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第一章 3「出動」 下

   *


 うす青い空の下で、ウラルは騎乗した。馬はフォルフェス。フギンに一番おとなしい馬を選んでもらった。がっしりとした体型のせいか見た感じは大柄なのだが、前に乗ったシニルやフギンの愛馬ステラとならべてみると意外に小さい。もとは荷物運びの馬らしかった。

 ウラルの周りには騎乗したジンやフギンがいる。それぞれ胸から腹にかけて覆う防具を身につけ、剣を佩き、槍を持ち、弓矢を鞍のすぐ手の届く場所にゆわえつけている。最低限には戦える装備だ。リゼはムールに乗っていたが、剣も弓も持っていないかわりに太い投げ槍が十数本も入った袋をムールの鞍に固定している。

 ウラルもワンピースでは動くのに不便なので、行商人が着るような股下まで裾がある袖のぴったりした服と、足にぴったりするズボン、頭から肩にかけて覆う頭巾を、〈スヴェル〉の中で一番小柄なリゼに貸してもらった。本当は唯一の女性であるマライに借りようとしたのだが、マライは背が高すぎて、サイズがあわなかったのだ。遠目から見れば少年に見えることだろう。

「アラーハ、馬は?」

 アラーハだけが馬にも鳥にも乗っていなかった。

「馬は嫌いだ」

「あら」

「アラーハは半分獣だからな」

 フギンの笑いながらの声にアラーハは苦笑に似た笑みを漏らし、ウラルのほうをちらりと見て、りりしいな、とほめてくれた。

「全員集まったな。よし。出発しよう」

 張りのあるジンの声で、いっせいに十人を乗せた馬と荷運びの馬数頭が動き出した。ムールも空へ舞いあがる。ムールに反応したのか、ざわめく鳥たちのさえずりにゆっくりとした馬蹄の響きがまざった。

「ウラル、進むときは馬の腹を軽く蹴ってやるんだ。止まるときは手綱を引く。今は俺たちの馬にくっついて勝手についてきてるけど、それじゃあ君の言うことを聞かなくなる。意識してやってみるんだ」

「わかった。おとなしいのね」

 フォルフェスのしなやかな首をなでてやる。

「ところで、気になってたんだけど〈アスコウラ〉って?」

「そっか、知らないんだな。〈アスコウラ〉っていうのは、一言で説明すると兵団だよ。お前の村のとき、覚えてる? 墓掘りしてたやつが、俺ら以外にも五十人くらいいただろ。あれは〈ゴウランラ〉っていうところのやつら。〈アスコウラ〉も似たような感じ」

 たしかに、十人でリーグの軍を相手にするのは苦しいだろう。実際、キヤ村のときは逃げざるをえなかった。仲間がいるのは、考えてみれば当然のことだ。

「どれくらいで村にはつくの?」

「さぁ」

「さぁ、って」

「昨日、何も言われなかっただろ? だからわからない。言ってくれるときもあるんだけどな。明日にはつくだろ、たぶん」

 そんなものなのか、とウラルは馬上で姿勢を正した。気にはなるが、それでフギンが納得しているなら、ウラルがとやかく言えることではない。

 森を抜け、海へ出た。また森に入り、ウラルの知っている森にはない木々の森を進んだ。

 日暮れ前には天幕を張って夜を過ごした。みんな気を使ってくれているらしく、寒くないかとか、そこでアケビをとってきたから食うかとか言ってくる。ウラルは疲れきり、もうしわけないと感じつつそんな好意にも生返事を返しながら、火のそばでとろとろと眠った。

 翌朝、ウラルが起こされ、フギンに言われて空を見上げると、リゼのムールのそばでもう一羽のムールが旋回しているのが見えた。背に騎手の姿がある。

「出迎えご苦労、ユーラン!」

 ジンがはりあげた大声に、騎手が大きく手を振りかえした。馬のような面長の顔をした青年だ。軽装の防具に投げ槍の袋と、リゼと同じような装備をしている。ユーランというのが名前らしい。

「ジンさん、お久しぶりです。〈アスコウラ〉はひと足先にアラス村へ向かっています!」

「わかった! 俺たちもこのままアラスへ向かう!」

 ユーランの乗ったムールは高度をあげ、南西へ飛んでいった。

 ムールとユーランに出会ってから、さらに一日たった日の午後、アラス村が見えた。何筋かの煙がまだあがっているが、兵の姿は見えない。先に到着しているはずの〈アスコウラ〉も少し離れた場所に天幕を張っているのか、見あたらなかった。

