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X-it《エグジット》人をモノに変え、モノを人に変える、相反する力を巡る神々と人々の攻防  作者: 向愛 水哉
第1章 The X-axis

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序《ことのはしり》・魔の蔵

0.ことのはしり


その話を最初に語ったのは誰なのか―?


今は知る術も無いが、


東京じゅうの あちらこちらで まことしやかに囁かれる


その噂には、信じるに値する証拠が無い訳ではなかった。



―欲深き者は いわずもがな、

カタチに すがる者、価値に囚われる者は いずれも決して

その手を逃れることは出来ない―。


―やがて その手は この街の、すべての者に及ぶのだという―


―最初に犠牲になったのは、一軒の質屋だった―。



しかし 最初の語り手が、最も重きを置いたのは、


―これが『神』による行いなのだということ―



それ故 この風聞は、『質屋神の話』という名を得、

とある一部の人々に、伝え継がれて ここに至る―――





1. 魔の蔵



「―本当に2億も夢じゃねぇのか?」


仁科総司(にしなそうじ)は2メートル前を歩く「キリヤ」と名乗る女性の背に問いかける。


「―あなたなら見込めます。」


 整った顔立ちに微かに浮かんだ笑みは美しいが、どこかゾッとするような冷ややかさを感じさせる。街路灯に照らされた、眼鏡の奥のその瞳は、どこか青みがかっていることに仁科は気づく。


 振り向いたのは その一瞬で、女は再びピンヒールの靴音を響かせて歩き始めた。こんな風に もう3キロは歩いて来た。


 ―年齢は20代後半から30前半といった辺りか―。出るところは出て、括れるところは括れている。きっちり結い上げられた髪も、艶めいて美しい―いい女だ―と仁科は思う。


 この女と仁科が知り合ったのは、ほんの1時間ほど前―。


 この夜の仁科は荒れていた。コンプライアンスがどうので、上役から厳重注意を受けたのだ。


―俺らの代には無かったことだ―。


 要領の悪い、イラつく新人を少々罵るくらい何が悪い?―時代が求める変化は時に理不尽で、行き場の無い憤りを酒で流そうとしていたところ、この女に声をかけられた。曰く、自分は ある質屋の主人から頼まれ、新規に始めた事業に使えそうな人材を探している―と。それが どんな事業かは場所を変えて話すということだったが、その提示された報酬の額から、あまり真っ当な事業ではなさそうなことは察しがついた。


―2億は固いのだそうだ。


 にわかには信じがたい、堅物そうなこの女のくだらない冗談なのかと最初は疑った額だが、


―世の中あるところにはお金はあるものだ―


という説得に つい乗せられてしまった。

普段の仁科なら踏み止まったかもしれないが、この夜の彼には自棄になっているところがあった。


―どうせ こうして呑む為遊ぶ為に稼ぐ金だ、実入りは多いほうが良い―。


禿げた上司の説教を喰らいながらの仕事より、この綺麗な姉ちゃんについて行く方がよほど良い―。


 いざとなれば、腕に物言わせて状況を打開する自信も仁科にはあった。

40を超えた今、腹回りのぜい肉はいささか増えたものの、その下には過去に鍛えた筋肉がある。仁科には柔道部に所属した経歴があり、180近い長身とがっしりした体格、重い体重で、現役時代はそう簡単に投げられることはなかった猛者の部類である。


 もし質屋の主人の新規事業とやらが、昨今流行りの架空請求詐欺や強盗の類だとしたら、この際 自分がその指示役にとって代わるのも良し、仮に その2億の報酬が出まかせの空手形だったとしたら、その時はこのキリヤの身体に償いを求めるのも良いと、仁科はそんな考えを抱いていた。


