第二章:船底に蠢く火
舟形をした巨大な浮島、それに名はない。
人々はただ我らが島とだけ呼ぶ。地上……海上では数百の貴族たちに数千の従者たち、更に数万を超える農夫や漁民たちが、木々が根付き、大陸と然程変わらぬ自然と街の中で暮らしている。
海下層と呼ばれる場所は、舟形の丸い底部にあった。百に満たない部族に分かれた数千の人々が船の燃料を調達し、船をメンテナンスし、魚を捕る。僅かな出来損ないの農作物が海上からもたらされるばかりが、海上民とのやり取りだ。いつの時代にそういうシステムになったのかは分からない。だが、蒸留した海水を奪い合い、陰干しした魚を焼いた匂いで充満する海下層部での生活は島の影でありながら中枢として存在し続けていた。
スズカはそんな海下層部で、船外メンテナンスを主に行う部族、スーラの族長の息子として生まれた。舟艇が巨大魚や波間を漂う古い船や古代遺跡の残骸、サンゴ礁などで傷を負うことは珍しくない。それを、スーラは直す。普段は板金技術を磨き、時に材料となる金属を取りに海へ機械とともに潜り、ついでにと漁をして帰る。
そんな毎日にスズカはうんざりしていた。仕事には満足していたが、部族や海下層民全体に広がっている薄い闇のようなもの。第一には貧困。第二には不足する人材。疲れ切った顔をする部族の、いや海下層民自体を見ているのがつらかった。
だから、若い青年たちを中心に組織された、反海上民のグループに自ら飛び込んだ。気づけば若者たちの頭目となっていた。
海上民は資源に富み、豊かな暮らしをしているという。
彼らにあって自分たちにないもの。
それを自分たちのものへ。
……できれば穏便にことを運べないものかと模索しながらも、自らの技術で武器や装備も着々と用意した。そして今日が決行日だった。
「どうだった、スズカ」
「首尾よくいったか」
皆が口々に聞いてくる。スズカは仲間たちの顔を一人一人見ながらふうっと満足げに溜息をついた。
「女王に謁見できた」
ざわっと歓喜と動揺が入り混じった興奮が仲間内に広がる。スズカはコンテナの上にどかりと座るとゆっくりと口にした。
「女王はこちらの意見を無碍にはしないと言っている。明日また、俺一人が行ってくる」
「……スズカ一人でか? 罠じゃないか?」
慎重派のアユが声を上げる。
「罠だったらまた人をやれば良い。そうだろう?」
アユへ笑顔を向けるとむくれたようにぷいっと顔を背けられる。
「そう、だけど……捕まるなよ」
「大丈夫だ。……とりあえず俺たちの要望は上へと通った。後は相手がどう出てくるかだ。度胸のある女王さんだぜ、こっちも万全で臨むぞ」
言いながらもスズカは、セリーヌの唇を思い出していた。
「……震えてはいなかったな」
こちらの方も楽しみだと、スズカは目を細めた。