「馬を降りて、村へ行こう」

 ジンの指示で全員が馬を降りた。

 女が集まっていた。素手の者が大半だが、中には農具を武器としてかまえている者もいる。着ている服はみんなほこりで焼け焦げや薄汚れて、顔もススで真っ黒なままの者が多い。さすがに灰で髪を真っ白にしている者はいないが、襲撃直後はそうだったのだろうとウラルには想像がついた。村が襲撃され、陶芸窯の中に隠れていたときのウラルとみんながみんな同じ格好をしているのだ。

「何しにもどってきた! 笑いに来たのか。笑えばいいさ。こんなにあんたたちがボロボロにしたこの村をね」

 啖呵をきった女は、手に持っていた石を思いきり投げつけてきた。この女の額から右の頬にかけて、包帯が巻かれている。どうやら火傷をおったらしい。女が投げた石は、ジンの足元に音をたてて落ちた。

 ジンが足を止める。ほかの者も足を止めた。

「私の父さんと弟を返して。あんたたちみたいにはしたくないの。あんたたちみたいな、ひどいことをする軍人になんて!」

 別の女も叫び、石を投げる。

 ジンは黙って飛んでくる石や割れた陶器のかけらを受けていた。ほかの者も、動かない。フギンに割れた皿があたる。額が切れて、血がにじんだ。

「あんたもあいつらの仲間かい? なんで一緒にいるんだ」

 顔に包帯を巻いた女がウラルをにらみつけた。片目が包帯に隠れているせいなのか、ひどく恐ろしい形相だった。

「情婦ってわけか。いいご身分だね。はやく出ていってちょうだい。汚らわしい」

「違います。誤解です」

「何が誤解さね。言ってごらんよ、ほら」

「この人たちは、村を襲った人たちじゃないんです。村を襲った人たちは別の村へ行ってしまったでしょう。何かできないかと集まってきた人たちなんです」

 ウラルはウラルが知っていることを叫ぶことしかできない。怒鳴ることも、女たちに共感することもできそうになかった。女が鼻で笑う。

「そうかい、そうかい。ご立派なこったね。何も取るものは残ってない。さっさと帰りな!」

 イズンが女たちにむかって歩きだした。女らがざわめき、怯えた目をして、近づいてくるイズンに石をあびせる。イズンは腕で石を防ぎながらゆっくりと歩き、包帯の女の前、お互いが手を伸ばして届くか届かないかくらいの距離で止まった。

「私たちは、軍の人間ではありません。何かできることがないかとスカール地区からやってきたのです。何もできないなら、お墓の穴を掘るくらいやらせてください」

「墓荒らしまでやろうっていうの? こりない人たち。さっさと帰れ!」

 イズンが深々と頭をさげる。全員がそれにならった。

 ジンたちは村はずれへ向かって歩きだす。女らはざわめきながら、道をあけた。

 村のはずれ、新しすぎる墓地の脇で煙があがっていた。老女がひとり、その番をしている。ウラルたちに気づいたらしい老女は、意外なほどに落ち着いたそぶりで立ちあがった。

「何か、お手伝いできませんか?」

 穏やかに話しかけるジンに老女は煙の中を指した。青い炎がちらつく中に、黒い影と白い小さなかけらが転がっているのが見えた。子どもの骨だ、とリゼがつぶやく。ひっ、と小さく悲鳴をあげたウラルを老女が珍しそうにながめた。

「お嬢さん、郷はどこかね?」

「シャスウェル地区の、リタ村です」

「そりゃあ、遠いところから。シャスウェルの人だったら火葬は珍しいだろう。わしらは、小さな子どもはこうやって葬るのさ。火神に清めてもらって、またすぐ生まれてこられるようにね」

 老女は炎の前にひざまずき、祈りをささげるしぐさをした。

「ロウダさん!」

 追いかけてきた包帯の女が警戒の声をあげた。

「大丈夫だよ、心配ない」

 老女はよっこいしょ、と立ちあがった。

「お若いの、火を消してくれんか」

 指名されたフギンが老女の横に置いてあった桶の水を火にかけた。じゅうじゅうと音をたてて火が消える。黒い煙が一度はげしくあがり、白くなって、おちついた。

「この方のお墓は、どこに」

 老女が雑草のおいしげるゆるやかな斜面を指した。ジンは軽く会釈し、老女の指した場所へ行くと、木切れで地面を掘りはじめた。フギン、イズン、ほかの男らも、それぞれ木切れや自分の手をつかって地面を掘る。

 老女が悲しげな笑みを浮かべた。

「何をやっているんだい。彼らに道具をさしあげなさい」

「でも」

 あとから追いついてきた女がジンに鍬を渡した。包帯の女はとまどったようなそぶりを見せたが、鍬を渡した女を止めはしなかった。ジンは礼を言って鍬を受け取り、慣れた手つきで穴を掘っていった。

