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第一章 5「戦ってはならない戦」 中

     **


 夕方、釈然としない様子のラザに見送られ、ウラルたちは帰路についた。マルクはどうやら一仕事終えて、ウラルたちが来たら一緒に帰っていいという許可を得ていたようだ。メイルとまた二人きりで帰ったら道中何を言われるかわかったものではないから、ウラルは心底ほっとした。

 外は見晴らしがよかった。フランメ町とフェラスルト河が一望できる。町と川の間になにか黒っぽい筋のようなものが見えるが、何なのだろう。昨日帽子屋から町を見おろしたときにはなかったと思うけれど。

「〈ジュルコンラ〉に戻ったら」

 歩きながらの声に振り返ると、メイルがウラルをまっすぐ見据えていた。

「あなたのことをフギン様にお尋ねするつもりです。構いませんね?」

「ええ。ただ何をどの程度話していいのか、私には判断がつかないだけだから」

 ウラルが動揺するのを予想していたのか、メイルが怪訝そうに眉をひそめる。ウラルは苦笑を浮かべてみせた。

「私のせいでフギンまで疑われるとは思ってなかった。たしかに私は怪しい存在かもしれない。でも……」

「私はフギン様に全幅の信頼を抱いています」

 きっぱりとした声にウラルは首をかしげてメイルを見た。マルクもきょとんとしている。

「フギン様の信頼を受けているあなたも悪人だとは思わない。ただ、あなたはなんだか気に食わない。それだけです」

 つんとそっぽを向かれ、ウラルはなにがなんだかわからず目をしばたいた。マルクがいきなり腹をかかえて笑い出す。

「なにがおかしいんですか!」

「いやー、ほんと正直だなぁと思ってさ。いろんな意味で」

「悪いですか」

「いいところ半分、悪いところ半分ってとこだな。とりあえず普通は言わない」

 にやっと意味深な笑みを浮かべたマルクをメイルがにらみつける。平手打ちでも食らわせてあげましょうか? マルクが両手をあげて降参のポーズをした。

「でも、私はちょっと悲しいな」

 ウラルは軽くメイルに笑ってみせた。

「私、半分はフギンに会うためにここへ来たんだけど、もう半分はあなたに会うためにここへ来たの。だから嫌われるのはすごく寂しい」

「私に、ですか?」

 そう、同じ〈風神の墓守〉に。そう答えかけ、あわてて口をつぐんだその時。

――ウラル、聞こえるか。

 いきなり耳の奥にジンの声がして、ウラルは耳に手を当てた。マルクとメイルが怪訝そうにウラルの顔を覗き込む。

「ウラル? どうした、何か聞こえたか?」

「ごめんマルク、少し黙っていてくれる? すぐ説明するから」

 マルクが戸惑いを色濃く浮かべた瞳でウラルをじっと見つめている。メイルはといえば、もう完全に不審者を見る目だ。

――〈壁〉の方で動きがあった。百人近くのリーグ人が橋を渡ってこの町へ向かっている。ほぼ全員が〈壁〉を作っていた人夫だ。

「〈壁〉の向こうから人が、ですか?」

 マルクとメイルがぴくりと反応した。さすがに聞き捨てならない台詞だったのだろう、「いったい誰と話しておられるんですか」と詰め寄りかけたメイルを、ウラルが話している相手を察したらしいマルクが血相を変えて止めた。

――工事が終わったから町へ行く許可を出すと言われたようだが、どうも様子がおかしい。爆笑していたかと思えばいきなり殴りあいの喧嘩が始まる、かと思えばいきなり道端に倒れて眠り込む。おそらくほとんどが麻薬中毒者だ。

「そんな。この町へ入ってきて大丈夫なんですか」

――大混乱になるのは間違いないだろうが、あれはリーグにはない薬だ。具体的にどうなるかは俺にもわからない。俺はもう一度、様子を見てくる。お前は〈ジュルコンラ〉に戻って火神に連絡の取りやすい位置で待機してくれ。

