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第三章 4「夢うつつ」 下

     **


 ウラルは跳ね起きた。跳ね起きると同時に後頭部に鋭い痛みが走り、目の前が暗くなる。再び横たわって荒い息をついたウラルの視界の隅で誰かが動いた。

「ウラル、気がついたのか? どうした、頭を打ってるんだぞ。ゆっくり寝てろよ」

 フギンがウラルの顔を心配げにのぞきこむ。ウラルは息せきってフギンの手をひっつかんだ。

「フギン、大変。イズンが生きてる」

「は?」

「ネザは、ネザは死んじゃったけれど、イズンが生きてるの。ダイオも生きてる。探しに行かなきゃ。どこにいるんだろう。フギン、見当がつく?」

 フギンはぽかんとしている。その顔つきを見つめるうち心がだんだんこちらに戻ってきて、ウラルは恥ずかしくなってフギンの手を放した。

「ごめん、寝ぼけてたみたい」

 たかだか夢を見ただけなのにどうしてこんなに動転したのだろう。フギンはすっかりあきれ顔だった。

「どんな夢を見たんだ? 丸一昼夜も寝てりゃ、そりゃ寝ぼけたっておかしくないけどな。死ぬほど心配したんだぜ、それなのにお前は……」

 ぶつぶつ文句を言っているフギンの後ろから笑い声が聞こえたので、ウラルはびっくりしてそちらを見た。ほかに誰かいるとは思わなかった。

「なにはともあれ気がつかれてよかった。ジン様と一緒にいられた方ですよね。一度、お会いしたんですが、覚えていますか?」

 なんとなく見覚えのある男だった。歳のころはフギンと同じくらい。馬のように面長の顔と張り出した頬骨、彼のもたれかかった壁の横にはウラルの描いたへたくそなナウトの似顔絵がある。ナウトの家だ。ということは、この男はナウトの「兄ちゃん」ということになる。

 ウラルはしげしげと男の顔をながめた。ジンを知っている、しかも「様」をつけて呼ぶということは、〈スヴェル〉の関係者なのだろうか。

「フェイス将軍の揮下の者です。ムール伝令をやっていました。名は、シガルです」

 腑に落ちるものを感じ、ウラルは顔を伏せた。

「フェイス軍全滅、と伝えに来られた方ですよね」

 シガルの目に、痛みをこらえるようなものがまじった。

「そうです」

 ふっと、ナウトが見せてくれた「兄ちゃんの、たからもの」を思い出した。立派な箱に入れられた白と黒の大きな羽。あれはムールの羽だったのだ。しかも、おそらくはあの時、ジンが貸した〈スヴェル〉のムール、ハーロークの羽。

「ナウトは?」

「食いもんを買いに行ってくれてる。すぐ戻ってくるぜ」

 と、ぱたぱた外から元気のいい足音が聞こえてきた。

「ほらな、噂をすれば」

「ウラル姉ちゃんは?」

 ドアを開けるなりの第一声がこれだ。思わず笑みが漏れた。

「姉ちゃん! よかった!」

 買い物袋を投げだし、ナウトはウラルに飛びついてくる。

「こら、ウラルさんは怪我をなさってるんだぞ。傷にさわる」

 たしかに、飛びつかれたとたん、衝撃で後頭部がまた痛みだした。ナウトがすごすごと引きさがる。

「ダイオは?」

 とたんに、フギンの表情が曇った。

「死んだかもしれない。わからないんだ」

 ぎらり、と鋭くフギンの目が光る。

「くそっ、エヴァンスの野郎! 次こそぶっ殺してやる。殺すだけじゃ飽きたらねぇ。腹かっさばいて、目玉えぐりだして、馬のケツにつないでそこらじゅう引きずりまわしてやる!」

「フギン」

 そっと、フギンの腕をとった。

「アラーハの、予言どおりになっちゃったね」

(復讐することで、俺たちの中で欠けるものはあるにしても、得るものは、なにもないと思わないか)

「私ね、ジンから、ことづてをされたの。フギンが〈戦場の悪魔〉に引っぱられないための、杭になってくれって。〈戦場の悪魔〉に引っぱられるって、憎しみに流されて、復讐するとか殺してやるとか、ずっと考えてるってことじゃないの? それが悪魔の形をとるんじゃないの?」

