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第一章 1「夕暮れの丘で」 上

 ウラルは赤ん坊の亡骸を永遠の眠りにつく母親の胸にそっとおいた。手で土をかぶせていく。横で見守っていた男がシャベルで土を運んでくれた。

 村の裏手にある大きな丘だった。子どもたちの遊び場、動物たちの放牧場、そしてウラルにとってもお気に入りの場所だった丘。そこに今、村人たちを葬っている。

「お前、名前は?」

「ウラル」

「ウラルか。俺はジン・ヒュグルだ。義勇軍の頭目をやっている」

 ジン、とウラルは小さく呟く。やっとこの人の名前が聞けた。

「この子のこと、本当に気の毒だったな」

「私の子じゃないの。友達の」

「ああ、それで」

 ジンが赤ん坊とその母親の墓を見やる。妙だとは思っていただろうに、彼は何も聞かずに穴を掘り、二人の埋葬を手伝ってくれていた。

 丘の土は掘り返されたばかりでやわらかく、種をまく直前の畑のようだった。土のかけられた遺体の上には石が乗っている。磨かれてもいない、名前も彫りこまれていない自然の石だ。これが村人たちの墓石だった。

 ウラルは無骨な墓標の前の上にナタ草の花を置いた。別名を時草という、一日で赤、橙、黄、黄緑、緑、青、藍、紫の八色に色をかえる花だ。今は青、夕暮れの色に染まっている。

「みんなに風神のご加護を」

 小さくうなずいたウラルの顔を、ジンが煤まみれの顔でのぞきこむ。それからシャツの裾で手をよくぬぐうと、ぽんと大きな手のひらをウラルの頭の上に置いた。

「明日になったら隣村へ行こう。どこに誰を埋めたか覚えていてくれ。そして、隣村へ逃げ延びた人に教えてほしい」

 よくも知らない人にしては親密すぎる仕草だったが、不思議と嫌悪感はなかった。黙ってされるがままになっているウラルに、ジンもまたじっと動かない。髪をなでるでもなく、黙ってぬくもりを伝えてくれるだけ。

「頭目ぅー! なにオンナノコの弱みにつけこんで言い寄ってるんスかー?」

 おちゃらけた声に振り返ってみれば、昼間のフギンがシャベルをかついで立っていた。まくりあげられた袖から赤い牡牛の刺青がのぞいている。

「不純なことしてるみたいに言うなよ」

「不純なことだろ、会って間もないオンナノコとそんな接近しちゃってさ。こんなオッサンなんて彼女も嫌だろ」

「誰がオッサンだ」

「四十間近だろ? 釣り合わないって」

「俺はまだ三十二だ!」

 そこでやっと、二人はぽかんと見つめているウラルに気づいたらしい。顔を見合わせ、照れくさそうに頭をかいた。

「こんな場で不謹慎すぎるよな、すまなかった。ウラルは何歳だ?」

「二十二」

「お、じゃあ俺とちょうどいいんじゃないか? 二十四歳だよ、俺」

「お前しばらく黙ってろ」

「名前」

 やっと自分から口を開いたウラルを二人が驚いた様子で見つめた。

「名前、フギンっていうの?」

「あ、うん。俺はフギン・ヘリアン、乗馬の腕は超一流でも心はまだまだ少年さ。好きな食べ物は肉全般」

「なに食べ物の好みなんか語ってるんだ、お前は心も体もガキだろうが。ちょうどいい、〈スヴェル〉全員を呼んできてくれ。ウラルに紹介しよう」

「名前はウラルっていうんだな? わかった!」

 あっという間にフギンの姿が遠ざかっていく。おそろしく足の速い男だった。そして声のばかでかい男だった。「〈スヴェル〉全員集合ー! 頭目がウラルちゃんに紹介するってさー!」と走りながら叫んでいる。

「まったくあいつは」

 ジンが呆れ顔でフギンの背中を見送っている。

 フギンの呼びかけにこたえて、ジンと同じような呆れ顔の男らが集まってきた。最後にぶらりとやってきた大男は陶芸窯からジン、フギンと一緒にウラルを救い出してくれたアラーハだ。

