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風神の墓標【初稿版】  作者: 白馬 黎
外伝・番外編
143/147

「はじめて会ったとき、彼は」 上

本編の3年前、ジンとフギンの出会い編。ネタバレなし。

 なじみの酒場で仲間と飲んでいたフギンは顔に風が当たるのを感じて顔をあげた。夜もそれなりにふけたこの時間帯、新しく酒場に入ってくる者はそういない。ドアを見ると案の定、見慣れない客が立っていた。

 さっきまで騒がしかった酒場がしんと静まり返ってしまっている。男に向けられる好奇の視線。だが当の男は動じた風もなく、ゆったりとしたしぐさで着ていた黒マントをコートかけにかけカウンターに座った。背おっていた皮袋を足元におろせばドサリと鈍い音がする。たっぷり荷物のつまった音。どうやら旅でもしているらしい。

「おやじさん、ピルス・ナービア(黒ビール)」

「一見さんには、うちの酒は高いよ」

 男の口元がゆるんだ。

「いいさ。また何度か来ることになると思う」

 おやじが口をへの字に曲げピルス・ナービアの栓を開いた。

 男が財布の紐をとき、銀貨を一枚、ビール一杯にしては法外な金をカウンターに置く。

「エルダ盗賊団と関係のある者を探している」

 男の様子を見守りながらウォッカをあおっていたフギンの周りで三人の仲間の目がぎろりと光った。

「ピルス・ナービア、銅貨十枚だよ。うちは」

 おやじが銀貨を押し戻すのが見えた。どうする、と盗賊団の三人の仲間がフギンに目配せしてくる。

「旅の兄ちゃん」

 内心ほくそえみながらフギンは男に呼びかけた。

「エルダ盗賊団の関係者のところ、連れてってやろうか」

「本当か?」

 男がこちらに歩み寄ってきた。カウンターの上に銀貨は置きっぱなしだ。

 近くで見ると男はかなりの長身だった。小柄なフギンより頭ひとつ高い。冬服を着ている上からでもそうとわかるほど筋骨隆々としており、腰には使いこまれた長剣がさがっている。治安の悪いエルディ地区をひとりで旅するだけの自信を、その剣と、剣ダコができた硬そうな手の平があらわしていた。

「おうよ」

 相手をまずったか、と思ったが仲間の手前だ。引くことはできない。三人のごつい仲間の姿を目の端にとらえてフギンは自分の弱気を笑いたくなった。そうだ、こちらは四人。いくら強い相手でも、こちらには人の利も地の利もある。負けるはずがないのだ。

「今から行けるか」

「誰に会える?」

「あんたの望む相手に。エルダ盗賊団の関係者に会いたいんだろ?」

 男はすいとフギンの仲間を見渡した。立ちあがろうとする三人をフギンは手で制す。

「お前らはもうちょっと飲んでろや」

 フギンと男が酒場を出てから奇襲しろということだ。仲間が「こころえた」とばかりににやりとし、ジョッキを高く持ちあげた。

「行こう、兄ちゃん」

 男がうなずき、カウンターの上でそのままになっていた黒ビールを一気に飲み干した。ジョッキの横にあったはずの銀貨は消えている。

 酒場の外へ出る。酒場の裏の細い山道をフギンは男とふたり、登りはじめた。

「お前、名前は?」

「フギン。あんたは?」

「ジンだ」

 半月のほかに明かりはないがジンの足取りはたしかだ。滑りやすいし勾配も急、慣れない者にはそこそこ険しい道なのだが、息を荒げる様子もつまずくような様子もない。

「何歳だ、おまえ」

 どうやら普通に話す余裕もあるようだ。

「二十一、だよ」

 仲間がついてくるか、ちゃんと気配を殺して先回りできているか、と、あたりに気を配りながらフギンも答える。

「八つ違いか。俺は二十九だ」

 まるで古い知り合いにでも話しかけるような軽い口調だ。リーグ国でもっとも治安の悪いと評判のエルディ地区、夜の岩山、盗賊のフギンとふたりでよくこんな話ができるものだ。よほど肝が据わっているのか人を疑う心がないのか。もっと若いと思っていたが、三十路か、とフギンは内心で思った。

 からり、と上の道から木の実が落ちてきた。合図だ。

 フギンは立ち止まる。

「どうした?」

「あの灯りだ」

 山の上にある無関係の民家を指す。

「先方が警戒するとまずい。武器、ここで置いてもらおうか」

 ひとつ上の道の上で先回りした仲間の三人が待っている。ジンの底光りのする目が、じっとフギンの目を見つめてきた。さすがに武器を手放すのには抵抗があるか。

「剣をここに置けばいいのか」

 黙ってフギンがうなずくと、ジンは剣帯ごとはずして地面に置いた。あまりの潔さにフギンのほうが唖然としてしまう。

「これでいいか」

「いいのかよ? そんな、あっさり」

 ジンが無言で目を細めた。

 フギンの視界からジンが消えた。矢が音を立てて岩のあいだに刺さる。威嚇射撃。

(あの馬鹿、早すぎる!)

