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第二章 1「散る同士」 上

 フギンには乗馬を、リゼにはムールの乗り方を教えてもらい、マームとは一緒に料理を作ったり家事の手伝いをしたりして過ごした。

 ときどきジンらのもとに使者がきて男らが戦に出ていくことがあった。ジンはもう無理にウラルを連れていこうとはしなかったが、ウラルは毎回アラーハに守られながら、戦を見ていた。北にも南にも、頼まれればどこへでもジンらは向かった。

 外から馬蹄の音が聞こえて、ウラルは皿をふく手を止めた。マームが怪訝そうな顔をして二階の窓から外をのぞく。はじめてウラルがこの隠れ家に来て、こうやって外をのぞいていたマームと顔をあわせてから、半年がすぎようとしている。ウラルは皿を食器棚にしまい、テーブルをふいた。来客らしい。

 馬蹄が家の前で止まる。しばらく間をおいてノックの音が聞こえた。

「どうぞ、入って」

 マームが呼びかけると、お邪魔します、と若い男の声が返ってきた。

「お久しぶりです、マームさん」

 リビングのドアを開けた男が疲れのみえるほほえみを浮かべる。男は汚れたコートと帽子を壁にひっかけ、皮袋をせおいなおした。マームが生ゴミを放りこんでいる暖炉の上に手袋をしたままの手をかざす。軽装ではあったが、少なくとも数日間は馬を走らせてきたようだった。

「ユル! どうしたの? 元気だった?」

「おかげさまで。マームさんもお変わりなさそうですね」

 ユルと呼ばれた若者はマームに会釈し、ウラルに「あれ?」とばかりの視線を向けた。まじまじと若者を見ていたウラルはあわてて目をそらせる。

「彼女は?」

「リタ村の生き残りよ。ジンがつれてきたの」

「ウラルです」

 ユルはウラルにも軽く会釈をする。

「ユルです。お気の毒でした」

 歌語りの人みたいだな、と思いながらウラルも軽く頭をさげた。

「今回はどうしたの?」

「ああ、そうだ。大変なことになりました。総大将はどこにおられますか?」

「部屋にいるはずよ。隣の家の、一階の、一番奥」

 またユルは会釈して、リビングを出ていった。本当に、歌語りの人のように。

 手際よくキッチンを片付けるマームの横顔には困惑の色がうかんでいた。

「さっきの人は?」

「北の国境を見張っている人たちの連絡係」

「そんな人がいるんだ」

 ウラルは布で拭いた皿を食器棚にもどし、手を暖炉にかざした。昼間は暖炉をつけなくてもいいほどだが、夜の水は手をひたせば全身に震えが走るほどつめたい。

「ありがと、ウラル。もう休んでちょうだい」

 ありがとう、と返してウラルは部屋のドアを開けた。マームはカゴからパンを出し、軽食の準備をしている。

「お茶、あの人にだよね? 持っていこうか?」

「いい? お願い」

 ウラルは芋が入ったカゴにたてかけてあった盆をとり、その上にいい香りのする茶と軽食を乗せて、リビングを出た。

 三つの小さなランプがてらす階段を降り、片手だけで盆を持って、あやうく茶をこぼしそうになりながらドアを開ける。玄関のそばに打たれた杭に馬がつながれていた。足元の草を食べつくしてしまった馬がものほしそうにパンを見つめる。

「これは、あなたのご主人の。あとでワラをあげるからね」

 ウラルが言っても馬は首をのばしてくる。ウラルは背を向けるようにして馬の横をとおり、隣家のドアを苦労して開けた。ついさっきまでマームといた家と基本的なつくりは同じだが、こちらの家は一階建だ。あちらの家では階段がある場所から光がもれていた。ジンの部屋だろう。

「そうか。相手はどれくらいだ?」

 半開きになったドアのむこうからジンの声が聞こえてきた。

「わかりません。今のところ、リーグ兵千五百が常に待機の状態です。それほど相手が多いのかと思いましたが、相手は主に夜襲を使っている様子で。日中でも全力を出しているとは思えません。相手がどれくらいの力を持っているのか、まったく把握ができない」

