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第一章 1「秘めた怒りはどこへゆく」 上

「(おい、カクテュス卿ではないか!)」

 親しげな声にウラルはびくりと肩をすくめた。ベンベル人に聞き込みをしていたエヴァンスがぴくりと眉を動かし振り返る。

 エヴァンスと同年代の男が部下を引き連れ立っていた。腰にシャムシールを帯びた精悍な男だ。シャルトルが胸に手を当て丁寧に礼をする。

「(アウレヌス卿。お前がここの責任者だったとはな)」

「(こんなところでその仏頂面を見るとは思わなかったぞ、しかもこのカタブツが女連れとは。人違いではなかろうな?)」

 上から下までじろじろ眺められる。「知り合い?」とエヴァンスに小声で尋ねてみれば「ウィグード・アウレヌス。もと同僚だ」と短く返事が返ってきた。

「(王国騎士を廃業したらしいが本当か? 血を血で清めるべく旅に出たと? こんなところをそんな格好でほっつきまわっているところを見ると本当らしいな。そのリーグ女はもしや?)」

「(残りの二人をおびき寄せるため、生かしてある)」

「(縛りもせずか、相変わらず甘い男よ。喉から血柱を上げさせれば黙っていても相手が寄ってくるだろうに)」

 ウラルは思わずエヴァンスの陰に隠れた。ウィグードがおかしそうに笑う。そしてウラルの目の前へ来ると、ウラルの顎をつかみ、ぐいと上を向かせた。

「(ベンベル語がわかるのか。どれ、なかなかかわいらしい娘ではないか。このカタブツをたぶらかすとはたいしたものだ)」

 思わず悲鳴をあげた瞬間、エヴァンスがウィグードの手を引き剥がし、ウラルの前に立ちふさがってくれた。

「(人の連れを脅かさないでもらおう。シャルトル、ウラルを連れてしばらく離れていろ)」

「(『捕虜』ではなく『連れ』か。やれやれ、お前の煉獄行きは決まったも同然らしいな)」

 行きましょう、とシャルトルがウラルの手を引いた。震える足を叱咤しながら距離をとり、馬とゴーランの陰に隠れるようにして息をつく。

「あの人は何者? 騎士なの?」

 「正真正銘のベンベル王国騎士ですよ」と答えるシャルトルの声は苦かった。ウラルは今のところリーグでもベンベルでも騎士道精神のちゃんとした騎士にしか会っていない。ダイオ、シガル、エヴァンス、フェイス将軍とカフス将軍、それにジンを加えても。あの人には騎士より盗賊の親玉の方がよっぽど似合う。

「普段はもう少し騎士らしいお人なんですが、アウレヌス卿はスー・エヴァンスをどういうわけやら目の仇にしておられるんです」

 ウラルもそのとばっちりを受けたのだろう。体がまだ震えている。

「スー・エヴァンスに限って堪忍袋の緒を切らすことはないでしょうが……。騎士権を剥奪された今のスー・エヴァンスは、アウレヌス卿よりも弱い立場になってしまった」

 ウィグードはウラルが離れるとからかいがいをなくしたのか、不承不承エヴァンスの話を聞き始めたようだ。

「(フギン・ヘリアンという片腕の男と、〈ジュルコンラ〉というリーグ人の反乱軍を探している)」

「(お前が殺さねばならん男か。なんだ、片腕の男ひとりにてこずっているのか?)」

 エヴァンスは仮面のような無表情、けれど目と声だけは絶対零度の冷たさだ。ウィグードが何か言うたびエヴァンスの内面が冷えていくのがわかる。ただでさえ感情表現に乏しいエヴァンスなのに、それが傍目からこれだけはっきりわかるということは。

「相当怒ってる……」

 ですね、と答えたシャルトルの声がうわずった。

 ウィグードは不気味な笑みを浮かべている。

「(まあ仕方あるまい、償い行の者に施しをするのはウセリメ教徒の務め。お前が情報の施しを乞い願うとはな)」

 頭の芯が冷えた。言ってはいけない言葉を言ってはいけない相手にぶつけた。怒りのあまりか驚きのあまりかシャルトルの顔が真っ青になっている。

 施しを乞い願うとはな。

 じわりとエヴァンスの顔が紅潮した。無表情は変わらない、指一本動かさない。けれど明らかに頭に血が上っている――。

 カチ、とエヴァンスの腰で金属音がした。斬る。思わず顔をそむけたウラルだが、聞こえてきたのは断末魔ではなく、ぞっとするほど静かなエヴァンスの声だった。

「(シャルトル、ウラル。ここに来たのは間違いだったようだ。戻るぞ)」

 とっさに声が出ない二人に構わずエヴァンスはきびすを返し、村の外、さっき渡ってきた橋の方へと歩き始めた。

「(待て、カクテュス卿。まだ何も答えておらんぞ)」

 エヴァンスは無視して歩き続けている。ウィグードがわざとらしくため息をついた。

「(片腕のリーグ男は知らないが、〈ジュルコンラ〉とかいう目障りな要塞は知っている。この川を西へ下るがいい。せいぜい俺が潰す前に済ませることだ)」

 エヴァンスが足を止めた。振り返りもせず口を開く。

「(情報の見返りに教えてやる。フギン・ヘリアン、たったひとりで屈強のベンベル兵三十を死傷させ、わたしとも互角以上に渡り合った男がその要塞にいるはずだ。もうすぐここにも『オーランド町の悪魔』の噂が流れてくるだろう。戦うならば十分注意するがいい。やつは人の扱いにも長けているはずだ)」

 「貴様の施しなど受けぬ」という意思表示。対価の情報を話し終えると、エヴァンスは再び歩き始めた。


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