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第一章 4「火神祭」 下

     **


 五人で酒場を出た。まだ遅い時間でもないし、ハシゴでもするものかと思いきや、ジンはさっさと昼間馬を預けた貸し馬屋へ向かって歩いていく。イズン、ネザ、マライの三人も門限は明日のはずだが、どこかに泊まる気はなさそうだ。楽しそうに雑談しながら、ジンについていく。

「ねえ。私のこといつまで男と思ってた?」

 ふいにマライが話しかけてきた。ほんのりと顔が赤い。どうやら心地いい程度に酔っているらしかった。

「すぐに気づいたよ。びっくりしたけど」

「本当に?」

「声でわかった」

「ああ、なるほど」

 すんなり納得したのがおかしくて、声を立ててウラルは笑った。マライもゆったりと笑みを返してくれる。

「男どもはたいてい気づかないんだけどね。やっぱり女と男は、違うな」

 マライがくるりと自分の短髪をなであげた。気づかなくて悪かったな、とジンがマライの肩を小突く。

「そうそう、大将は半年近くも私を男と信じて疑わなかったんだよ」

 本当か嘘かにわかには判断がつかなかったが、えらく期間が具体的なことといい、ジンが苦笑してすぐに引っこんだことといい、どうやら本当らしかった。

「マライはどうしてそんな格好してるの? 前から気になってたんだけど」

 ちらりとマライが苦笑をもらした。

「えらくあっさり聞くんだな」

「聞いちゃいけないことだった?」

「いいや、ぜんぜん。はじめは女と思われて、なめられないために男装してた。女は黙って見てろ、って言われるのが嫌だったんだよ。そのうち男装のほうが板についちまった。この通り、いかつい体だからね。むしろ女物のサイズを探すほうが難しいくらいだったのさ。動きやすいし、これでいいと思ってる」

「さっきはありがとう。すごく男前だったよ」

「そりゃどうも」

「さ、淑女のおふたりさん。そろそろ前を見たらどうですか?」

 紳士口調のイズンにうながされて前を見る。大鹿亭のある裏道を抜け、メインストリートに入る。道自体が、ぼうっと赤く輝いていた。

 火神祭の締めイベント、ファイヤー・ロード。

 何十、何百という数のランタンに火がともされて、道に置かれ、壁にかけられ、建物と建物の間にかけられたロープにつるされる。それ以外はなんでもない道なのだが、なぜかしみじみとくるものがあった。

 祭りのフィナーレだというのに、誰もこの道では騒がない。小さく笑いながら、小声で会話を楽しみながら、ゆったりと通り過ぎていく。そんな、道だった。

 ウラルは空を見あげた。リゼのムールがゆったりと旋回している。空から見物とは優雅なものだ。

 ふっとアラス地区での戦場が目に浮かんだ。あのムールも戦場で隊列を組み、投げ槍を持ったリゼを乗せて、飛んでいた。

「ねえ。どうしてこんな戦争が起こってるの?」

 夏祭りの聖火でぼうっと赤く飾られた道。きれいに飾られ、みんなが笑いながら過ぎていく光の道。

 なぜか、今はそれが、たまらなく切なかった。

「おえらい方々の言い分はわからないから、俺が思っていることを話そう」

 ウラルの呟きにちょうど隣にいたネザが応じてくれる。

「ここ何年か、どうもコーリラ国の様子がおかしい。もしかするとひどい内乱か何かがあって、国が滅びかけているのかもしれない。だがコーリラ国は、リーグ国もそうなのだが、相手国との仲が悪いうえ誇りをとても重んじる国だから、たとえ国が滅びかけていたとしても、最後まで相手に助けを求めないことにしているらしい」

 ゆったりしたネザの口調が、ウラルに考えるゆとりをくれた。

「国境のリーグ兵は、何も知らされていなかったとしても、その緊張感に浮き足立つ。その憂さ晴らしとして村を襲っているんだ。村が襲われはじめたのも、うちの大将が〈スヴェル〉を立ちあげたのも、ここ数年のことなんだよ。コーリラ国がおかしくなりはじめてからだ」

 ネザはウラルにわかりやすいよう、内容を噛み砕いて話してくれているらしい。おかげで半年前まで村の中のことしか知らなかったウラルにも、なんとか形が見えてきた。

「大きなものっていうのは変なもんで、一箇所が堕落してしまうと、全部が堕落していってしまう。北でこんなことがあった、じゃあ俺たちもつらいし北のまねをしてみよう、ってやつが出始めるわけだ。南の地区の村まで襲われているのは、おそらくそのせいだよ。今となってはリーグ軍全部がそんな始末なんだ。それに僕ら一般人が反乱を起こしているわけだよ。黙っちゃいられないからな」

 ウラルはそっとうなずいた。 ファイヤー・ロードのランタンの炎が静かに揺れている。これは、弔いの聖火なのだ。さっき酒場に運ばれた聖火と同じ。

「どうして、みんな戦うの?」

 ウラルの問いかけに、次は、マライが答えた。

「女は戦いに参加するな、とはよく言われてきたけれど、女だからっていうだけで戦えない理由にはならないだろう。私たちも平和を願っているし、そのために何かをやりたい。私は母よりも妹よりも、まわりにいる女たちの誰よりも背が高くてごつくて頑丈だった。だから、私は女の代表として送り出されたんだ」

「つらく、ないの?」

 つらいよ、と静かな声が返ってくる。

「私はきっと、子どもを抱けない。こんな血ぬれの手で抱こうとしても、おびえるだけでしょ。だから、ウラルみたいな女が安心して子どもを抱けるように、私は戦ってるんだよ。ネザも、ジンも、イズンも、それぞれ理由があって戦ってる」

 ウラルはまた、そっとうなずいた。ジンとイズンの優しい、しかし厳しい目が、前からちらりちらりとウラルを振り返る。

「不思議。とても心が落ちつく」

 この光がウラルの村を焼きつくした火と同じものとはとても思えない。

「火がゆらめくのって、そうだよな。私も、こんなことをはっきりと人に話したのは初めてだよ。普段なら、絶対に言わない」

 ファイヤー・ロードのランタンは街はずれの門まで続いていた。メインストリートではかなり豪華だった飾りつけは、まず空のランタンが消え、壁のランタンが消え、やがては道の両端にぽつぽつとあるだけになって、門を境に、ぷつりと途切れた。



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