「あの人たちは何をする人なの? 本当に兵士じゃないの?」

 女の一人がウラルに話しかけてきた。顔つきや歳がどこかマームに似ていた。

「兵士じゃないです。この村が襲われたと聞いて来たんです」

「あなたは?」

「シャスウェル地区が襲われたことは知っていますか?」

「噂では聞いていました。本当に最近のことよね」

「はい。私はリタ村の生き残りなんです。彼らに助けてもらって」

 村からまた女がきた。手にパンやチーズの入ったかごを持っている。

「まって。あたしに行かせて」

 顔に包帯を巻いた女が半ばひったくるようにしてかごを受け取り、まっすぐジンにむかって歩いていった。

「あんたが大将?」

「はい、そうです」

 渡された手拭きでジンは顔をぬぐった。

「盗賊兵士がどこへ行ったか、知りませんか?」

「知らないね。ひっとらえて殺してくれるの?」

「この村のような村を増やしたくないんです。場合によればどこの軍かを調べて叩きます」

 勢いよくジンがパンをちぎった。おさええきれない怒りをぶつけるような、乱暴なちぎり方だった。

「明日の朝、ここを発ちます。五人、部下を残していきましょう。力仕事でもなんでも申しつけてください」

 松明に火がともされる。いつの間にか日が落ちていた。ジンが再び、鍬をにぎる。

「明日発つなら、休んでちょうだい。ここまでやってくれたらもう充分だから。家を貸すことはできないけど、天幕ならどこに張ってくれてもいい」

「心づかいは嬉しいのですが、ここへ来るとき、途中で天幕を張ってきてしまいました。馬もいますし、村の外で夜を越します」

 天幕など来る途中で張ってきた覚えはなかった。ジンが一礼して鍬を女に返し、村の外へむかって歩いていく。ウラルたちも後に従った。

 ジンらは何も言わずに歩いていった。怯えた目が崩れた家の中からジンらを見つめていたが、安心したような目もちらほらと見えた。

 村の外へ出たとき、ざわめきが聞こえた。馬をつないだ丘が明るい。松明がいくつも灯され、天幕の影や、忙しく動きまわる人影が見える。

「〈アスコウラ〉だ」


     *


 影がウラルの顔に落ちた。十羽のムールが上空を舞っている。

「はじまった」

 丘で陣を敷いていた百五十の騎兵が遠く地鳴りを響かせた。大きな村を背後に、同じく陣形を敷いていた兵につっこんでいく。きらり、といくつもの甲冑が太陽の光を反射して魚のうろこを思わせた。

 甲冑を着こんでいるのは、ほとんど軍だけだ。ジンらも出陣の前には鉄の胸当てと背当てをつけ、兜をかぶっていたが、〈アスコウラ〉のほとんどは皮のよろいと鉄の兜、木製の盾を防具にしていた。機動力と、敵にはいないムール部隊が武器だ。

 三羽のムールが急降下し、その背に騎乗していた兵士が敵に投げ槍をはなつ。三羽のうちの一羽にリゼが騎乗しているのだろうとウラルは思った。おそらく、先陣をきった一羽だろう。続いて三羽が急降下し、三羽がまた舞いあがると次は四羽が急降下する。そしてまた、リゼ率いる三羽がまた急降下して攻撃をした。それをえんえんと繰りかえしている。

 ウラルの隣にいたアラーハが顔をしかめた。フォルフェスが上唇をめくりあげ、高くもちあげる。何か刺激物のにおいをかいだときに馬がとる行動だ。血のにおいが届いたのだろう。どんな弓の名手が矢を射ても届かない距離をおいているのに、アラーハとフォルフェスにはたしかにそのにおいが届いている。

「どう思う」

 ウラルの護衛として戦いに参加しなかったアラーハが尋ねた。

「わからない。ジンやフギンがあそこにいるの?」

「そうだ。戦っている」

「現実感がないな。壁画を見ているみたいな感じ」

「よく見ておくんだ」

 ムール部隊はえんえんと上昇しては舞いもどり、攻撃を繰りかえしている。

「私、ジンたちと一緒にいて、いいと思う?」

「なぜ、そう思う?」

「戦争が天災と同じじゃない、ってことはわかった。人の手で止められるから。だけど、戦争がどういうものか私にはまだわからないの」

 ウラルはジンやフギンはどのあたりにいるのだろう、と銀色の群れに目をこらした。居場所の見当すらつかない。

「だから一緒に行って見てみたい。だめかな?」

 アラーハは口に出しては何も言わず、ウラルを見た。

 また、ムールの影がウラルに落ちた。



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