあげるのに!!」

「国の犬……その発想は無かったなー、それに殺すって発言をあまり言わないほうがいいんじゃない?あんた姫とか言われてんのに」

 青年は今まで瑠璃様と言っていたのにいきなりあんたに格下げだった。

 それも当たり前だろう、自分を殺すだの何だのという人間に敬称をつける人間などドM、もしくはただの狂人か変人しかいない。

「喧しいわね。犬ごときが」

「……ハエって言って無かった?」

 この状態で青年は女性のあげ足を取った。強い。

「そんなことはどうでもいいのよ!」

「自分の発言をどうでもいいとは。相当激昂してるね。真っ赤だ」

「本当、余程殺してほしいのかしらこの男は。本当本当本当、お前が来なければあの子は私だけのものだったのに!まさかあの子がこんな馬鹿な男に本音を吐くとは思わなかったわ、私の物よ、私の物なのに!!何で何で何でわからないのかしら?いっそ私の手で殺してあげたいわ……ふふふ、きっと殺した時のあの子の血はさぞ綺麗で耽美なのでしょうね……肉を貫いて骨を折って隅々までばらして、二度と逃げられないようにしたいわ」

 うっとりと自分の世界には浸っている危ない女性を前にして、青年は若干どころかかなり引いていた。

 当り前の反応だろう。狂気的、どころの騒ぎではない。明らかなる異常者だ。

「あっぶなー、というか怖っ!!ちょっと、狂ってんのは良いし、はっきり言っちゃって今更だけど、一体何の用?」

「何よ、そんなに聞きたいの?」

「……暴君って言葉が似合うって言われない?」

「女王様と言ってくれない?」

「駄目だこの人、マジで話通じない。誰かー通訳ー」

「失礼な男ね、いえ、犬かしら。日本語って知ってる?知らないでしょうけどね」

「じゃあ今オレが喋ってる言葉は何?というか陥れ方が高度すぎて意味解らん。大体話通じないのはあんたじゃん」

 呆れきってるの青年を置いて女性はますますヒートアップしていく。まさに加減がないというのはこの事だろう。何処か漫才に見える気もするが。

「んで、一体何を言いたくて俺を呼んだの?オレと漫才でもしたいの?」

「ふふ、あなたとあの子の事に決まってるじゃない。お前みたいなゲスとのつながりは可愛い可愛いあの子以外にはないわ。分かっているでしょう」

「まあ、それ以外にゃねーけど。大体、可愛いって思ってるんなら何で花として暮らせるようなことするのかが分かんないんだけど」

「だってあの子には逃げられないように羽をもいでおかないと。何処にでも飛び立ってしまうような可愛い私の小鳥は、飛べないように牢獄に閉じ込めて愛でるのがいいでしょう?籠の鳥として私のもとで、私だけのものとしてここに縛られておかないと死んじゃうわ。それに、男によがるあの子が可愛すぎるのがいけないのよ」

「……うっわ、最低だな。本当に狂気的というか、その怖いほど醜い独占欲どうにかしたら?」

「失礼ね、これくらい狂っていなきゃ愛じゃないわ!」

 ぎらぎらと瞳を輝かせてそう叫ぶ姿はやはり狂気に取りつかれているようにしか思えない。精神科の病院に行かなきゃ治らないレベルだということを自覚しているのだろうか。会話だって所々成立しているようでまったく成立していない。

 青年はそんな女性を一年間見続けていた。

「そういえば、源氏名の名前付けたのあんたなんだろ?」

「ええ、ピッタリでしょう?人形のような愛しいあの子、感情のないガラス細工のような瞳を持ったあの子にはちょうどいい皮肉じゃない。優しさ、愛、憎しみ、悲しみ、痛み、全てを失くして自ら捨てたあの子にはちょうどいいわ」

「悦に浸ってるとこ悪いけどさ、あいつはそこまで壊れてもいないし狂ってもいない。感情がないのはあんたがそう見えているだけじゃん。アイツにだって人並みの感情はあるんだよ。それをただあんたが否定してるだけだろ?アイツは優しいよ。皮肉にもオレはあんたに同意する。ぴったりって部分だけはね」

 青年がそれだけ言うと、女性は黙って青年の首にその細く触ってしまえば折れそうな手を掛けた。その腕はすけるように白く、優しく微笑むその表情は行動とはかけ離れている。

 それは、ある意味狂った証だ。狂気にのまれている者独特の。

「何?殺すつもり?悪いけど、あんたじゃオレは殺せない」

「五月蠅いわねぇ、そんなことやってみないと分からないじゃない!ふふふ、あはっはははっはハハハはっ八ハハハハッ!!!ははっははハハハはっはっははっははっハハハッははハッはははハハ!!」

「……限界が近くなってるねぇ。もうそろそろやばいっつっても聞こえてないか」

狂ったように笑いながら少しずつ力をかけて首を絞める女性に青年は面倒臭そうにつぶやいた。

「ふふ、ふふふふふ、嗤わせないでくれるかしら……あの子とあんたが来るまでは確かに人形みたいなものだったのよ!そう、あんたがくるまでは!!!私だけの愛し子だったのに!あの子はあんた何て見る価値もない屑に目を向けて!更には心を傾けるようになってしまったのよ!あんたなんか殺してやる!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」

