第97話〜スイレンのバイト
《スイレン視点》
「……スイレンさん、バイトしてみない…?」
「…はい?」
休み時間にいきなり起こされたから何だと思えば……
…バイトの紹介?
澪がそんなこと言うなんて珍しいね…
「バイトって…何のバイト?」
「……私の知り合いのところで人が少ないらしいから…手伝ってくれる…?」
「いや…だから何のバイト?」
「……手伝ってくれる…?」
「…………。」
…ダメだこりゃ。
これ、絶対バイト内容教えてくれる気無いね。
…まぁ、どうせ休日はいつも寝てばかりでヒマだけどさ…
…………。
ボクがバイト始めたって言ったら彼はほめてくれるかな…?
「…わかったよ。何時にどこに行けばいいのさ?」
「……やってくれるの…?」
「まぁね。でも、やってみて不満がある場所だったらすぐに辞めるからね?」
「……バイトというより手伝いだからそれでもいい…細かい連絡は後でメールする…じゃ…」
いや、『じゃ』って…
…まさかボクが考え直す前に逃げた?
……………。
…いやいやいや、知り合いの店の手伝いなんだから変な仕事じゃないはず!
そうだよ!
ポジティブに考えないと!
…うん!
きっと何とかなるに決まってるよ!!
…多分。
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【日曜日】
(バイトの日)
「…ねぇ?ボクはこんな所に何しに来たんだっけ?」
「……バイト…」
「…だよねぇ?」
休日なのに朝早くから起こされ、駅まで歩き、電車に揺られ、少し歩いて、今度はバスに乗り、着いたと思ったらまたまた歩かされ、気がついたら木々に囲まれ、いつの間にか石段を登って…登って…登って……そしてようやく着いたこの場所…!
「ここって神社じゃん!?」
「……神社だよ…?」
バイトっていうから喫茶店とかファミレスを期待してたのに…
こんな人もいないような神社だなんて……
こんな所で何をしろって言うのさ!?
「……ほら、早く着替えて…」
…着替えて?
着替えるって…ここは神社なんだから制服なんて……
…………。
……まさか…!?
「ま、まさかバイトって…!?」
「……うん、『巫女』さんのバイト…」
み、巫女のバイト!?
本気で言ってんの!?
いや、ふざけてるとしか思えない!
どうせボクにコスプレさせたいだけに決まってる!
「そんなのヤだよ!!ボクもう帰る!」
「……帰ってもいいけど、あの長い道を迷わないでちゃんと帰れるの…?」
「うっ…!?」
「……それにここら辺はクマが出るんだって…一人で大丈夫なのかな…?」
「ううっ…!!」
まさかそこまで計算してるなんて…!
半分寝た状態で歩いてたから道なんか覚えてないし…!
てか、何でそんな所に神社があるのさ!?
こんな所、誰も来るわけないでしょ!!
…………。
…誰も来ないよね?
誰も来ないなら別に…
ちょっと恥ずかしいけど、澪以外の人には見られないわけだし……
「…わ、わかったよ!やればいいんでしょ!?」
「……さすがスイレンさん…」
「その代わり、絶対カメラで撮らないでね!」
「…………そんなことしないよ……」
「いつもより『…』が多いよ!?ってああ!!今何か隠さなかった!?カメラ!?カメラでしょ!?」
「……着替えはあっちで…私たち以外の人はいないから安心して…」
「ごまかさないでよ!!没収!全部渡せーっ!!」
「……あ〜あ…」
「『あ〜あ』じゃなーいっ!!」
============
「……せっかく持ってきたカメラが…」
「終わったら返すってば。」
着替える前に気づいてよかった…
気づかなかったら何枚撮られてたか…
ちなみにカメラの数は5個。
…何でこんなに?
「……スイレンさんの巫女姿かわいいのに…一枚だけでいいから…」
「ダメ!そんなに撮りたかったら自分を撮ればいいじゃん。」
「……私よりスイレンさんの方がかわいいもん…」
またそんなこと言って……
実際、ボクなんかより澪の方が似合ってるじゃん…
……………。
…彼ならどっちがかわいいって言ってくれるかな…?
…って恭也の事なんかどうでもいいじゃん!?
何考えてんのボク!?
「……スイレンさん…?」
「あ…!い、いや!何でもないよ!あははは…!」
「………?」
「そ、それよりさ!さっきボクたち以外に人がいないって言ってたじゃん?それってどういうこと?」
「……みんな旅行に行った…」
はぁ!?
神社の人が神社を放置して旅行!?