 心の中で叫ぶフギンに構うことなく雄たけびあげて三人の盗賊が襲いかかった。ジンの武器はフギンの足元だ。

(もっと武器から引き離してから襲うもんだろうが、普通!)

 ひとりの剣が丸腰のジンを襲う。ジンは危なげなくそれを避け、かわしざまその右肘に手刀を叩きこんだ。痛みに取り落とした剣を奪った瞬間にジンはふたり目と対峙している。鍔と柄を握る手の微妙な隙間を剣で打ち、ふたり目の剣を跳ね飛ばすと同時にこぶしで鳩尾を一撃。そのまま鋭く背負い投げた。三人目はジンが最初の矢を避けたときに放り出していた荷物をつかむや仲間を助けもせずに逃げ出している。

 あまりの腕前にぽかんとなり逃げることも戦うことも忘れていたフギンは、仲間が全員気絶するか逃げるかしてしまってからやっとジンとふたりきりで取り残されたことに気づいた。吹きだす冷たい汗をこらえながらそろりと足を後ろに踏み出す。勝てる相手ではない。そろり、そろり。

 ジンが気絶しているふたりの盗賊に歩み寄り、ご丁寧にあごの位置を整えてやっているいる。奪い取った剣も、それぞれの鞘に返してやる。そこまでやって自分の剣帯をつけ、それから逃げようとするフギンをまっすぐ見た。

 きびすを返し、全力でフギンは逃げ始める。追ってくる足音は聞こえない。追う気がないのかと気をゆるめた瞬間、足に何かがからみついた。横転し、足元を見るてみればジンの鞘がからからと乾いた音をたてて転がっている。

 慌てて立ちあがろうとしたが、追いついてきたジンがフギンの手を押さえた。フギンがふところに隠し持っていた短剣できりつける。が、お見通しだったらしくジンはフギンの襟首をつかみ鋭く背負い投げをきめてきた。受身を取る暇もなく堅い岩肌にたたきつけられる。息がつまったところを馬乗りになられ、今度こそ身動きがとれなくなった。わめきながら手足をばたつかせてもいっこうにジンは降りる気配がない。

「降りろ! 降りろって!」

「お前が暴れないなら、降りる」

「わかったから! 降りろってば!」

「逃げないな?」

 ジンがゆっくりと離れた。逃げようとしてもこの状況では逃がしてもらえそうにない。今よりもうちょっと隙を見たほうが得策だ。フギンはその場にあぐらをかいて座りこみ、ジンを見あげた。

 月明かりの逆光。漆黒のマントは闇に溶け、ジンの白い顔がぼうっと白く浮かびあがっている。その顔に険しさはなく、むしろ知りあいの子どもがイタズラをしでかした後のような、あきれるような、ほんの少し笑っているような顔をしていた。

 ジンも冷たい岩肌に座りこみフギンと目線をあわせる。そこでフギンはジンから血のにおいがしないことに気づいた。返り血をまったく浴びていないのだ。あの乱闘の中で手加減をしていたらしい。

「酒場に戻らないか?」

「荷物、どうすんだよ」

「財布は別にしている。心配するな。おごってやるよ」

 ジンに手を貸され立ちあがる。ジンの手はごつく、骨ばっていて、硬かった。やはりかなりの手練れだった。

「何なんだよ、あんた」

「酒場で話そう」

 半ば小突かれながら二人で歩き出す。

 酒場に戻ると銀貨を取り返しに来たと思ったのだろうか、仏頂面で酒場のおやじが出迎えた。常連の好奇の視線を目で威嚇しながらフギンはカウンター席に着く。ジンもマントを脱いでカウンターに座った。

「俺はピルス・ナービア。お前、何飲む?」

「マスター、いつものやつ」

 うさんくさげな顔つきでふたりをながめていた酒場のおやじは、ジンが銅貨十枚をカウンターに出すと「あいよ」と重々しく返事をした。

 すぐに黒ビールとウォッカのウィスキー割りがカウンターに置かれた。

「ずいぶん強そうなのを飲むんだな」

 フギンはぐっと熱い酒を口に運んだ。

「なんなんだよ、あんた」

 ジンはほほえみながら黒ビールを口に運ぶ。

「ジン・ヒュグルだ」

「そりゃあんたの名前だろうが。どこの誰で、何の目的をもって、何をしてるんだって聞きたい。うちの頭目に何の用なんだよ」

 ジンが軽く目を見はった。

「エルダ盗賊団の関係者の知りあいじゃなく、お前が関係者か。これは手間がはぶけた」

「だから何なんだよ、おっさん」

「誰がおっさんだ」

「三十路なんだろ」

 ジンは一瞬、きょとんとし、それから大声で笑いだした。スパーン! と小気味いい音をたて頭をはたかれる。

「二十九だ、俺は!」

「いってぇな」

 頭をさすりながらフギンはなんとなく頭をはたき返してやりたい衝動にかられた。本当に知り合いのおじさんを相手にしているようだ。

 ひとしきり笑ってからジンは真顔になり、フギンに向き直った。

「俺が何者か、か。俺はちょっと前に〈スヴェル〉という組織を立ちあげた。最近どうも軍の様子がおかしい。家畜を大々的に盗んだり、娘をさらったり。村を堂々と襲うこともある。俺たちには、それが許せない」

