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 地獄だった。

 それ以外に形容するすべを知らないし、もしそれを知っていたとしても、その言葉が一番ふさわしいだろうと思う。

 何故あんな所に居たのかなんて忘却の彼方だし、全く覚えていないが、多分捨て子か何かだったのだろうという予想がつくのみ。

 あの日、燃えさかる炎に魅入られ、歓喜に震えた俺は罪にまみれているのかもしれない――――



 暴力を振るわれた頬が痛い。だけど、そんなことは絶対に口には出してはいけないから、気持ち悪く笑う目の前の存在を喜ばせるためだけに、少年は言葉を紡いだ。

「痛いのかい?でも本当は気持ちいいんだろう?君はこういうことをさせられるのが好きなんだから」

「は、い。気持ちいい、です。……あっ」

 自分の感情を押し殺しそういうと、目の前にいる男は笑みを深めた。

 気持ち悪い。

 それしか考えられないが、そんなことは言ってられないのと、体に染みついた癖のようなもので腰を振った。半分は早く終わらせたいのが殆んどだが、この客は多分気絶してもまた暴力をふるって無理矢理にでもまた意識を取り戻させるだろう。

 だってこいつは自分のイッた顔が見たいという変態なのだ。火照る身体とは反対に、その瞳も思考も冷めている。しかし男はまるでそれに気付くことなく少年の体を攻めたてる。

 少年の客の大半が幼児趣味な変態に加え、被虐趣味を持つような男、または女ばかりが客なのはもう慣れた。そのせいか、痛みにも快楽も、少年にとってそのどちらも正直どうでもいいものでしかなかった。快楽に対して酷く体が反応してもその心だけは青銅のように冷たく、冷め切っていた。

 腰をゆすられる動きにも自分の体に限界が来たのだろう。優という名前を持つこの館の花は意識を闇へと手放した。




「あ、起きた」

「……」

「あれ?寝ぼけてる?じゃあキスするけどー……っていった!」

 ふざけたことをぬかす青年に優は反射的に足で蹴った。いつの間にか服が着せられ、体についた傷に包帯が巻いてあるが、それはこの目の前の青年の仕事なので今更感謝することも無く体を起こし、自らの足で立った。

 無表情にゴミを見るような目で見下げられた青年はそれに対して怒ることも無く泣き真似をする。

「ひでぇ……客には時々でも妙に艶やかな笑顔を向けるくせにこの態度の違いはひでぇ。差別だ、虐待だぁ~~」

「ガキみたいなことをしないでください。それでも十九歳ですか」

「これでもはよ・け・い!九歳の餓鬼に言われたくない」

「……」

 白の寝巻の上に黒色の着物を羽織り、青年をまるきり無視して戸口の方に近づいた。

 青年の声が耳に響く上に、寝不足なことに加えて昨日の暴力に頭が痛くなる。頭痛はいつもあることなのだが、やはり痛いものは痛い。

「ったく、なんでこんなのがこの館一番の白花なんだろねー。顔?それとも若さ?」

「そんなこと知ったこっちゃありませんよ」

「じゃ、具合がいいとかかな?ねー、オレとも一回やってみる?」

「仕事以外で男と寝る趣味はありませんと言ったでしょう。体を売る花でもない貴方がしたいというのなら金をためて買ってください」

 年と見た目に会わないその表情は何の感情も映っていない。それはいつもの事で、その瞳は死んでいないだけで光が宿ってもいなかった。

 この花街のでは女のみではなく男も体を売っている。大抵の客は男だが、それでも女が来ることだってある。だがやはりそれは少ないし、それが未だ幼い優に回ってくることはない。あっても変な趣味を持った客ばかりだ。

 優と青年がいるこの館は、多くある館の中でも上位に属する部類だ。それでも館は館。お客様が一番偉く、何をされても何か文句を言えることは無い。たとえ、この館一番の花、白花であってもだ。