 ぎりぎりと最大限の力をのせて首を絞める女性の目には本物の狂気が宿っている。声からも、表情からも、瞳からも、その全身から狂気と殺意が滲み出ていた。

「…狂ってるねー。悪いけど、オレは死なないんだよ、あんたには殺せないの」

 それだけ呟いて、青年は苦しいはずの呼吸を止めて、頭を女性の頭に最大限の力を加えてぶつけた。

「った~~。女のくせにあんた石頭なんじゃないの?」

「っ、離せ離せ離せ!!お前なんかが私にさわるんじゃないわよ!!」

「さっきまで首絞めてた人がよく言うよなー。オレはあんたを殺す気なんて微塵もないよ、まずさ、正直あんたを殺してもメリットなんかないじゃん。意味解る?」

 さっきとは逆の体制になり青年は女性の身体に手加減をして手首、足首をのしかかった姿勢のまま抑え付けた。

 眉間にしわを寄せるその表情は、女性が青年の首を絞めて殺そうとしていたような殺意や憎しみ、恐ろしい狂気や、首を絞めているという行為からくる愉快に似た感情はまるでなく、ただ面倒臭そうな感情だけが浮かんでいた。

「まあ、首絞められてるし声は出ないと思うけどさ。悪いけどオレ、人の事をモノみたいに扱う奴は嫌いなのよ。それにあいつはオレにとって家族みたいなものだからさ、もういい加減諦めな」

「は八はっははっハッはハッハハはっはっはっはハッハッはっはハッはっはハハ!!」

「……うっわー、やっばい。悪いけどちょっとしばらく眠ってなよ」

 死なない程度に力を込めて青年が首を絞めると、糸を切られた操り人形のように、女性は意識を手放した。

 青年はその首筋に手を当て目を閉じたまま数秒たつと、安心したように立ち上がった。

「あー、よかった。殺してないね。これ手加減難しいしさ、よかったー」

 ぐちゃぐちゃになった着物を整えて外に出ようとした直後、青年が着物に入れて隠していた携帯の着信音が鳴った。

「なーに?ちょっといろいろあってこっちも手一杯なんだけど。てか、遅れるってメールしたじゃん」

『バカ!こっちは手一杯どころじゃないんだよ!お前の仕事のせいでこっちは仕事がめちゃめちゃたまってるし、書類が一気に出てくるしで』

「……なんか、普段は割と感情を声に出さないよう押し殺してるのに今日は随分と感情的だねー。まあ、とりあえずは良いから今から行くな」

『さっさと来い、あの人から電話がなったら終わりだと思えよ』

 青年は低い声で言う優人の言葉に眉を顰める。

「終わりって何が?」

「すべてがだ。主にお前の命が」

「……うーわ、急ぐわ。それじゃあまた後で」

 少しばかり青ざめた顔で、青年は女性以外の誰も残っていないこの部屋から姿を消した。




「っつ……何、頭が痛い、ここ、どこ?」

 倒れていたらしい状態の自分の身体を起こし、上半身のみを起こした状態になると、少年は何かが焼け焦げたかのような臭いや、いつもよりも幾分か熱い周囲の温度に眉を顰める前に、自らの頭の一部分が熱を持ったかのような鈍い痛みに唇を噛んだ。

 いつも薬を飲まされて感じる気持ち悪さがないことと、頭全体が刺すように痛いのでもないその痛みに殴られたか、それか鈍器のようなもので殴打されたんだろうと見当をつけた。

 痛みに堪えようと浅く呼吸を繰り返し、何故自分が倒れていたのかが分からず、ぼやけた思考の中、少年は必死に頭を働かせた。

「……優、私の優、こちらを向きなさい?」

 あなたの仕業か。

 心の声を口に出さず、顔を上に向けるように促す美しい女性の声に、優は自分がだれにやられたのかを一瞬で理解した。この目の前で優しく微笑む女性が自分へと向ける執着を理解していなかったわけでも、知らなかったわけでもない。優が花として館に囲われている原因の大本がこの人なのだということも、優は分かっていた。

「何ですか?領主様?」

「ふふ、ここがどこだかわかるかしら。貴方の住む館がよく見えるでしょう?……そう、私の優を囲う鳥籠よ」

「……本当ですね、でもなんで館の正面入り口の前なんかにいるんです?」

 自分をモノだという女性に、いつもお客に向けるような、子供らしく、それと同時に妖艶な笑みを浮かべた。その声も、表情も全てが作りものだ。反射的に出てくる自分の甘ったるい声や笑みにに優は内心吐き気がした。

 全てが偽物だ。この女性が好きだという優も、客が好きだという優という少年も。優にとって普通の少年のように素で振る舞えるときは、寿といるときだけだった。

「ふふ、それは直ぐにわかるわ。私の人形。あの男に穢された私の愛し子。あんな男に穢されて……。すぐに浄化してあげるわ」

「え?瑠璃様、それ、どういう」

 そう言ったところで、頭の痛みで朦朧もうろうとしていた意識が現実に引き戻された。先程まで感じていなかった炎の臭い、不愉快な煙の臭いが優の目の前に広がり揺らぐ大きな炎が瞳に映った。

 赤、赤、緋、赤、緋、赤。

 目の前に広がる地獄のような光景に目を背けたいと頭が命令しているのに、優の体は、瞳は、まるでその赤く燃える炎に魅了してしまったかのように動かず、固定されてしまったように、館が真っ赤に染まり炎に染まり、燃えていくのをただ茫然と見ていた。

 それを見て自分の中で何か強烈なものがせりあがってくるのを優は感じていた。

 歓喜、愉快、ありとあらゆる感情が巡り巡っていた中で、優の脳が一番強く感じたのは歓喜だった。震えている優の体のその震えの根源は、恐怖からきているものではない。

 ただ、今まで自分を縛り、この館の領主である目の前の女性、瑠璃の言う優の鳥籠だった館が燃えていくのに対して、その純粋なまでの嬉しさに歓喜に震えていた。

 ただ、優はその恐ろしいまでに美しいその炎に魅入られた様に見つめていた。

 


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