「お前はどう思う?」

 そうですね、とユルは口ごもる。ドアの前についたウラルは、片手で盆を持ってドアをノックした。

「ああ、ウラル。どうしたんだ?」

「お茶、持ってきました」

「ありがとう」

 ユルが盆をウラルから受け取り、笑いかけた。ウラルも笑みを返す。ジンは部屋の奥の椅子に座って、深刻そうな顔で何かを考えこんでいた。ウラルはふたりに軽く会釈してドアを閉めた。

 こうやってジンはウラルの村のことや、アラス村のことを知ったのだ。またどこかの村が襲われたのだろう。

 ウラルの後ろでドアが開いた。

「ウラル、リビングに全員を集めてくれ。みんな、それぞれの部屋にいるはずだ」

「わかった」

 カタン、と音を立ててドアが閉まった。で、どうなんだ、と言ったらしいジンの声が聞こえたが、ドアがぴたりと閉まったせいかよく聞こえなかった。

 ジンに言われたとおりウラルは全員の部屋をノックし、リビングに来てほしいと伝えてまわった。

「どうしたんだ?」

 リビングの隣、ウラルの部屋の向かいのドアをノックすると、ランプの明かりで本を読んでいたらしいサイフォスが聞いてきた。

「ジンが全員をリビングに集めてほしい、って」

「珍しいな。大将、たいてい自然にみんなが集まっているときに言うのに。それ以上のことは言ってなかったのか?」

「ごめんなさい、それ以上は何も知らないの」

 階段からリビングに通じるドアが開き、リゼとマライが入ってきた。つぎつぎと男たちが集まってくる。フギンとアラーハを除く全員が集まってからほとんど間をおかず、ジンとユルが入ってきた。

「全員そろってるか? ん、フギンがいないな」

「フギンは部屋にいなかったの。アラーハはどこに部屋があるのかもわからなくて。呼んでない」

「アラーハはいいんだ。フギンは馬の様子を見にいってるんだろう。みんな、突然集まってもらって悪かった」

「お久しぶりです、皆さん。ネザさん、お元気そうで何よりです」

「久しぶりだな、ユル。元気だったか?」

 ユルは笑い、おかげさまで、と答えた。

「さ、ユル。座れよ」

 ジンとユルがそれぞれ席についた。

「北の国境で大きな戦があった。リーグ兵が千五百も出兵している。しかも、王都から二千の追加出兵がなされたらしい」

「三千五百の兵?」

 整えられたあごひげをなでながらアキナスが聞きかえす。

「ああ。何百年もコーリラとリーグは小ぜりあいが絶えていないが、五百や六百の追加はあっても、千単位の追加出兵は珍しい。どうやらコーリラ国でなにかあったらしいな。三千五百の追加出兵を裏付けるような、とんでもないことが」

 ジンが一度話を切る。マームが茶を入れたカップをジンの前に置いた。

「ありがとう、マーム」

「どういたしまして」

 マームも予備の椅子を出してテーブルにつく。カタン、と音を立ててドアが開いた。フギンがドアを開けた姿勢のまま立ちつくしている。

「へ? どうしたの?」

 間の抜けた声をあげるフギンに、やっと来たな、と低いジンの声が答えた。

「すまないが、マームとウラルは席をはずしてくれ」

「え、どうして?」

 反論しようとするマームにサイフォスが渋面を向けた。「何かあったのか?」と小声でイズンに尋ねながらフギンも席につく。

「マーム。何か理由があるんだ。頭目のことだから悪い意味ではないさ」

 もう、と頬をふくらませてマームが立ちあがる。ウラルもこの場に残りたかったが、何も言わずに立ちあがった。

 部屋に帰っても壁が薄いので、リビングでの会話は丸聞こえになってしまう。ウラルは階段をおりて玄関にいる馬のもとへむかった。

 馬はウラルの顔を見るとまた物ほしそうな顔をして、前足で地面をかいた。ウラルは適当にそのあたりの草をむしり、馬にやった。

「待ってて。もっとたくさん持ってきてあげるからね」

 馬はもっしゃ、もっしゃ、と音をたてて草を食んでいる。

 二階の窓を見あげると、何かの説明をしているらしいジンの後ろ姿がわずかに見えた。大声をだせば家の外まで聞こえるが、静かに話す程度なら何も聞こえない。少し残念に思いながら、ウラルはワラを取りに餌置き場へむかった。



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