そんなんでいいの!?
「ずいぶん適当な神社だね…?」
「……うん…でも、御利益はあるんだよ…?」
「本当かなぁ…?」
「……だって受験生の時に合格祈願したらちゃんと合格できたもん…」
それは自分の実力じゃないの!?
キミ、元から頭いいじゃん!?
「……それに、ミョージンと会ったのもこの神社だし…」
…ミョージンって白蛇だよね?
確か白蛇は神の使いって聞いたような…
しかも神社って…
……………。
…ま、まさかね?
本当だったとしたら大人しく飼われるはずないもんね?
ミョージンはただの白蛇だよ。うん。
「……そういえば私がミョージンをつれていってから人が来なくなったような…」
ミョージン何者!?
本当に神の使いなんじゃないの!?
「…そういえばミョージンはつれてきてないの?」
「……つれてきたよ…さっき散歩に行った…」
…放し飼いにしててもちゃんと帰ってくるの?
元野生なのに?
よっぽど懐かれてるんだねぇ…
「……ところで、バイトの事なんだけど…私は境内の掃除してるから、スイレンさんは参拝客が来たらおみくじや御守りの販売をしてくれない…?」
「…参拝客来るの?」
「……多分…私は接客苦手だから…もし来たらよろしく…」
「じゃ、それまで掃除手伝うよ。」
「……いいよ…それより人の声が聞こえてきた…」
「え!?本当に参拝客来たの!?」
「……御守りとかはあっちにあるから…」
「あ、うん!」
こんな山奥の神社に参拝する人がいるなんて…
ボクなんか元旦以外に神社に来ることなんか無いのにね。
《ザワザワ…》
うわぁ…本当に人の話し声が…
…『ザワザワ』?
あれ?
これって大人数の時に使う表現じゃ…?
…って多っ!?
2、30人はいるんじゃない!?
何の団体!?
女の子1:
「…ふぅ、毎年恒例と言ってもやっぱりキツいよね。」
男の子1:
「一年生なんかほとんどバテてるもんな。」
男の子2:
「全く…そんなんで大会に出られると思ってんのか?」
…どこかの部活かな?
確かにここの石段は体力作りにちょうどよさそうだけど…
…そういえば、近々大会があったよね。
それの必勝祈願も兼ねて神社に来たのかな?
女の子2:
「一年生でまだまだ余裕あるのって天野さんだけね。」
女の子1:
「さすが陸上部の期待の星♪」
…『陸上部』?
…『天野さん』?
あれ?
ボクの知り合いにその2つのキーワードがピッタリと合う人がいるんだけど……
…偶然だよね?
まさかこんな所で彼女と会うわけ……
女の子3:
「ほら、先輩たちみんな悠希ちゃんの事ほめてるよ?すごいな〜。」
悠希:
「…ふん。そういうアンタも二年生なんだから先輩じゃない。それに私がすごいんじゃなくて周りの連中が体力無いだけよ。こんな石段、3周はしないと。」
いたぁーーーーーーーーーーーーっ!!!?
しかも先輩にタメ口!?
敬語くらい使おうよ!?
…ていうか、これってマズくない?
もし悠希にこんな格好見られたら…!
…マ、マズい!!
こ、こうなったら今すぐ変装して……!
…って澪がいるんだから意味ないじゃん!?
澪なら絶対ボクのこと教えるに決まってるよ!!
男の子1:
「…あれ?この神社に巫女なんていたっけ?」
男の子3:
「ホントだ!しかもかわいいじゃん!」
女の子2:
「はぁ…、これだから男は…」
女の子1:
「あ、でもあの子本当にかわいくない?お人形さんみたい♪」
悠希:
「…あら?澪じゃない?アンタこんな所で何してるのよ?」
澪:
「……バイト…」
澪が悠希に見つかっちゃった…
このままじゃボクが見つかっちゃうのも時間の問題…!
こうなったら今の内に逃げるしか…!
…って一応バイトなんだからそういうわけにはいかないよね…
どうしよう…?
男の子3:
「いやぁ、それにしても君かわいいね♪一年でしょ?俺は三年の……」
澪:
「……気安く話しかけないでください…興味ないから自己紹介する必要もありません…」
男の子3:
「…!!?」
悠希:
「アンタ、相変わらず知らない人にはヒドいこと言うわね…」
澪:
「……無意識に言ってることだから仕方ない…それより、あっちにもっとかわいい巫女さんがいる…あっちを口説いたら…?」
ちょっと待ったぁ!!?
今何て言ったの!?
何でこっちを指差してるの!?