 こうしてみると本当に大きい。女性としては平均身長があるウラルだが、それでも目線の高さはアラーハのみぞおちくらい。規格外に大きな男だった。けれど首が長く均整の取れた体つきをしていて、ウスノロの印象はなかった。その上、他の者のような野良着ではなく毛皮を身にまとっている。

 まるで獣だ。思わず目をそらしたウラルの視線が、隣に立っていたジンの視線とかちあった。

「紹介する。アラーハはわかるな?」

 ジンの紹介に、アラーハがふっと目元を和ませた。和ませているはずなのだが、視線を向けられただけで思わずたじろいでしまう。

「心配するな、こう見えてびっくりするほど優しい男なんだ。フギンの隣にいるのがリゼ」

 若い男が「リゼ・スーク。伝令です」とウラルにほほえんだ。小柄な男で、背丈はウラルとさほど変わらない。体にぴったりした服を着ているからそう見えるのかもしれないが、下手をするとウラルより細いのではないだろうか。

「その隣がマライ」

 大柄な若い男が「よろしく」と人懐っこい笑みを見せた。短い髪、ごつごつした拳、野良着の袖や裾からのぞくたくましい腕や足。どう見ても立派な男だが……。

「その顔、気づいたみたいだね。そう、私は女だ。やっぱり男と女じゃ見てるところが違うんだね。ちぇ、こんなに早く見抜かれるのは久しぶりだよ」

 胸もごつい革の胸当てで覆われているし、声を聞かなければウラルもわからなかったろう。マライは愉快そうに笑ってみせた。

「次がサイフォス」

 立派なあごひげの男が「サイフォスだ」と軽く手を挙げた。薄汚れた野良着に身を包んだ、堂々たる体格の中年男。ジンが主将ならサイフォスが副将なのだろうか。優しそうだが貫禄がある。

「それから参謀のイズンと軍医のネザだ」

 見るからに家柄のよさそうな痩身の男と、見るからに偏屈そうな猫背の男が進み出た。年のころはともに三十代後半から四十代くらい。

「村のこと、本当にお気の毒でした。僕らにできることがあれば何でも言ってください」

「後から俺のところに来るといい、念のため診察してやろう」

 二人のセリフにウラルは黙って頭を下げた。

「ほかのやつらは〈ゴウランラ〉という組織の者で、明日の朝になったら帰ってしまう。俺たちだけでは力不足だから加勢に来てくれたんだ。明日はこの八人でウラルを隣村まで送っていくからな」

 ジンの声にここに集まらず黙々と墓堀りをしてくれている三十人ばかりを見回し、ウラルはうなずいた。

「よし、じゃあウラルは残りの花を頼むな。あとの者は墓掘りを頼む。ああ、イズンとネザはテント建てに回ってくれ」

 はいよ、と七人がきびすを返した。

「あ、待って!」

 ウラルの声に七人が振り返る。

「私はウラル。ウラル・レーラズです。助けに来てくれて本当にありがとうございました! その、私だけ自己紹介してないから……」

 七人、いや、ジンを含めた八人がきょとんとし、顔を見合わせ笑った。

 ジンが軽くウラルの背を押す。ウラルは再び体格のいい男らに囲まれていた。紅一点マライのたくましい腕に抱きしめられ、フギンにわしわし髪をなでられて。

「ほんっと辛い目にあったね。もう大丈夫だから安心するんだよ」

「おいマライ、そんなきつく抱きしめたら窒息するだろ」

「肋骨が折れたらいくら俺でも治療に苦労する」

「ばか、ちゃんと加減してるよ! あ、でもウラル、痛いかい?」

「正直フギンの手の方が……。舞った灰がすごく目に入るの」

「うわ、ごめん! そんなつもりは!」

「人を不純よばわりしておいて自分はそれか?」

「茶化さないでくれよオカシラ!」

 明るい笑い声。ウラルもつられて笑おうとして、頬の筋肉ががちがちにこわばっていることに気がついた。

「ウラル、どうした?」

 なんでもないと首を振る、とたん、なぜか目の前がぼやけた。

「わからない。気が抜けたのかな……?」

 ぼろりと頬を涙が伝う。膝からも力が抜け、よろめいたところをマライががっしり支えてくれた。

「今は泣け。必要なことだ」

 そっとジンがウラルの頭の上に手のひらを置く。それでこらえきれなくなった。

 ウラルは泣いた。



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