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第一章 2「〈エルディタラ〉へ」 下

     *


 約束通り翌日の昼過ぎ、マルクは馬に乗った数人と共に迎えに来てくれた。その数人の中には〈ゴウランラ〉の要塞で会った気の強い姉さまがたもいて、もう涙、涙の再会だ。

「ウラル、ずうっと心配してたんだからねぇ! あんなものすごい戦に女の子のあなたが巻きこまれて、生きてるわけがない、生きててもあのベンベル野郎どもに乱暴されてやしないかって……。大変だったでしょう。本当に無事に生きててよかったよぉ」

 本当にぼろぼろ泣かれるものだからウラルは喜びより困惑の方が勝って、彼女らの背をぽんぽん叩いているしかなかった。フギンはと見てみれば、肩やら背中やらにびっしり刺青を入れた人相の悪い男らに取り囲まれ、みんなそろって男泣きしている。妙な迫力に思わず唖然としてしまった。

「あんたたち、いつまで泣いてんのよ! ウラルがドン引きしてるじゃないの」

「でもよぅ、フギンだぜ? 生きてやがったんだぜこいつ!」

「わぁってるわよそれくらい。日暮れまでにとっとと要塞まで帰らなきゃならないんだから、ぐずぐずしてる暇なんかねぇんだよ。さ、とっとと案内するよ!」

 こんなときは男よりも女の方が立ち直りが早いようだ。名残惜しそうにぐずぐずいっていた男らを姉さまがたはきびきび引っ立て、さっと馬にまたがった。相変わらずだ。ここでやっと驚きを喜びが勝り、ウラルは破顔した。

 それまで茂みの中に隠れていたアラーハに目をやる。アラーハが出てくると、当然のように一騒ぎが起こった。フギンがマルクにしたのと同じ説明をする。

「イッペルスに乗っちゃうなんて、ウラル、地神さまみたい。ううん、ウラルは女の子だから風神さまかな。すごい。ね、なでてみていい?」

 興味しんしんで姉さまがたが手を伸ばす。が、アラーハはその手を押しのけ、嫌そうに顔をしかめた。

「どうしたの、アラーハ? あれ、普段は触らせてくれるのにな」

「香水でもついてたかなぁ。ま、誇り高きイッペルスなんだから、触らせてくれなくて当然よね」

 ウラルは困惑してアラーハを見たが、アラーハは突っ立っているだけだ。みんなが馬に乗ってしまう段になって、そっと「乗せて」と頼んでみると、やっと膝を折って座りこんでくれた。きっと、人が急に増えたのが嫌なのだ。アラーハはもともと人の多いところが苦手だったし、ウラルと二人きりのときはともかくとして、他のときはたいてい仏頂面で人ごみから一歩離れた場所にいた。

「あんたたちが泣いてたおかげで時間を食った。急ぐよ! あ、ウラル、きつかったらすぐ言うんだよ? ペースゆるめるからね」

 ウラルとフギンを中央にすえ、守るように陣を組んでくれる。そして急な山道を飛ぶように駆け始めた。みんなウラルを気づかってくれ、彼らなりにはゆっくりのペースで進んでくれていたらしいのだが、なにしろウラルは鞍がない。鐙もない。倒木を飛び越えるときですらその調子だから、何度もアラーハの背から転がり落ちかけ、そのつどペースを落としてもらったり、休憩を入れてもらったりした。

「乗せてもらうなら鞍をあつらえなきゃねぇ」

「でも、嫌なの。アラーハをそんな馬みたいに扱うのは」

「でもこうして馬みたいに乗ってるじゃない。脚とかも入れてるでしょ?」

「ううん。私を乗せてくれるのはあくまでアラーハの好意だから。お願いして乗せてもらってるの」

「え、じゃあどうしてウラルの指示を聞いてくれるの?」

「アラーハは人の言葉がわかるから。アラーハが自分で、みんなについていかなきゃと思ってくれてるだけよ。あとは声で『曲がって』とか『止まって』とか言うかな」

 ウラルは答えつつ、最近は本当にアラーハと馬のように接しているな、と申し訳なくなった。アラーハの背中の毛はウラルが乗り続けたせいで擦り切れ、短くなっている。

 ごめんね、と小さくこぼすとアラーハはくるりと背中の上のウラルを振り返り、意味を問いかける目を向けてきた。軽く首を振り、たてがみを指ですいて、ありがとう、と小声で続ける。アラーハは軽く目をしばたかせ、ため息に似た息をついた。ああ、と答えてくれたらしい。

 そして、日がとっぷり暮れたころ、〈エルディタラ〉の新要塞にたどり着いた。

「さぁ、待たせたね! 主賓の到着だよ!」

 城壁前で姉さまの一人が声を張り上げる。とたん、割れんばかりの歓声で出迎えられた。

「お帰り、フギン!」

 フギンは呆然と立ちすくみ、わっと泣き出した。あれだけ泣いたのに、そして要塞もなにも様変わりしているというのにこらえきれなかったらしい。

「よく帰った、フギン」

 体格のいい壮年の男が進み出てきて、馬上のフギンを抱きしめた。

「団長、ムニン団長。連絡が遅れてすみませんでしたぁっ!」

「そんなことはいい。本当によく生きて帰った」

 わんわん泣くフギンはまるで少年のよう、そして団長ムニンは父親のようだった。驚きすぎてぽっくり逝くような人でもなく、怒りすぎて頭の血管が切れてしまうような人でもなく。見るからに武人ではあり、多少は血も熱いのだろうが、父性のかたまりのような優しげな人に見えた。