 風神の声は人に憑依した状態の火神に届かない。ウラルら〈墓守〉を通じるしかないのだ。

――メイルにはお前が俺の声を聞いているということは説明して構わない。だがフギンのことは火神本人ではなく、お前と同じように火神の声を聞いているとでもごまかしてくれ。できるだけ何も話さないでほしい。頼んだぞ。

 突風とともに耳の奥の声が遠ざかった。

「マルク、大至急フギンに伝えて。一番足の速いあなたが行くのがいいと思う。私たちもすぐに後を追うから」

 ウラルは急いで風神に言われたことを伝えた。ウラルの相槌で大体の内容はわかっていたのかマルクはすぐに理解してくれた。が。

「女の子ふたり残していけるか! 急いで禽舎に戻るぞ。伝書鳩を飛ばす」

「私は〈ジュルコンラ〉に戻らなきゃならないの。フギンのそばで待機するようにって指示を受けてるから」

「なんだって」

「マルク、とにかく一刻も早く急を伝えて。急いで伝えなきゃ何もできないままあの人たちが来ちゃう。見て、川のほう。あの黒い筋みたいに見えるの、〈壁〉の向こうの人たちじゃないの?」

 マルクがそちらを見、ぎょっと肩をこわばらせた。さすが巨鳥乗り、目はかなりいいようだ。

「メイル、話は聞いてたろ? 禽舎に行って伝書鳩を飛ばしてくれ。俺はウラルと一緒に〈ジュルコンラ〉へ戻るから!」

 メイルは医師、読み書きもできるはずだ。水を向けられ、メイルが固い顔で後ずさった。

「わかるな? 〈壁〉の向こうから百人弱の人が出てきて、この町に向かっている。ほとんどが麻薬中毒者らしく様子がおかしい。警戒されたしと、ヘリアン様宛てでそう書いてくれ」

「どうして彼女の言い分を信じるんですか?」

 固い声。マルクはわけがわからないらしく顔をしかめた。メイルの顔が青ざめる。

「いきなり立ち止まって声が聞こえると言い出した、そんなわけのわからないものを、どうしてあなたは無条件に信じられるんですか?」

 ウラルの頭がおかしいと言いたいらしい。マルクの顔に納得が浮かび、ついでいらだちが浮かんだ。どうする、と言いたげにウラルを見やるマルク。メイルの綺麗な顔が歪む。

「メイル。許可が出たから明かすけど、私は……」

「すみませんが私は帰らせてもらいます。ついていけない」

 ウラルが言い出したのを聞きもせずメイルは身をひるがえし、ものすごい勢いで路地に駆け込んでしまった。

「メイル!」

 思わずマルクと顔を見合わせる。この非常時にいきなり一人で駆け出すなんて。

「追おう。一人にしちゃまずい」

 二人して急いで追ったが、メイルの足は女とは思えないほど速かった。マルクは始めこそウラルを気にしていたものの、置いていかれそうになると慌ててスピードをあげた。ウラルは長旅の疲れもあって息が続かない。あっという間に置き去りにされてしまった。

「悪人だとは思わない、でも狂人だとは思う。近づきたくない。そういうこと?」

 メイルが消えていった方へ話しかけてみる。むろん答えは返ってこない。いくらメイルの足が速く土地勘があるといっても、男のマルクにはかなわないはずだ。もういい加減追いついているだろう。

 息を整えつつ家々の間から町を見下ろした。黒い筋はかなり町に近づいている。

「ごめんマルク。私、行くね」

 マルクもウラルの考え方くらい分かっているはずだ。止める人がいなくなれば、ウラルは一人で〈ジュルコンラ〉へ向かう。どうかメイルの時のように追ってこないで。本当に急用なのだから、急いで禽舎に戻って伝書鳩を飛ばして。ウラルは祈りながら再び駆け出した。


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