何でみんなこっち見てんの!?
男の子1:
「お?本当にいた。」
男の子4:
「あっちもかわいいなぁ…。俺、あっちの方が好みかも?」
男の子5:
「お、俺ちょっと御守り買ってくる!」
男の子4:
「あ!おい!ちょっと待てよ!」
何人かこっち来たぁ!?
こ、こんな姿を他の人に見られるなんて…!
…い、いや!
ポジティブに考えるんだ!
あれだけの人数なのにこっちに歩いてきてるのは数人…!
あれだけの人数に見られるよりは遥かにマシ!
す、少しだけガマンしたらいいんだ…!
頑張れボク!!
悠希:
「…何?アンタ、コスプレにはまっちゃったの?」
悠希もこっちに来てたぁーーーーーっ!!?
一番見たらいけない人がこっちに来ちゃダメぇーーーーーっ!!
悠希:
「ほら、みんなもこっち来なさいよ。アンタたち、カレンに会いたがってたでしょ?この子がカレンよ。」
ちょちょ…ちょっと!?
何言ってんの!?
これ以上こっちに人を呼ばないでよ!!
てか、ボクはカレンじゃないってば!!
男の子3:
「カ、カレンちゃんだと!?」
男の子6:
「あのカレンちゃんがここに!?」
女の子4:
「うそっ!?私、一度会ってみたいと思ってたのよ!」
女の子5:
「わ、私も見に行こっ!」
男の子3:
「よし!みんな行くぞっ!!」
その他:
『おーーーっ!!』
ぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!!?
みんなこっちに来たぁーーーーー!!!?
いやーーーーーーーーーーーーーっ!!?
誰か助けてぇーーーーーーーーーっ!!?
悠希:
「へぇ…カレンって女子にも人気あったのね?知らなかったわ。」
澪:
「……さすがカレンちゃん…でも、みんなカレンちゃんの所に行っちゃうなんて……ぐすん…」
悠希:
「よしよし。みんな珍しいからあっちに行っただけよ。アンタも十分かわいいから安心しなさい。」
澪:
「……え…?…もしかして悠希さん、私のこと…?…でも私はそんな趣味は…」
悠希:
「ふざけたこと言ってると殴るわよ?」
澪:
「……何でもない…」
悠希:
「それより、スイレンを助けなくていいの?」
澪:
「……自分でやったくせに…」
悠希:
「いや、まぁ…そうだけど…」
澪:
「……でも、これで御守りもたくさん売れるはず…」
悠希:
「…もしかして最初からそれが狙い?だから陸上部がこの神社に来る日を聞いてきたの?」
澪:
「……さぁ…」
悠希:
「…アンタもけっこう悪ね。」
澪:
「……まぁ、否定はしない…」
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…その後、しばらくの間スイレンは陸上部の人たちからサインをねだられたり、握手を求められたり…そして、陸上部の人たちが帰る頃には相当ぐったりしていた…
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スイレン:
「つ、疲れた……(主に精神的に)」
澪:
「……お疲れ…」
まさかうちの学校の人たちが来るなんて…
しかも悠希もいるなんて……
偶然にしては出来すぎてるような……?
…………。
…!!
ま、まさか…!
『ミョージン効果』!?
ミョージンがこの神社に戻ってきたことによって人がまた集まってくるようになったり、偶然の出来事が起こりやすくなったとか!?
きっとそうだ!
そうに違いない!!
【現在、スイレンは疲労のため正常な思考ができません。】
…待てよ?
だとしたら、これからもっと人が来る可能性も…!?
そ、それはヤダ!
これ以上こんな目にあうなんて…!
スイレン:
「れ、澪!ボク急用思い出したから帰るよ!」
澪:
「……え…?」
スイレン:
「じゃあね!」
澪:
「……あ、ちょっ…」
これ以上恥ずかしい目にあうのはゴメンだよ!
ボクはもう帰る!!
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《澪視点》
「……本当に帰っちゃった…」
もうこれ以上人が来るとは思えないのに…
まぁ、逃げたくなる気持ちはわかるけどね…
それより……
…スイレンさん、巫女服のまま帰ってるのに気づいてない。
それに、スイレンさんって帰り道知らないんじゃ…?
…………。
…大丈夫だよね?
うん、多分大丈夫。
スイレンさんならきっと何とかなる……
御守りもあれだけ売れたから、後は私一人でも大丈夫だし…
…明日無事にスイレンさんに会えるかな…?
…あ!!
私、まだスイレンさんの巫女姿撮ってない!!