「そんなごたいそうな組織の大将が、盗賊の大将に何の用なんだよ」

「仲間を探している」

「盗賊だぞ、俺らは」

「徴兵無視と、脱走兵」

 フギンはぎょっとなって、ジンの顔を見返した。

「お前も、どちらかなんだろう?」

 たしかに盗賊のほとんどは徴兵無視で村をおわれた者か脱走兵だ。仲間の大半もそれだし、さっきの三人もそうだった。

「俺は違う。ちっちぇえ赤ん坊のとき山に捨てられたんだ」

「それは、悪いことを聞いた」

 ジンが軽く頭をさげるようなしぐさをする。

「いや、あんた頭下げるような立場じゃないだろ。やめてくれよ。軍をぶちのめすのかい?」

「場合によっては」

「そりゃあいい。敵の敵は味方ってわけか」

 盗賊団の仲間も軍に何人も殺されている。恨みは充分にあった。

 ジンがかぶりを振る。

「違う。俺は国を変えたい。略奪におびえる村が、人が、いない国家になってほしい。国民を守る立場であるはずの軍がそんなことをやっている。非力かもしれないがそれがまかり通っているのなら誰かがおかしいぞと声をあげなきゃならない。そうしなければどんどん状況が悪くなる。そのための仲間を探している」

「いや、だから俺ら盗賊だって。まっとうな暮らしたててる連中に迷惑かけるのが仕事なんだよ。そんなご立派なこと言われても、だな」

「盗賊だってやりたくてやっているわけじゃないんだろう? 綺麗ごとだとはわかっているんだけどな」

 ジンは苦笑し、はずかしげに頭をかいた。

「せめて俺の話を脱走兵の仲間にでもこっそり耳打ちしてくれないか。無理に来いとは言わんから」

「いや、もうちょっと大々的に集められないの? 仲間って。わざわざこんな危険な目して盗賊に声かけなくってもさ」

「えらく盗賊というところにこだわるんだな」

 面白がるような口調に、自然フギンの顔がすねるような、子どもじみたものになる。

「物心ついたときから盗賊だから」

 ジンが何を思ったか、ふっと笑った。

「盗賊も人間だろうが」

「まっとうな人間じゃないぜ」

「お前の中ではそうなんだろうさ。俺にとっては大差ない」

「なんだよそれ。大多数の人間にとっては盗賊は人でなしの代表だぞ?」

「いろいろな考え方のやつがいるということだ。八日後、またこの酒場に来る。来そうなやつがいたらそう伝えてくれ」

 ジンが黒ビールを飲み干した。フギンもウィスキーのウォッカ割りを口に流しこむ。

「そうだ、前から気になっていたんだがなぜ盗賊団の名前が『エルダ』なんだ? 女の名前だろう」

 それはよく聞かれる。盗賊らしくない名前だ。

「『エルダ』は人の名前じゃない。うちの盗賊団の団長の愛馬の名前なんだ」

「馬?」

「うん。伝説の名馬。団長がどっかの大富豪の厩舎から盗んできたらしいんだ。団長とエルダが出た狩り、いわゆる盗賊の仕事ってやつだけど、一度も失敗したことがなかったらしい。その俊足でどんな獲物でも逃さなかった。軍が出てきたときは一頭で全部の馬を引っ張ってめちゃくちゃな速さで追っ手をまいた。エルダ盗賊団の団員はみんなエルダみたいな名馬に出会うことを夢見ているんだ」

「エルダ盗賊団はすぐれた山岳騎馬隊だと聞いたが」

「そんな団長を持ってる盗賊団がのろまだったら格好つかないだろ?」

 あったりめぇよ! とフギンは胸を張った。

 カタ、と音をたて、黒ビールがなみなみと入ったジョッキと干し肉とチーズを切ったものがテーブルに置かれた。

「銀一枚で出せるのはこれだけだ」

 酒場のおやじがジンの空になったグラスを洗いはじめる。これでも銀貨一枚の対価としては安すぎる品物だが、ジンはにやりとおやじに笑いかけた。

「一晩語り明かせってことかい、おやじさん?」

「どうとでも解釈してくれ。俺は金持ちさんが好きなんだ」

 おやじが乱杭歯むきだして笑い返した。フギンもジンに笑いかける。どこかで逃げ出そうと思っていたことはすっかり忘れていた。


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