まだ九歳で館の中では最年少である優は、この館のトップの花だ。一番最奥の部屋で暮らし、そこで客を取る。当然買うお金も高い。

 それをわかっていながら平然とそんなことを言う優は、青年のこの言葉がシャレにならないたちの悪いだけのただの冗談だと分かっているからだ。

「本当に性格悪いよなー、オレはお前は抱かない」

「……」

「男同士ってんじゃなくてさ、お前、こうやって唯一普通に話してるオレまでお前を抱いたら壊れるんじゃないかって気がするんだよ。毎回言ってるじゃんか」

 じゃあなんで毎度毎度りずにそういうことを言う。

 その言葉は声にはしない。理由を知っているからだ。

 こうやって毎回ほぼ同じやり取りを繰り返すのはこの言葉を優に言うため。優が壊れないように、無理に感情を押し殺していつ狂ってもおかしくのない優を正気にさせるため。一人じゃないんだと言い聞かせるためだ。優は青年のそんなところが好きで嫌いだった。弱いことを再確認される、弱音を吐いてしまいそうになる。

 それでも、この館で一番というだけで他の花に敬遠される存在である優にとってただ一人会話するのは青年と、この館領主様と呼ばれる存在の人だけだった。優に対して敬語を使わず、対等の立場で話そうとする青年は、ここのような場所では無かったら友人のようなものなのかもしれないと時々思っていた。

「分かってます」

「ん、ならよし。腹減ってるだろ?これ食えよ」

「……おにぎり?」

 少し歪な形のおにぎりに少しだけ目を細め、それを投げてよこした青年へ目を見やった。

「それ、オレが作ったんだからちゃんと食べろよー?」

「通りで。だからこんなに変な形なんですか」

「ちょ!ひっどい!せっかくお雪さんに教わって作ったんだけど!」

 怒ったように頬を膨らませる青年ははっきり言って色々な意味で幼い。感情がすぐに表に出るし、この館で一番立場の低い花の世話役(といっても一番上級である白花のであるが)なのに、ここでは一番の問題児だと形容され、奇行を繰り返す変人だ。何故ここから追い出されていないのか不思議なくらいだ。

 確か、青年が言ったお雪さんというのはここの花であり、雪という源氏名を持つ女性だったはずだ。

 この館の人間の名は大体が源氏名で、本名ではない。そしてそれは優も例外ではなく、本名は別にある。ただ優の場合はここの領主様に一応作っておくように言われ、自分で作った適当な名前であるため、他の花達よりもそれほど愛着もないが。

「……普通」

「えー、旨くない?オレの愛情たっぷりだよ?めちゃくちゃつまってんだよ?」

「愛情で食べ物がおいしくなるはずないでしょう」

「うっわ、九歳の言葉とは思えないほど擦れてるし。夢無さ過ぎじゃね?」

「無い方がいいんですよ。花にそんなもの」

 そういいながらも合計三つもあった普通サイズよりも大きいおにぎりに次々と口をつけてはたいらげていく。そうこうするうちに優は胃に入るのかと思う程の量をぺろりとたいらげた。

