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ライトオブクラウン

不慮の寵姫

作者: SUN3
掲載日:2026/05/21



アデリーナは、何も望まないことを選んだ少女だった。


それは諦めではなく、反抗だった。


何も欲しがらない。何も決めない。何も感じない。


そうすることでしか、自分という存在を守る方法を知らなかったからだ。



ヴァルツェン公爵家は、由緒正しい家だった。


かつて王家の姫を降したこともある血筋であり、その誇りは言葉ではなく空気として、家の隅々にまで染み込んでいる。


だからこそ、礼儀作法には一切の妥協がなかった。


それは教育というより、矯正に近いものだった。



アデリーナは、生まれた時から整えられていた。


立てば背筋を伸ばす。


歩けば歩幅を揃える。


食器は音を立てない。


視線はまっすぐに保つ。


声は大きすぎず、小さすぎず。


笑わない。


怒らない。


悲しまない。


すべては決められていた。


そこに理由はなく、ただ「そうあるべきだ」とされていた。



幼い頃、何度か意思を示そうとしたことがある。


「あの花が欲しい」


だが返ってきたのは、穏やかな否定だった。


「アデリーナお嬢様。お嬢様は物を欲しがってはなりません」



「見て。お花を描いたの」


差し出した紙も、受け取られることはなかった。


「アデリーナお嬢様。紙を無駄にしてはなりません」



その時、理解した。


望むことには意味がない。


表現することにも意味がない。



だから、決めた。


何もしないと。



それからのアデリーナは、人形になった。


命じられれば笑い、命じられれば泣いたふりをする。


家族が集まる場でも。


誰かが死んだ時でも。


そこに、アデリーナの意思は存在しなかった。



やがて婚約が決まる。


相手は王太子だった。


それは名誉であり、義務であり、選択の余地はなかった。


「貴方のような美しい方が婚約者に決まり、嬉しく思います」


王太子はそう口にしたが、その言葉には実感が伴っていなかった。


あらかじめ用意された、貴族の定型句に過ぎなかった。


「私も、賢いと聞く殿下の婚約者となれて光栄です」


アデリーナも同じように返す。


それ以上の言葉は続かなかった。


お互いに、相手へ関心を持つ理由がなかったからだ。


それでも問題はなかった。


それが正しい形だったからだ。



学園に入る。


環境は変わったが、アデリーナは変わらなかった。


何もしない。


それが、彼女にできる唯一の反抗だった。



やがて、王太子に別の女ができた。


アデリーナは何も思わなかった。


だが、周囲はそうではなかった。


王太子に近づく存在は排除される。


それは当然の流れのように行われた。


陰湿に、静かに、確実に。



少女は追い詰められた。


そして、王太子と共に死んだ。


心中だった。



アデリーナは、それを聞いても何も感じなかった。


(何も感じてやるものですか)


その思考だけが、かすかに自分のものだった。


(私は何も決めない。それが、私の反抗)



だが、状況は止まらない。


王太子が失われたことで、王家は継承を強く求められることになった。


ヴァルツェン公爵家は応じた。


王家との結びつきを保つために。



アデリーナは、差し出された。


王の寵姫として。



彼女にとって、それもまた変わらない。


何も感じない。


何も決めない。


それが、自分の在り方だった。



王と過ごす時間は、すべて他者によって与えられたものだった。


言葉を交わすことも、庭を歩くことも、夜を共にすることも、アデリーナ自身が望んだものではない。ただ、その場にいることを求められ、それに従っているだけだった。


それでも周囲は、それを「寵愛」と呼んだ。



ある日、忠告を受ける。


「女王陛下を蔑ろにしてはなりません。国王陛下を独り占めにしすぎです」


責めるような声だった。


だが、アデリーナには理解できなかった。


それは自分が選んだことではない。王が決めたことをなぞっているだけであり、そこに自分の意思は一切存在しない。であれば、責められる理由も、改めるべき点も存在しないはずだった。



アデリーナは何も言わなかった。


何も言わないことこそが、自分の唯一の選択だったからだ。



その日、階段の上に立っていた時も同じだった。


背後に人の気配があることには気付いていた。


だが、振り返る理由を持たなかった。



次の瞬間、強く押された。


身体が前に投げ出される。


視界が傾き、足場が消える。



手を伸ばせば、手すりに届く距離だった。


掴めば助かった。


それは理解できていた。



だが、アデリーナは手を伸ばさなかった。



何もしない。


それが、自分の選んだ在り方だったからだ。



身体は段を打ちながら転がり落ちていく。


衝撃が重なり、音が響き、やがて強く頭を打った。



痛みは、すぐに遠のいた。



意識が薄れていく。



(何も決めない)



それだけが残っていた。



(それが、私の反抗なの)



手足の感覚が消えていく。


冷えていく。



アデリーナは最後まで、何も選ばなかった。



それが、彼女にとっての最後の意思だった。


この短編は、乙女ゲームのバッドエンド絵師、ゲーム世界に転生する 〜バッドエンドしかない世界で、運命を捨てる〜の中に出てくるゲームの内容です。


次が最終章です


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