 フギンが、ぎょっとしたような目つきをした。ナウトとシガルは話していることの意味がわからないらしく、顔を見あわせている。

「頭目からことづてって、どうやって?」

「夢の中で。でも、本当にジンが生きていて、私と同じものを見ていたら、同じことを言っていたと思うの。だから、私は、杭としてあなたを止めたい」

 フギンの腕を握る力を、ウラルは強めた。

「やめて。復讐なんて。私、アラーハに会いたい。今は私、あのときのアラーハと一緒のことを思ってるから。復讐なんて、本当にまっぴら」

「でも、ダイオに申し訳がたたない」

「何度も痛い目を見ているのに、まだわからないの? お願い、やめて」

 胸元のペンダントをにぎりしめた。

 守って、ジン。

 ちょんちょん、と服のすそを引っぱられた。

「なぁに、ナウト?」

「僕も、言われたんだ。『ことづて』。ウラル姉ちゃん宛て」

「誰に?」

「緑の目の、おばあちゃんとお兄さん。昨日、西広場に行ったら言われたの」

「おい、そいつって」

 フギンの顔色が変わった。ミュシェとシャルトルだ。

「おばあちゃん、言葉がわかんないみたいだったから、お兄ちゃんが通訳してくれたの。ウラル姉ちゃんに伝えてほしい、って」

「何もされなかったか?」

「なんにも。言うね。『後悔だけはしないでください。それはとても卑怯なことです』」

 言って、一仕事終えたとばかりにナウトがにっこりした。

「ナウト、お前、こうやっていつも仕事をしているんだな」

「うん。このごろはフギン兄ちゃんがたくさんお金くれるから、何にも困ってないんだよ」

 シガルも弟分の仕事を見れて嬉しそうににっこりするが、ウラルとフギンは複雑な心境だった。ずばっと今の状況を言い当てられてしまったのだ。

「あと、スケッチブックは見せてもらいましたって」

 ウラルはうなずいた。あの絵でわかっただろうか。ミュシェはどう解釈したのだろう。

 フギンが、ゆっくりと長い息を吐いた。

「俺、このまま行かなかったら、絶対後悔する」

「私は、行ったら後悔するよ」

 フギンがウラルを軽くにらんだ。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ。少なくとも、ダイオが生きてるか死んでるかは確かめなきゃ」

 それも、そうだ。だが、ダイオの安否を確かめるだけのつもりでも、ちょっとでもエヴァンスが視界に入ったら、フギンは黙っておけないに違いない。

「では、私とナウトが行ってきましょう」

 申し出たのは、シガルだ。

「私はフェイス将軍の揮下でしたが、ダイオ将軍にもお世話になりました。私にも、何かできることがあれば。ウラルさんにも静養が必要です」

「俺が行かなくちゃ、意味がないんだ」

 ひとつ案を思いついて、ウラルは手を打った。

「じゃあ、こうしましょ。シガルとナウトが行ってダイオが無事に見つかったら、しばらく様子を見ましょう。ダイオは大怪我をしてるんだから簡単には動かせないでしょう? 機会を待って、助け出す」

「ダイオが死んでいたら?」

「死んでない」

 断言してからウラルは顔を伏せた。夢は夢だ、いくら説得力があったとしても。死んでいるかもしれない、けれど生きていてほしい。

 何かを言いかけたフギンを制し、シガルが二人の間に割って入った。

「話をお聞きした限り、すべては様子を見てから。私が言えることといえばこの一言に尽きます。それから話しあえばよろしい。場所はナウトが知っていますね?」

 シガルが立ちあがった。身の軽い人だ、今から行く気らしい。ナウトもぴょこんと立ちあがる。

「俺も行く」

「だめです。あなたは休まれたほうがよろしい。もちろん、ウラルさんも」

 ぴしゃりと言われ、フギンも返す言葉を失ったようだ。

「では、行ってきますね。必要があればこの部屋のものを適当に使ってください」

 にこりとほほえみ、シガルはきびすを返す。ナウトがちょこちょことシガルの足元にまとわりつきながら外へ出て行った。ぱたん、と軽すぎる音をたててドアが閉まる。

 ダイオ。本当に生きていてほしい。マライに続いてダイオまで失いたくはない。失血死してもなんらおかしくない深手だったはずだ。ダイオの血に染まった手が目に浮かび、ウラルは身震いした。金に輝くアサミィを握り締めた真っ赤な手……。

「アサミィ」

 ウラルは慌てて腰をさぐった。横になっていたベッドも見た。ペンダントはある、けれどアサミィはあの時ダイオがにぎったまま。

「どうしたんだ?」

 ジンの形見は、失われてしまった。



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