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第三章 3「サヨナラ」 中

    *


(ウラル、戻ってくれ! 頼む!)

 頭の中に響くジンの声。ウラルは固く目を閉じ耳をふさぎ、全力で町を突っ走っていた。

「どうしてよジン! どうしてあなたの声が聞こえるの!」

 とうとう本当に頭が壊れてしまったのだろうか。一人で誰かと話しながら走るウラルを道行く人が妙なものを見る目で見ている。

(俺もこんなことをする気はなかった。だが、お前が今離れたらフギンが危ない。奴に呑まれる)

「奴って誰よ」

(〈戦場の悪魔〉だ)

 ウラルははたと足を止めた。

「どういうこと?」

(戻ってくれ)

「ジン、どういうことよ? 説明して」

 呼びかけたが、それきりジンの声は返ってこなくなった。耳に手を当て、じっと脳裏に耳を澄ませても返ってくる声はない。

「そんなこと、言われても……」

 今戻ったら、殺される。

 ウラルはしゃくりあげながら、とぼとぼあてもなく歩き始めた。

 どうして今日、こんな急に。決してフギンが嫌いだったわけではないのだ――ただ言い寄られ方が強引すぎた。ウラルは何の準備もできていなかった。もう少し、もう少し考える時間をもらえたら、受け入れていたかもしれないのに。

 受け入れる以前に、怖かった。考えるより先に体が動いていた。フギンの頬を張った時、一番驚いていたのは間違いなくウラルだ。

 重い足を引きずりウラルは歩いた。どこをどう歩いてきたのかは覚えていない。

 気がつくと教会の中にいた。参拝時間は過ぎているはずだが、ウラルのただならぬ様子に神官が入れてくれたらしい。

 人気はなく、正方形のがらんとした神殿の中、四方の壁にそれぞれ二枚ずつの絵がかけてあった。見覚えのある八枚の絵だ。

 東に「豊穣の地神」と「逆鱗の地神」。

 南に「希望の火神」と「狂気の火神」。

 西に「祝福の風神」と「憎悪の風神」。

 北に「慈悲の水神」と「絶望の水神」。

 王都の神殿でジンと共に見たあの絵だった。ベンベル人から守るためにここまで運ばれてきたのか、あるいはただの複製だろうか。

 荒れ果てた村の中、片手にドクロを持ち、どう見ても憎悪ではなく悲嘆の表情を浮かべた「憎悪の風神」。そして結婚式で新郎新婦の手を取り穏やかな微笑を浮かべた「祝福の風神」。ウラルは二枚の風神画をじっと見つめ、ベルトにつけたポーチをさぐった。真鍮のアサミィを握りしめる。

(お前は頭目が好きだったんだよな。わかってるよ。頭目の次でいい。でも今、生きている人の中では俺が一番だって、そう言ってくれないか?)

 フギンの声が耳に蘇る。ウラルは絵の前にひざまずいた。

「風神さま。どうかお助けください」

 深く頭を垂れたウラルの後ろ、神殿の入り口の方で、カツンと高い靴音がした。

 靴音だけで誰かわかった。前に真夜中の町でこの靴音からさんざん逃げまわったことがある。立ちあがり振り返ってみれば、思った通り青い瞳がぴたりとウラルを見据えていた。

「何があった」

 エヴァンスが歩み寄ってくる。風神画の前のウラルから五歩の距離を置いて立ち止まった。

「探す手間が省けたのはありがたいが、無用心に過ぎないか? 泣きながら歩く女ほど目立つものもない」

 記憶はほとんどないが、宿から教会までの道中、何人もの直立不動のベンベル人の横を通っていたはずだ。エヴァンスは彼らから情報を得てウラルを追ってきたのだろう。

 無言のウラルにエヴァンスは息をつき、二枚の風神画を見あげた。

「祈りを邪魔したようだ。続けなさい。待っていよう」

 ウラルはゆっくりと水神画の前へ向かった。気は進まなかったが、ウラルの命を狙う男がここにいる。死ぬ前にちゃんと神々に祈っておきたかった。

 地神画、火神画と回り、エヴァンスの隣、風神画の前に戻ってくる。

「終わったか」

「エヴァンス、あなたは私とフギンの命を狙っているんでしょう? 私をこの場で殺してしまうの?」

 やっと口を開いたウラルにエヴァンスは目を細め、「いや」と首を振った。

「わたしの罪を償うためには、ウラル、フギン、ダイオの三人を我らが神の祭壇に引き連れ、まとめて贄としなくては。ここで殺したところで何にもならない」

「セテーダン町では私の首をその場で絞めたのに?」

「殺してほしいのか?」

 ウラルは黙って首を横に振った。エヴァンスがもう一度息をつく。

「同行願おう」

 抵抗する気は起きなかった。ウラルは黙ってエヴァンスの手を取った。



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