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終章 「あなたは誰」

「異国の者どもよ、戦うとなれば容赦はせん。試してみたければ遠慮はいらぬぞ!」

 鋭い恫喝に遠くから弓でフギンを狙っていたベンベル兵がぎょっと弓をおろした。

 この男には大将軍や英雄のような雰囲気がある。生気にあふれた堂々とした姿、朗々と響き渡る威厳ある声。声だけ、あるいは視線だけでも人をねじ伏せられそうだ。それでいて多くの人を率いるだけの力に溢れている。

「あなたは誰なの」

 重ね訊ねる声も自然、弱気になってしまう。エヴァンスをにらんでいた目がやっとウラルに向けられた。

「ウラルだったな。お前の内にいる者は名を教えていないな? お前の〈墓〉に現れる者が名乗らぬのと同じ理由で名乗ることができぬ。今はとりあえずフギンと呼ぶがいい」

 ウラルは生唾を飲みこんだ。〈戦場の悪魔〉のときもそうだったが、とてもフギンとは思えない。

「私がジンに口を貸したみたいに、あなたもフギンを?」

「その通り。ただし意識を保っていたお前と違い、フギンは〈墓所〉にいる」

「〈墓所〉って、私が見ているような、ですか?」

「そうだ」

 前に尋ねたとき、フギンは「墓じゃなくて戦場の夢なら見る」と言っていた。それはやはりウラルと同じ〈墓所〉だったのだ。そしてフギンはやはり〈墓守〉で、ウラルにとってもジンに相当するのが目の前のこの男であるらしい。ウラルは悪寒をこらえ、自分の内にいるはずのジンに意識をこらす。説明がほしい。だがジンは沈黙したままだ。

 フギンの目が再びエヴァンスに向けられた。

「異国の騎士よ、名を聞こう。俺はフギンの記憶を借りられる、聞かずとも知っているがお前の声を聞いてみたい」

 エヴァンスもまたフギンをにらんでいる。無表情で口を真一文字に結び、目には肉食獣に似た鋭利な光。

「エヴァンス・カクテュスだ」

 ぴゅうん、と弧を描いてフギンのシャムシールが鞘におさまった。

「利き腕を失った体でなければ一刀のもとに切り捨てたものを。それに加えてウラルの内の者が守っていなければ、せめて一太刀くらいは負わせたのだが。お前はこの国のつわものどもを殺しすぎた」

 エヴァンスは無言だ。が、こころもち青ざめて見えるのはウラルの気のせいではないだろう。

「ウラル、フギン!」

 いつの間にかダイオらがそばまで来ていた。ただただ呆然としていたらしいナウトが仲間の中に転がりこむ。

 フギンがダイオを振り返る。瞬間、ダイオの肩が雷にでも射抜かれたかのようにびくんと震えた。

「俺は南へ行く。南部の惨状を黙って見てはおれん。ダイオ、マルク。供をせよ。俺が誰か、お前たちにはわかっているはずだ」

 大勢の目がダイオとマルクに向けられた。ざわめき。〈戦場の悪魔〉に憑かれていた二人、もとい〈墓守〉の二人は青ざめたまま黙っている。

「是か否か、どちらだ」

 ダイオがぐっと唇を引き結び、フギンの前に片膝をついた。

「お従いいたします」

 しんとあたりが静まり返った。誰もが呆然としていたのだ。大将軍ダイオがフギンの前に膝をつく? マルクもダイオの後ろで同様に膝をついている。

 フギンは当然とばかりうなずき二人に立つよううながすと、周りのリーグ人たちを振り返った。

「共に来たい者は来るがいい。そうでない者は〈エルディタラ〉へ向かえばよかろう」

「何をしている、応えよ」

 ダイオの叱咤にもともと軍人だった男らが戸惑いながらも膝をつき、お従いいたします、と唱和した。もと軍人ながらシガルだけはそれに加わっていなかった。ナウトの肩に手を置き、歯を食いしばってフギンを見つめている。

「何が起こってるんだ……?」

 もと盗賊の男らはすっかり逃げ腰だった。あれだけ気の強いセラまで少女のような不安げな顔をしている。

 軍人でも盗賊でもないイズンは人形のように表情ひとつなく立ちつくしていた。アラーハもまたウラルを守るように立ちつくしている。

「また会おう、エヴァンス・カクテュス」

 フギンが馬を入り口に向けた。ダイオをはじめとした十余人が去っていく。ベンベル兵は誰も止めようとしなかった。

「な、なにしてんのよ! 私たちもとっととずらかるわよ! ウラルも来なさい!」

 我に返ったセラが隣の男に怒鳴る。とたん、魔法が解けたかのようにベンベル兵がセラらの周りを取り囲んだ。アラーハが激しくツノを振りながら前に立ちふさがり威嚇する。

「ウラル、取り引きをしないか」

 エヴァンスの声。「あんな男に耳貸すんじゃないよ」とセラがウラルを引き寄せ細身の剣を抜いた。

「お前には聞きたいことが山ほどある。お前がわたしと来るならば仲間は無傷で解放しよう。だが拒否するならば、おそらく無事に切り抜けられない者が何人か出るだろう」

 エヴァンスの目がナウトをちらりと見る。ナウトが犬のようにうなった。恐怖に尾を巻きながらも激しく吠え立てる犬そっくりに。たしかにあの異様な雰囲気をまとったフギン、そしてダイオがいない上に人数が減った今、非戦闘員のナウトとウラルを抱えた状態でベンベル兵に襲われれば。

「セラ、〈エルディタラ〉に戻って団長に何があったか伝えて」

「ウラル! あんたは一緒に来るの!」

「私はあの人を追って南へ行く。エヴァンスの狙いもフギンとダイオだから一緒に来てくれるし、エヴァンスがあの二人を捕まるまでは私の命も安全だから心配しないで」

「ウラル!」

「本当に大丈夫よ、エヴァンスはアラーハにはかなわないの。逃げようと思えばアラーハが逃がしてくれるから。私の意志で行くの」

 勝手なことを言うなとばかりにエヴァンスが苦笑した。

「(門を開けてやれ。無条件で出て行くそうだ)」

「(ですが、エヴァンス卿)」

「(これ以上の被害を出したいか)」

 門が大きく開け放たれた。ウラルがセラの背を軽く押すと、セラの目から涙がこぼれた。

「マルクはあんなだし、ウラルもこんなだし。どうすればいいのよ! フギンと一緒に行くなら行くであんたなんで今ここに残ったのよ。もうわけわかんない……」

「ありがとう、セラ」

 セラの体をぎゅっと抱きしめる。もう一度背を押すと、セラはとぼとぼと門に向けて歩き出した。シガルが、イズンがウラルの手をとり「気をつけて」と言ってセラに続く。最後まで黙ってウラルを見つめていたナウトもシガルに背を押されて歩き出した。

 ウラルはエヴァンスの青い目をまっすぐ見つめた。さすが肝が太い。青ざめていた顔はすっかり元に戻っていた。

「ひどい顔色をしている。少し休みなさい」

 逆に言われてウラルは自分の頬に触れる。指も頬も冷えきっていた。

「フギン……」

 今さらながら歯がカチカチ鳴り始める。

「ジン。フギンが戻ってくるって、嘘だったの?」

 答えは、返ってこなかった。



第三部 完  第三部‐第四部間章へつづく

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