「―ここです。」


繁華街から4キロほど歩いたところで、キリヤは立ち止まり、目の前の、古風ではあるが小奇麗な、瓦葺の店舗の屋根に掲げられた看板を指し示した。

『万城目屋』と書かれている。仁科には読めなかったが、これは《ひえぬきや》と読む。


 「―どうぞ―」


 さすがに質屋は閉店している時間で、店舗脇の、白い漆喰の塀に設えられた庇の下の扉を開け、キリヤは中へと仁科を招く。辺りの様子を窺いながら、仁科はキリヤに続いたが、見渡したところ、歩道からの視界を遮る白い塀はだいぶ長く、それに囲われた庭はかなり広い。前方右手に質屋の主人の住まいと思しき2階建ての瀟洒な母屋があり、左手には、塀と同じ白い漆喰で塗られた昔ながらの土蔵が見える。


 「どうぞ こちらでお待ちください―。」


そう言って、キリヤが仁科を案内したのは、白い土蔵のほうだった。


「靴は履いたままで結構です―。」


 言われなければ、土足は躊躇われたほど、土蔵の中は壁も床も天井も、全てが白く、清浄な光が満ちた空間だった。


―自分は何か、思い違いをしてしまったのではないか―?


 仁科の中を、不安がよぎる。素材が何かは分からないが、輝きを放つほど磨かれた壁や床や天井は、果たして ここに来るまで自分が想定したような稼業を働く者達に、用意出来るものだろうか―?


「―ここにいらしてくださいね。私は主人を呼んで参ります―。」


「―あ、ああ…。いったい どういう御仁なんだい?、あんたの主人という人は…、」


急に心細くなった仁科は、蔵の外にいるキリヤに尋ねた。


「―ご心配には及びません。万事滞りなく進めて参ります―。」

「―そ、そうか…、」


キリヤはその細腕で、重そうな土蔵の扉を意外なほどの力強さで素早く閉めた。


〈―これで あなたは望むモノになれますよ―〉


少しくぐもったキリヤの声が、扉の外から聞こえた。


「…なんだそりゃ…?、どういう…」


仁科が呟くや否や、突然床がせり上がり、同時に天井が猛烈な速さで仁科に迫り落ちて来た。


「―なんだこりゃ―!? 吊天井か―!?」


自慢の腕で必死に天井を押し返そうとした仁科だが、それはあまりに重く、加えて熱いと感じるほどの熱を帯びていた。押し潰してくる天井と、せり上がってくる床に挟まれ、更には目を開いていられないほどの強く白い謎の光に包まれ、断末魔の叫びを上げる間もなく、仁科は意識を失った。


 「―見立て通りね―。上手くいったわ。」


 重い土蔵の扉を開けて、そこに積まれた札束の山に、キリヤは頬を綻ばせる。


 札束は人間の形―仁科総司の形に積み上がっていた。総額2億は超えているだろう。


 彼は自らが望んだ『遊ぶ金』に、その姿を変えられたのだ。


「最近は こういう人が多くて助かるわ~。」


言いながら、キリヤは札束の山を薄汚れた帆布の袋2つに分け入れる。物理的に分けられてしまえば、仁科総司が元の姿に戻ることは最早不可能になるのだ。


 土蔵の扉を閉め、帆布袋の札束の中から1枚、一万円札を抜き取ると、キリヤは自分の胸ポケットにそれを収めた。黒い雲の間から顔を出した上弦の月が、青白く彼女の頬を照らす。踏み石をピンヒールで鳴らしながら母屋に戻って来るキリヤの姿を、2階の窓から苦々しく見下ろす1人の少年の姿があった。


 彼の名前は万城目七生(ひえぬきななお)。質屋『万城目屋』の7代目となる11歳の小学5年生だ。


 3カ月前、彼らの前に突如現れ、彼の生活を一変させてしまった謎の女キリヤを、世間は『神』の名を冠した都市伝説として語っていることなど露知らぬ七生は、彼女の所業は悪魔のものでしかないと、強い憤りを覚えていた―。



数多ある作品の中から本作をお選びくださり、 ここまで お読みくださった貴方様に心から深く感謝申し上げます。少しでも お気に召してもらえましたなら、幸甚の至りです。よろしかったら2話以降も、よろしく おつきあいください。

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