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浮舟のフィオナ―若き女王と終末の方舟―  作者: 河野章


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第十四章:脱出艇の建造と、反逆の足音

 それから数週間の間、浮島の下層ドックは地獄の様相を呈していた。スズカとアユの指揮のもと、海下層の泥に埋もれていた全長五百メートルを超える古代潜水艇『アーク・ノア』の換装作業が、一分の休みもなく進められた。不眠不休の作業を支えたのは、ビクトルが差し出した、一族の血を吸って肥え太った莫大な資金と、スズカの狂気じみた強引なリーダーシップだ。火花が飛び散り、重油の臭いが立ち込める中、かつての敵対心を超えて男たちはただ一つの「出口」を削り出していた。しかし、希望の産声が聞こえ始めた矢先、最悪の事態が島を襲う。


「女王が自分たちだけ助かろうとしている! 我らを見捨てて、島を海の藻屑にするつもりだ!」


 保守派貴族の残党が放った悪意に満ちたデマは、死の恐怖に極限まで晒されていた民衆の間で、乾燥した大地にガソリンを撒いたかのように燃え広がった。王城の外郭を囲む重厚な城壁の外では、かつて慈愛の女王としてセリーヌを仰ぎ見ていた民たちが、今や血走った憎悪の瞳で城を見上げ、その拳を突き上げている。


 城門を埋め尽くす怒号は、もはや嵐の咆哮に近い。手製の爆弾、重機、あるいはただの農具を手にした、理性を失った数万の群衆。彼らが王城の防衛線を突破しようと押し寄せ、鋼鉄の門が悲鳴を上げて軋む。その振動に呼応するかのように、浮島本体が大きく傾斜を始めた。ついに浮力機関が限界を迎えたのだ。冷たい海面が低層区を飲み込み始め、逃げ場を失った者たちの悲鳴が潮風に乗って王城の最上層まで届く。


「セリーヌ様、いよいよもって『終演』のようです。……救いようのない民どもが、自ら沈没を早めるために門を叩き壊そうとしております」


 ルークの声は、平時と変わらず滑らかで、それでいて刃のような鋭利な冷たさを孕んでいた。彼は優雅に一礼しながらも、その視線は極めて冷徹に状況を俯瞰している。


「自動防衛システムを起動し、あの群衆をまとめて追い払いますか? 私の手を汚すだけで済むのであれば、これほど容易い解決策もございませんが。……彼らを排除せねば、我々が方舟に辿り着く前に、この城ごと海に引きずり込まれます」


 ルークの進言を、セリーヌは自らの腹部――スズカやビクトルとの夜を経て、生命の微かな、しかし確かな胎動のような予感を感じ始めている場所――を、無意識に、しかし力強く押さえながら聞き届けた。

 外には裏切りという毒に侵された民衆、内にはシステムの末端として自分を喰らおうとするこの島の呪い。

 もはや、一秒の猶予も残されていない。


「否だ、ルーク。掃除などさせん。あの民たちも、私の大事な資産だ」


 セリーヌの物言いは、もはやかつての優雅な装いを脱ぎ捨て、泥と血にまみれた戦場を統べる将さながらの覇気を纏っていた。彼女は腰に佩いた王家の剣を、鞘が鳴るほどの勢いで抜き放った。


「スズカ、アユ! 聞こえているか! 未完成でも構わん、動けばいい。船を出せる状態まで、力尽くで持っていけ! 多少の浸水や気密漏れなど、後で貴様らが叩いて直せば済むことだ。……いいか、一分でも長く浮力を維持しろ!」


 通信機越しにスズカの野太い笑い声が返るのを確認すると、セリーヌはルークと、傍らで震えるビクトルを射貫くような視線で見据えた。


「ルーク、ビクトル。私について来い。城門を開け、民の前に出る。言葉を尽くして分からぬほど、私の民は愚かではない。それでも納得せぬと言うのなら、女王の真実を、この島が最後に見せる地獄の姿を、その目に直接焼き付けてやるまでだ」


 セリーヌは背を向け、混乱の極致にある城門へと大股で歩み出した。豪華な真紅と金のドレスの裾が床を擦り、剣の切っ先が鋭い火花を散らす。


「行くぞ! この島を、誰にも沈めさせはしない! 私が導く先にこそ、唯一の空があるのだと教えてやる!

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