第五章:三頭政治
「で? 俺はナニを見せられてんだ?」
スズカが深夜遅くに訪ねてきたときにも、セリーヌとルークはまだベッドの中にいた。流石に衣服は整え、ルークは足元へと剣を置いていたが、それでも男女の情事の跡が色濃く残る寝室の気配にスズカは眉根を寄せる。
「……お忍びの恋ってやつですか? 女王様」
窓からひらりと降り立ったスズカは、剣を片手に立ち上がりセリーヌの背後へと控えるルークを気にしつつベッド上のセリーヌの髪にキスをする。
「いいえ、ルークは正妃よ。……第一正妃」
その仕草の思わぬ優しさに目を細めながらセリーヌは髪をするりとスズカの手から解いて部屋を横切ると長椅子へと寝そべる。
「第一……正妃?」
怪訝な顔で窓辺に座るスズカへとセリーヌは頷いて見せる。夜着の上から羽織っただけの薄い上着からは、その合わせから今にも乳房が露わになりそうで、スズカは自然とセリーヌの胸元から目線が離せない。
「そう。わが国では……海上では複数の妻を男も女も持てるのよ。海下層では違うの?」
「まずそんなに女の数がいねーからな。……全然違う世界の話に聞こえるぜ」
「そう、どこも人材不足なのね……」
「どこも……?」
「そう、人口減少ね。我が国での多妻制度も、実はそこからきているわ。島の総人口は数十年前から緩やかに減っていっている。当たり前だわ。父や祖父の治世では他所の島と交流も持たず、交易もしなかった。いえ、もっと前から人口減少の波は迫ってきていたのよ」
セリーヌは長椅子に深く身を沈め、扇の代わりに傍らにあったワイングラスを手に取った。
「……人口が減れば、この巨大な浮島を維持するメンテナンスも行き届かなくなる。今にこの島は、巨大な棺桶になって沈むわ。それは、私たち海上民だけじゃなく、あなたたち海下層民も道連れにするということよ」
スズカは毒気を抜かれたように、窓枠に預けていた身を起こした。
「あんた……そんなことまで考えてんのかよ。ただの贅沢な人形かと思ってたぜ」
「人形でいられたらどれほど楽だったかしらね」
セリーヌは琥珀色の瞳をスズカへと向け、不敵に口角を上げた。その視線は、単なる交渉相手を見るものではない。獲物を定め、値踏みし、捕らえようとする「支配者」の眼差しだった。
「スズカ。要求していた『女と食料』、与えてあげてもいいわ。……ただし、私たちが共に生き残るための対価として、海下層の腕利きの技術者たちを私の直轄に置きなさい。そして、私と手を組みなさい」
「……手を組む? どうやって。あんたの言う『海上民の常識』じゃ、俺たちはただの労働力だろ」
スズカの問いに、セリーヌはルークの手を借りて立ち上がった。薄い衣を揺らしながらスズカの目の前まで歩み寄ると、その逞しい胸板に細い指先を這わせる。
「私の夫になりなさい、スズカ」
「……は?」
「正式な名は、第三正妃。第一には、ここにいる私の魂の伴侶ルーク。第二には、近々迎える予定の大富豪ビクトル。そして第三に……島の心臓を、実働部隊を握るあなたを置くわ」
ルークの顔がわずかに強張るが、彼は何も言わずに控えている。スズカは信じられないものを見るようにセリーヌを見つめ、それから喉を鳴らして笑った。
「正気かよ。敵対してる連中の頭目を、自分の寝所に引き入れる気か?」
「敵だからこそ、私の腕の中に閉じ込めておくの。……海下層の若者たちの『不満』を、私の『愛』と『利権』で飼い慣らす。悪い話じゃないでしょう?」
セリーヌはスズカの首に腕を回し、その耳元で熱を帯びた囁きを落とした。
「私には、この島を立て直すための『手』が足りないの。……あなたの荒々しい力も、その指先の技術も、全部私のものにしなさい。そうすれば、海下層は私の庇護下に入り、飢えることも血が絶えることもなくなるわ」
スズカの瞳に、戸惑いと同時に燃えるような野心、そして目の前の女への抗いがたい欲望が混ざり合う。セリーヌはそれを見逃さず、彼の唇のすぐ近くで微笑んだ。
「これが私の『取引』よ。……断って無益な蜂起で死ぬか、それとも私の三番目の妻として、この島を共に支配するか。……選ぶのは、あなたよ」
セリーヌの指が、スズカの首筋を挑発するように撫で下ろす。彼女の瞳には、愛欲を超えた「島という巨大な盤」を動かそうとする女王の冷徹な野心がギラリと輝いていた