「知ってるかもしれないけどフギンはな、孤児だったんだ。生まれて間もないのに山に捨てられてて、それを団長が育てたんだよ。こうしてみると本当に養父と息子だよなぁ」

 空から舞い降りてきたマルクが教えてくれた。フギンとムニンにジンとアラーハの姿が重なり、ウラルは思わず目を伏せる。ジンもアラーハとこうして感動の再会ができればよかったのに。

 フギンとムニンはしばらく二人で再会を喜び合っていたが、やがて落ち着いたようだ。ムニンが紳士的にウラルへ手を差し伸べた。

「はじめてお目にかかる、〈エルディタラ〉団長のムニンだ。ウラルさんだったな。あの〈ゴウランラ〉の戦いの直前で君に会った部下たちや、イズン君から話は聞いている。よく来てくれた。〈エルディタラ〉みなで歓迎しよう」

「え、イズンからですか?」

 思わず聞き返してから、先に自己紹介をするべきだったと後悔した。ムニンは握手をしながらウラルの無礼を気にする様子もなく鷹揚にうなずいてくれる。

「ああ、イズン君はつい最近までここにいたんだ。〈スヴェル〉の隠れ家へ帰ってみると言っていたが、そうか、行き違ってしまったか」

「本当ですか、団長! すげぇじゃんウラル、お前の予言通りだ。イズン、イズンが生きてた!」

 フギンはすっかり気分が高揚しているとみえ、ウラルの手をとってぶんぶん振り回した。

「まぁ、詳しい話はみなから聞いてもらえばいいだろう。さぁ、今夜は宴だ野郎ども! 俺の息子が死地からはいあがってきた。フギンに乾杯! 飲み明かすぜ!」

 紳士的な口調から、急にいかにも「盗賊の親玉」的なドラ声に変わってしまった。驚いて思わず身を引くと、フギンが「団長はいつもこうなんだ」と大笑いしながらウラルの背をばんばん叩いた。

「わたしの性格だと思って受け入れてもらえるだろうか」

 また紳士的な口調と表情に戻って笑うムニン。思わずウラルは笑いだしてしまった。まるで二重人格だ。

「ええ、もちろん。ちょっとびっくりしただけです」

「団長は女の子には紳士なんですよねー。あたしたちも女の子なんですけどー」

「淑女に紳士というだけだ、だいたいそんな毎日顔見てるてめぇらにいちいち紳士装ってられるか!」

 茶々を入れる姉さまがた、またドラ声に戻って怒鳴り返すムニン。

「うん、一度でいいから紳士団長に話しかけてもらいたいってのが、あたしたちのひそかな夢なのよねー」

「どこがひそかだよ!」

 ツッコミは〈エルディタラ〉の団員たちの中に埋もれていたフギンからだ。

「ウラル、こんなだけどさ、気はいいやつらだからどっかで適当に飲み食いしてて。またこっちから見つけるから」

「私のことは気にしなくていいよ、適当にしてる。めいいっぱい再会を祝ってきて」

「淑女ってのは彼女のためにあるような言葉だなぁ。てめぇら、俺に紳士やってほしいならちっとは見習え」

「精進しまーす」

 口をそろえる姉さまがたに笑いを噛み殺しつつ、四方八方から祝い酒をぶっかけられるフギンを見守った。

「なぁ、ウラル! このご大層な馬はどうすりゃいい?」

 マルクの声に振り返ってみれば、城門前の暗がりに巨体をすぼめて立っているアラーハがいた。数人が馬の手綱を持って困ったようにアラーハを見ている。どうやら今から厩舎へ連れていくらしい。

「イッペルスじゃないか。これは見事な」

 アラーハは鼻にしわを寄せ、不快そうに耳を後ろに傾けている。怒って伏せている感じとはまた違うが、喧騒を嫌がっているのは間違いなさそうだ。

「ごめんアラーハ、ほったらかして」

 アラーハは申し訳なさそうに鼻を鳴らした。

「私も一緒に行っていい?」

「なんだったら俺たちで連れていくけど。あ、でもこいつが従ってくれないかな」

「一緒に行くわ。アラーハがどのあたりにいるか知っておきたいし」

 興味深そうにアラーハを見ていたムニンがウラルに向き直った。

「面白いな、このイッペルスは君に従っているのか。早く帰ってきなさい。さもないとあの連中だ、料理がみんななくなってしまう」

 本当にものの見事に口調が違う。表情も違う。おかげさまで笑いをこらえるのが大変だった。これは慣れるまで時間がかかりそうだ。

「あ、団長、俺らの分もメシとっといてくださいよ!」

「ウラルの分だけじゃなくってね!」

 おうおう早く行け、と盗賊親玉口調でせかされウラルらは笑いながら歩き出した。

「団長って、なんだかお父さんみたいね」

「お父さん? ウラル、うまいこと言うなぁ。そうだよ、団長は俺たちみんなの父さんなんだ」

「お父さんだから身内以外には敬語?」

「あ、なるほど、そうかもなぁ」

 ウラルはまた笑ってちらりと後ろ、フギンとムニンの方を振り返った。こんなに笑うのは久しぶりだ。頬が少し筋肉痛気味な気がする。それでもそれが心地いい。

「よかった、フギン」

 かすかな独り言だったが、隣のアラーハには聞こえたらしい。穏やかな瞳が返ってきた。



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