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序章 「あの場所へ」

 ウラルは墓の前にいた。

 ウラルとアラーハの築いたジンの墓、穴を掘ったとき地中から出てきた石を乗せただけの簡単な墓が、大きく立派なものに変わっている。馬上のフギンが手を上にあげたほどの高さにまで石を積み上げ築かれた塔。石の隙間には剣や蹄鉄らしきものもうずめられている。鎮魂のケルン。

「〈エルディタラ〉だ」

 フギンが馬上からいとおしげに蹄鉄をなでた。

「〈エルディタラ〉は全員が騎兵だからな。速すぎたもんだから伝令が追いつけなくて、連絡が遅れてさ。結局最後まで援護に来れなかったんだ。全部が終わってから来て、これを造ってくれたんだな」

 ウラルは飛び出た剣の柄や蹄鉄にぶつからないよう気をつけながら全身でケルンを抱きしめた。粘土か何かで固められているらしく、ケルンはウラルが体重を預けてもびくともしない。

「ジン」

 呼ばわったとたん、涙がこぼれた。

「サイフォス、リゼ……」

 ここで死んでいった人をまとめて抱きしめるつもりで、力いっぱいケルンを抱く。そんなウラルを黙ってみていたアラーハが、そっと足元のナタ草をかじりとり、ケルンの前へ置いた。あの戦で踏み荒らされ、泥地になったこの場所。ナタ草の一本さえはえていなかったこの場所は、今は草原になっている。ナタ草もタンポポと背比べをするかのように茎を高く伸ばし、咲きそろっていた。

 ウラルは涙をこぼしながらナタ草とタンポポ、それに咲きそろっていた小さな花をつみ、花束にして、アラーハが置いたナタ草の上へ置く。あのときそなえられなかった花を。

 血の染みひとつ残らない大地に、ウラルの涙の染みがひとつ、ふたつと落ちてゆく。思えば、こうしてぼろぼろ涙を流して泣くのはジンの死後初めてかもしれなかった。

 フギンとアラーハは無言だ。といってもアラーハは話せないから、鼻ひとつ鳴らさない、という表現になるだろうか。フギンも貸し馬屋で借りた馬から下りもせず、じっとケルンを見つめている。ただウラルの嗚咽と風のうなる音だけが響いていた。ウラルが落ち着き、泣きやむまで、随分長いことそのまま立ちつくしていた。

 それぞれに深い物思いの中に沈んでいた三人を引き戻したのは、アラーハがぶるりと鼻を鳴らす音だった。

「どうかした、アラーハ?」

 アラーハが顔を上げ、一点を見すえる。断崖絶壁の岩壁の上にある〈ゴウランラ〉の要塞に向けて。シュゥッと鋭く振るわれる尾、びったりと後ろに伏せられた耳、むき出された歯、三角につりあがる目。喉からは草食獣とはとても思えぬうなり声が漏れている。

 その強烈な怒気を向ける先は。

「な、なぜここに……」

 ウラルは思わずうめいた。ひるがえる金の髪、紺碧の衣の裾。ゴーランにまたがった大柄な男の姿が崖の上にある。〈ゴウランラ〉の砦跡へと向かう崖の道だ。その背後には馬にまたがった栗色の髪の男。

「金髪野郎!」

 フギンが左手でサーベルを抜き放った。

 ウラルの脳裏で警鐘が鳴り始める。今、あの貴石の墓地、ファイヤオパールの棺の中にフギンの姿がぼんやり浮かんでいないだろうか。まずい。ここで戦わせてはいけない。

 エヴァンスがゴーランの首に鞭をくれた。そのまま垂直に近い崖を駆け下ってくる。おそろしい速度だ。馬にまたがったシャルトルのほうは若干遠回りの崖の道、馬用に整備された道を駆け抜ける。と、そのシャルトルの手元が鋭くきらめいた。

 矢。

 金属と非金属の触れ合う高い音を響かせ、アラーハが枝角で矢をからめとる。ゴーランで駆け下ってくるエヴァンスも弓を構えていた。絶対零度の碧眼に殺意がゆらめく。

 フギンを狙って放たれた矢をアラーハがツノではじき、逃げるぞとばかり地に伏せた。今すぐ逃げなければ。けれどウラルは応じようとして、思いとどまった。

「フギン! あなたの鞍に乗せて」

 このままフギンをひとりで行かせては、いつ馬首を転換してエヴァンスに向かっていくかわかったものではない。アラーハもウラルの意を察してくれたのだろう。再び立ち上がって頭を下げ、枝角を前面に振りたてて身構えた。ウラルらを守って立ちふさがり、岩壁の上から放たれる矢をはじきとばす。

「何言ってんだ、馬がバテるだろ。あのイッペルスに乗せてもらえ」

「私、鞍がないと全力疾走できない」

 杭にならなくては。ウラルを守らせることでフギンを押さえ込む。

「ここは俺が止める。とりあえずお前が逃げ切れればいい」

「相手は二人いるのよ。ひとりは私を追ってくる。私ともども殺される気なの? ここはアラーハが押さえてくれるから、乗せて!」

 舌打ちとともに馬上から差し伸べられた手をとり、ウラルはフギンの鞍に飛び乗った。

 エヴァンスはもう岩壁をくだりきり、弓を剣に持ち替えている。鋭く湾曲したシャムシール。アラーハは枝角をまっすぐエヴァンスに向け、ウラルとフギンの前に立ちふさがって身構えている。アラーハにとってもエヴァンスはジンの仇だ。アラーハまでフギンのような暴挙に出るとは思わないが、我を失い度を越してもおかしくない。

「アラーハ、無茶しないで! すぐに追ってきて!」

 アラーハがわかっているとばかり低く鼻を鳴らし、とうとうここまで駆けてきたエヴァンスの刃をツノでがっきと受け止める。その光景を目の端にとらえながらフギンは馬を全力疾走にうつらせ、戦場跡をつっきり森へ駆けこんだ。



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