忘れ物・2
「―困ったね、宅配便の料金も最近ちょっと値上がりしちゃってね、これじゃ少し足りないのよ。」
七生が飛び込んだ先のコンビニの、親切そうなおばさんはそう言って、気の毒そうな顔をした。
「…困ったな…、忘れていった、この眼鏡が無いと困るから、急いで送ってって頼まれたんです、」
クッション封筒を買って、あと足りないのは30円。七生はなんとか喰い下がってみる。
「…そうねぇ…、」
すると、奥のほうにいた若い男の店員が、
「着払いにしたらどうです? それなら1円もかかりませんよ?」
と、おばさんに囁いた。
「―ああ、そうねぇ、その手があったわ!、どう?僕? この『送り状』は書き直してもらうけど、それなら すぐ送れるわ。それと、相手のお兄ちゃんには『着払いで送った』って、電話で知らせておいてね?、」
「はい! わかりました、ありがとうございます!、よろしくお願いします!」
七生が行儀良くお礼を言うと、おばさんは微笑んで、
「眼鏡なのよね、じゃあこの『ワレモノ注意』のシールを貼っておくね、」
と、快く七生の荷物を引き受けてくれた。
―不思議な中でも不思議なことなのだが、このコンビニのおばさんのように、お互いに名前も知らない、これまでに面識のない大人なら、今の七生に対しても、普通に親切に接してくれる。おかげで七歩と2人になっても、お店で食べ物を買うことはできて、この3カ月を生き延びることができたのだ。その点から言うと、アキラお兄ちゃんは微妙なポジションで、やはり七生達のことを忘れている心配もあるのだが、なぜだか七生には、妙な確信があった。
―アキラお兄ちゃんなら、きっと大丈夫―
コンビニを出たところで緊張の糸が切れてしまい、七生は道端にへたり込んだ。
それでもこれからのことを考えなければいけない―。
まず 眼鏡が無くなったことにキリヤが気づいたら どう誤魔化すか―?
すると、いつの間にか降り出していた雨から七生を庇うように傘をさしかけてきた1人の青年がいた。見るとそれは、制服を着た警察官だった―
「―きみ、こんなところでどうしたの? 具合でも悪いのかな? 学校は―…?」
その声は あくまで優しく、決して七生を咎めるつもりもない、善意にあふれ言葉だということは分かる。
「何か、困ったことでもあるのかな…?」
そのひと言に、七生はなぜだか泣きそうになった。それでも、今の自分の困りごとを打ち明けるべきは この人ではない―七生はそう思い、
「―ごめんなさい―!」
そう言って、さしかけられた傘から、七生は逃げ出した。
「―あ、待ちなさい!、怖がらなくていいんだよ―?、」
その声を振り切るように、ただ追いつかれないよう、来たことがない道でも構わずに、夢中になって七生は走った。
大切な眼鏡が失われたことにキリヤが気づいたのは、ちょうどその頃だった。
「―七歩、私の眼鏡を知らない? たしかに洗面台の上に置いてたはずなんだけど…。」
「―知らないよ。私 ずっと ここにいたもん。」
相変わらずリビングのソファーの上で、七歩は本の虫を決め込んでいる。
「そうね…」
そしてキリヤは視線を移した玄関に、七生のランドセルが置かれていることに気づいた。
「―あらあら、七生の仕業なのかしら? …まったく、何をしたところで無駄な抵抗ってことが、まだ分かっていないのねぇ?、七生には―」
言いながら、キリヤはスーツの内ポケットから銀色の懐中時計を取り出し、その竜頭を、親指の爪で弾いた。カチッと鳴った音を最後に、時計の針は動きを止める―。
時を同じくして、見知らぬ街をあてもなく走る七生に異変が起きた。彼は突如 雷に撃たれたような衝撃に見舞われ、そこから一歩も動けなくなった。
「…あ…、うっ……!」
どうしようもなく胸が苦しくて、七生はその場にうずくまる。すると どこからか白く強い光が差してきて、七生は目を開いていられなくなり、パキッ…!という音を耳元で聞いたのを最後に、彼の意識は失われた。
住宅街の道端に、男の子の人形がひとつ、そぼ降る雨に打たれ転がっている―。
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