第三章:第二正妃の降臨
その日の午後。セリーヌはシャルール侯爵家の息子、ビクトルの訪問を受けていた。
ビクトルは二十も後半の、今をときめく社交界の華だ。金髪に白い肌、翡翠のような瞳。細身に見える彼だが、意外なほどに鍛えられた肢体にはどんな女も……男までをも虜にする。数多くの浮名を流し、しかもまだ誰とも結婚していない。貴族たちの中でも莫大な資産を誇る侯爵家と縁を結びたがる者は多く、けれど本人は悠々自適と独身生活を満喫しているようだった。
「私との婚約というお話があると伺って、参りました」
微笑みを浮かべたビクトルはゆるりとそう切り出した。女王のプライベートガーデンに彼は貴賓として迎えられていた。バラの香りのするお茶に唇を浸すと、セリーヌもふわりと笑みを浮かべて切り返す。
「ええ、確かに。元来そういうお約束だったでしょう? わが一族と侯爵家は」
「……古の、古文書に書いてあるようなおとぎ話ですけれどね。最近では、ご縁がなかった」
「そのご縁を、また結び直したいと思ってはいけなくて?」
「……」
小首をかしげるセリーヌの仕草は恋も知らぬ純粋な少女そのもので、自身の婚姻を語っているとは思えないほどだった。ビクトルは内心ため息を吐く。女王からの「お召し」とあらば、良いも悪いもない。婚約の噂も社交界の隅々まで拡がってしまっている。年貢の納め時だろうか。けれどと、仮にも侯爵家の意地が顔を出す。
「しかし、女王陛下は既に……でしたよね?」
「ええ、ご存じのとおり」
ここにおります、と庭の隅へとセリーヌが声をかける。ビクトルが思わず立ち上がると、独特の歩き方でバラ園から姿を現したのは執事長のルークだった。
セリーヌの傍までゆっくりと歩を進めたルークは前もって知らされていたかのように、身を僅かにかがめた。立ち上がったセリーヌがその長身の首筋へと、腕を回す。ルークの片腕がそっとセリーヌの背を抱いて引き寄せた。
二人は身を重ね合い、当然のように顎先を傾け合ってキスを交わす。短くとも、親愛の情混じりの交接を終えると、セリーヌは身を固くするビクトルへと微笑んだ。
「……私は、既にこちらのルークと婚姻しております」
ルークの片腕へと身を寄せながら、逆方向の手をビクトルへと差し出す。
「驚くことではございませんでしょう? わが国では、男は無限に、女も三人まで妻を娶ることができる」
さあ、と促されて近寄りながらもビクトルは吐き捨てるように言葉を返す。
「私に……執事の下に、妾になれと申されるのか」
「いいえ、ビクトル様には第二正妃の位をと考えております。……私の妻に上も下もございません」
「どちらにしろ、あなたの傀儡となれと?」
「生涯の伴侶に、です」
権威を振りかざし、その柔らかな瞳でこちらを射抜いてくるセリーヌにビクトルは根負けしたかのように膝をついた。差し出された手を取り、その甲へと唇をつける。
「女王陛下の、御名のままに」
呟くと、嬉し気なセリーヌの声が上から振ってきた。
「結婚式は盛大に執り行いましょうね」
瞼を伏せたビクトルの額に、セリーヌはそっと唇を押し当てた。




