不慮の寵姫
アデリーナは、何も望まないことを選んだ少女だった。
それは諦めではなく、反抗だった。
何も欲しがらない。何も決めない。何も感じない。
そうすることでしか、自分という存在を守る方法を知らなかったからだ。
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ヴァルツェン公爵家は、由緒正しい家だった。
かつて王家の姫を降したこともある血筋であり、その誇りは言葉ではなく空気として、家の隅々にまで染み込んでいる。
だからこそ、礼儀作法には一切の妥協がなかった。
それは教育というより、矯正に近いものだった。
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アデリーナは、生まれた時から整えられていた。
立てば背筋を伸ばす。
歩けば歩幅を揃える。
食器は音を立てない。
視線はまっすぐに保つ。
声は大きすぎず、小さすぎず。
笑わない。
怒らない。
悲しまない。
すべては決められていた。
そこに理由はなく、ただ「そうあるべきだ」とされていた。
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幼い頃、何度か意思を示そうとしたことがある。
「あの花が欲しい」
だが返ってきたのは、穏やかな否定だった。
「アデリーナお嬢様。お嬢様は物を欲しがってはなりません」
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「見て。お花を描いたの」
差し出した紙も、受け取られることはなかった。
「アデリーナお嬢様。紙を無駄にしてはなりません」
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その時、理解した。
望むことには意味がない。
表現することにも意味がない。
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だから、決めた。
何もしないと。
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それからのアデリーナは、人形になった。
命じられれば笑い、命じられれば泣いたふりをする。
家族が集まる場でも。
誰かが死んだ時でも。
そこに、アデリーナの意思は存在しなかった。
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やがて婚約が決まる。
相手は王太子だった。
それは名誉であり、義務であり、選択の余地はなかった。
「貴方のような美しい方が婚約者に決まり、嬉しく思います」
王太子はそう口にしたが、その言葉には実感が伴っていなかった。
あらかじめ用意された、貴族の定型句に過ぎなかった。
「私も、賢いと聞く殿下の婚約者となれて光栄です」
アデリーナも同じように返す。
それ以上の言葉は続かなかった。
お互いに、相手へ関心を持つ理由がなかったからだ。
それでも問題はなかった。
それが正しい形だったからだ。
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学園に入る。
環境は変わったが、アデリーナは変わらなかった。
何もしない。
それが、彼女にできる唯一の反抗だった。
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やがて、王太子に別の女ができた。
アデリーナは何も思わなかった。
だが、周囲はそうではなかった。
王太子に近づく存在は排除される。
それは当然の流れのように行われた。
陰湿に、静かに、確実に。
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少女は追い詰められた。
そして、王太子と共に死んだ。
心中だった。
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アデリーナは、それを聞いても何も感じなかった。
(何も感じてやるものですか)
その思考だけが、かすかに自分のものだった。
(私は何も決めない。それが、私の反抗)
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だが、状況は止まらない。
王太子が失われたことで、王家は継承を強く求められることになった。
ヴァルツェン公爵家は応じた。
王家との結びつきを保つために。
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アデリーナは、差し出された。
王の寵姫として。
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彼女にとって、それもまた変わらない。
何も感じない。
何も決めない。
それが、自分の在り方だった。
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王と過ごす時間は、すべて他者によって与えられたものだった。
言葉を交わすことも、庭を歩くことも、夜を共にすることも、アデリーナ自身が望んだものではない。ただ、その場にいることを求められ、それに従っているだけだった。
それでも周囲は、それを「寵愛」と呼んだ。
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ある日、忠告を受ける。
「女王陛下を蔑ろにしてはなりません。国王陛下を独り占めにしすぎです」
責めるような声だった。
だが、アデリーナには理解できなかった。
それは自分が選んだことではない。王が決めたことをなぞっているだけであり、そこに自分の意思は一切存在しない。であれば、責められる理由も、改めるべき点も存在しないはずだった。
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アデリーナは何も言わなかった。
何も言わないことこそが、自分の唯一の選択だったからだ。
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その日、階段の上に立っていた時も同じだった。
背後に人の気配があることには気付いていた。
だが、振り返る理由を持たなかった。
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次の瞬間、強く押された。
身体が前に投げ出される。
視界が傾き、足場が消える。
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手を伸ばせば、手すりに届く距離だった。
掴めば助かった。
それは理解できていた。
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だが、アデリーナは手を伸ばさなかった。
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何もしない。
それが、自分の選んだ在り方だったからだ。
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身体は段を打ちながら転がり落ちていく。
衝撃が重なり、音が響き、やがて強く頭を打った。
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痛みは、すぐに遠のいた。
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意識が薄れていく。
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(何も決めない)
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それだけが残っていた。
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(それが、私の反抗なの)
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手足の感覚が消えていく。
冷えていく。
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アデリーナは最後まで、何も選ばなかった。
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それが、彼女にとっての最後の意思だった。
この短編は、乙女ゲームのバッドエンド絵師、ゲーム世界に転生する 〜バッドエンドしかない世界で、運命を捨てる〜の中に出てくるゲームの内容です。
次が最終章です




