忘れ物・4
自分はそれほど濡れなかったが、問題は人形のほうである。
服はすっかり濡れているが、仕立てはしっかりしたものなので、これなら洗濯機でも洗えそうだ。半袖のシャツのボタンを外し、Tシャツ、ハーフパンツと下着を脱がせて一応洗濯ネットに入れ、全自動洗濯機に放り込む。革製の靴はひとまず脱がせて、脱衣カゴの中に置いた。
頭部がアンティーク調の造りなので、胴体は水に弱い詰め物があるのではと心配したが、そこは意外や塩ビのような耐水性が見込まれる素材で出来ていた。手足の関節も球体で動かせるようになっていて、いったい いつ頃の時代に作られたのか見当がつかないが、どうやら片手でも洗えそうなのはありがたい。バスルームで30分ほどかけ、陸は その男の子の人形の身体から髪までを洗い上げた。
すっかり綺麗になった人形をバスタオルに包んでリビングのラグの上に横たえ、丹念に水気を拭いてやる。こうして見ると本当に精巧に作られた人形で、ソコにはちゃんと、男のモノまで付いている。
ガラス玉に描かれた茶色の瞳は心なしか嬉しそうに陸を見上げていて、彼は ふと、『施設』を出る時に自分を見送ってくれた弟分たちのことを思い出した。嬉しそうに、誇らしげに自分を送り出してくれた連中を、すっかり裏切ってしまったことに 胸が痛まないわけではないが、今は もう、彼らも相応に歳をとった。憧れるものがあるのなら、自分の手足で近付いて行けば良い。その道しるべくらいには、俺もなれたと陸は思う。
時計を見れば もう昼も近い。人形の手当ては ひとまず これくらいにして、朝昼兼用に食べるものを見繕うべく、陸は立ち上がり、キッチンに向かった。その為 陸は、次の瞬間、その人形がぴくりと動き、不思議な光を放ち始めた光景を、見逃してしまうことになった。
ちょうどその頃、七生の行方を探す為、謎の女キリヤは1人、陸と夏美が住むマンションの付近を歩いていた。
キリヤの持つ懐中時計は、表面の時計の針を止めれば七生を人形の姿に変えることができ、裏面は方位磁石になっていて、その針は七生の居場所を指し示す、不思議な力を備えたモノだ。磁石の針に導かれ、ここまで歩いてきたキリヤだが、目の前のゴミ集積所の看板から収集日が今日であることを知り、少し焦る。
「…やだ~、もしかして夢の島~?、」
磁石の反応がこの辺りを示していて、ここに人形になっているはずの七生がいない以上、誰かが どこかに持って行った可能性を考えなければならない。それが よりによって夢の島とは…と、キリヤが溜息をついた瞬間、手にした懐中時計から、キン!と冷たい金属音が鳴り響き、止まっていた秒針が動き出したのである。
「―ちがうわ…!、これは…、」
キリヤは もう一度方位磁石を見、その針の指し示す方向を確かめた―。
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