 足りない。もう少し欲しい。

 そんな心の声を聞き取ったかのようにチョコレートを投げてよこされた。

「ほれ、甘いもんは疲れたときにきくらしーよ。それ食って体力つけろー」

「これっぽっちで体力がつくとでも思ってるんですか」

「頑張れば」

 アホだ。

 口にチョコレートを口に放り込み、暇そうに天井を見ている青年に目を向けた。

「寿」

「あ?何―――う、わっ!」

 最後の一個を無理矢理口にねじ込んでやると、驚いたように目をぱちぱちと瞬いた。

「お礼です」

「いや、お礼っておま、これはオーレーの!お前に上げたの、たった今!」

「それくらいわかってます。それで今日の予定は」

 ぶつぶつと文句を言う青年をスルーし、ベットに座って無感情にそう言った。

「今日の予定は三人じゃなかったっけ?それにしてもさー、普通は一日一人だし多くても二人じゃん?何時か優、体壊すんじゃないの」

「それを決めたのは俺じゃありませんし。それに、その源氏名はあまり好きじゃないので呼ばないでください」

「何で。というかそういうんなら本名教えてくれればいーのに」

「じゃあ、寿のこれも本名なんですか」

「さぁ?」

 これだ。

 空恍ける青年に優はいつもの事だとベットに体を沈めた。

 寿というのは一年ほど前に新しく派遣されたといって客と入れ違いに強引に押し入ってきた世話役で、初めに会ったとき名乗られた名前だった。寿という一文字の名前は花を連想するが身を打っているわけでなく、普通に花の身の回りの世話を任されているものだからそれは特に関係ないと本人が言っていた。

 身元も経歴もお互いにさっぱりだが、正直客だってそうなので特にそこは気にしていなかったし、名前だって本名でも偽名でもどちらでもよかった。そう、初めはよかったのだ。

 なのに優は、毎朝会っていく内に大分心を許してしまった。

 優にとって誰か、何ていなかった。いらなかったのにも関わらず。恋愛的な意味ではもちろんないが、寿の事を優は気に入っているし好きだ。

「その質問には優がオレに対して敬語止めてくれたらいーよ」

「……」

「まただんまりー?うう、薄情者ー!!」

「……」

「この馬鹿!アホ!まぬけ!無表情!毒舌!アホーー!!」

「……バカだ」

「やっと出てきた言葉がそれかぁ!!」

 もはや冗談ではなく目元に涙をためて叫ぶ姿に、優は口元を上げた。

 普通年齢を考えると立場が逆だ。子供っぽい十九歳に、大人な九歳児。こうして並べてみるとある意味壮絶だ。

「寿、喧しい」

「喧しい!?五月蠅いですらなく!?というかレアな笑顔にときめいたオレの心に謝れ!」

「感情の機微が激しすぎじゃないんですか」

「怒らせてるのお前だからな!?」

 はー、はー、と荒い息を立てる寿ではなく、この部屋に一つだけある窓から外を見ていると、思い出したように寿が声をこぼした。

「あ、そういやー今日のお客様の最初の一人、確か女の人で金払うからここの門の近くにある橋まで迎えに来てほしいって言ってたっけ。三時間後だから支度した方がいいんじゃないの?」

「ふーん、花街で俺を侍らせたいんでしょうか」

「多分ね。十中八九そーなんじゃない?変な薬飲まされないよーにねー」

「慣れてるから平気です」

「軽く言ったオレもオレだけど、慣れんなよなー……」

 呆れた様に言う寿に、面倒臭そうだと優は眉を顰めた。感情が滅多に表に出ることはないが、こういう依頼が優にとっては一番嫌いだった。

 面倒臭い。それが本音であり、本心だった。

「あ、やばっ!さっさと行かないとヤバイっ!!」

「……」

「あー、怒られるかもー」

 バタバタと動き回り身支度を整える寿をいっぺいした後に時計へ目をやり、確かにいつもよりもここにいる時間が長いと納得した。

 昼間に何をしているかは知らないが、ここでの手伝いか何かだろう。上司にあたる人が厳しいと時々愚痴ってくるのが優にとっては知ったこっちゃないので少しウザいが。

 基本的にその仕事によって朝、たまに仕事が終わった後の深夜にやってきては手当てをされ、たわいのない身勝手な話をしてはさっさと去っていく。あまりにも自由すぎて幼い行動には呆れると同時にその存在自体が優にとって眩しくて綺麗で、まるで太陽のようだった。

 だからかもしれない。このじわじわと内にしみこんでいくような、侵食する光が温かいと同時に失うことを考えると恐ろしいのは。

「んじゃ、また明日なー!」

「……いってらっしゃい」

 仄かに優しさをにじました声で優がそう言うと、寿は嬉しそうな顔でにっこりと太陽のように笑った。

「行ってきます!」



 それが、二人の歪んだ日常だった。

 それが塵と化したのはこの一週間後、燃えるような、すべてを飲み込み奪うような恐ろしく禍々しい強烈なまでの緋のせいだ。



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