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浮舟のフィオナ―若き女王と終末の方舟―  作者: 河野章


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第十三章:百日の残照と、女王の再定義

 スズカとの情熱的で荒々しい一夜が明けた翌日、浮島はその心臓部に致命的な亀裂が入ったかのように、大きく一度、身震いした。重力制御の不全による空間の歪みが、島の外縁部を物理的に圧搾し、断末魔のような金属音が大気を震わせる。


 そんな中、ビクトルは自らの背負う「血」の重みに押し潰されようとしていた。

 王城の謁見の間。重厚な扉を、まるですべての希望を捨て去ったような足取りで潜り抜けたビクトルは、実父・シャルール侯爵から強奪した、一族の全財産を示す磁気カードと、保守派貴族の全資産凍結を強制解除する「マスターキー」を、震える手でテーブルに置いた。 それは、スズカが進める古代潜水艇『アーク・ノア』改修のための莫大な資金、そして全島から資材を買い叩くための力そのものだった。


 第四章:百日の残照と、女王の再定義

 スズカとの情熱的で荒々しい一夜が明けた翌日、浮島はその心臓部に致命的な亀裂が入ったかのように、大きく一度、身震いした。重力制御の不全による空間の歪みが、島の外縁部を物理的に圧搾し、断末魔のような金属音が大気を震わせる。


 そんな中、ビクトルは自らの背負う「血」の重みに押し潰されようとしていた。


 王城の謁見の間。重厚な扉を、まるですべての希望を捨て去ったような足取りで潜り抜けたビクトルは、実父・シャルール侯爵から強奪した、一族の全財産を示す磁気カードと、保守派貴族の全資産凍結を強制解除する「マスターキー」を、震える手でテーブルに置いた。それは、スズカが進める古代潜水艇『アーク・ノア』改修のための莫大な資金、そして全島から資材を買い叩くための力そのものだ。


「ち、父も、他の一族も……すべて地下牢へ送りました。シャルール家が数百年かけて、下層民から吸い上げてきた財産です。そのすべてを、貴女に捧げます」


 ビクトルの声は、氷細工が壊れる寸前のような、弱々しく危うい響きを帯びていた。彼はセリーヌを見上げ、その翡翠の瞳に、高貴な矜持をかなぐり捨てた絶望的な懇願を宿らせた。


「ねぇ、セリーヌ様。代わりと言っては何ですが、今夜だけは……私のために時間を割いていただけないでしょうか。スズカのような、未来を切り拓く強靭な肉体も技術も持たないが、貴女に抱かれて生きる力を取り戻したいのです」


 セリーヌはその言葉を、感情の読み取れない冷徹な眼差しで受け止めた。彼女はテーブルのカードを一瞥すると、鋭い口調で短く応じた。


「分かった。来い、ビクトル。お前のその震え、私が止めてやる」


 その夜、セリーヌが訪れたビクトルの私室は、豪奢な装飾に反して、墓標のように冷え切っていた。ビクトルは椅子に深く腰掛け、自身の白く細い指先を、何かに怯えるように見つめていた。セリーヌが入室しても、彼は立ち上がることさえできなかった。


「怖いのです、セリーヌ。島が沈むことよりも……我が一族が、この百日の終わりを知りながら……高笑いしてワインを啜っていたという事実に。私が、その腐り果てた血を引き継いでいるという事実に……吐き気がして、止まらないんだ……」


 セリーヌが背後からそっとその肩に手を置くと、ビクトルの身体が、落雷を受けたかのように小さく跳ねた。社交界で「孔雀」と謳われ、完璧な冷笑を浮かべていた伊達男の仮面は、もはや見る影もなく剥がれ落ちている。そこにあるのは、沈みゆく世界に放り出された、無力な「子供」のような魂だ。


 セリーヌは彼をベッドへと誘い、その震える唇を自身の熱で塞いだ。スズカとの夜が、互いの野性をぶつけ合う闘争であったなら、ビクトルとのそれは、崩れゆく魂を繋ぎ止める救済の儀式だった。ビクトルは縋り付くようにセリーヌを求め、彼女の白い肌に顔を埋めて、喉の奥で嗚咽を殺しながら、消え入るような声で喘いだ。


「私を、どうか、独りにしないで……。この島の呪いから、私を連れ出してほしい……」


 セリーヌは彼の繊細な腰を引き寄せ、自身の内側へと導いた。

 ビクトルの突き上げは繊細で、しかし逃げ場のない切実な痛みを伴っていた。彼はセリーヌを、壊れれば自分の世界も終わる唯一の宝物のように扱いながら、その奥深くに自身の存在を刻み込もうと、必死に、そして無様に腰を動かし続けた。


 セリーヌは、彼の背中に爪を立て、その幼子のような恐怖をまるごと飲み込むように、強く、強く抱きしめ返した。


「案ずるな、ビクトル。お前の血は、私のために流されればいい。私の中で、新しく生まれ変われ。過去の罪も、一族の汚れも、すべて私が飲み干してやる。貴様はもう、シャルールの息子ではない。私の男だ」


 凄まじい快楽の中でビクトルはその声を聞いた。男とは女とは。女とは享楽を共にする相手だったビクトルにとって、それは真実、本物の女との交歓だった。ようやくビクトルはその腕を伸ばして自分からセリーヌの肌に触れた。それは湿っており熱く、柔らかく、内部は愛撫を待つようにうねっていた。何度も膣の中を捏ねながら、ビクトルは覚えたばかりの稚拙な愛の言葉をセリーヌへと差し出す。

 

「お慕いしております、私をその身に受け入れて下さい」


 技巧ばかりだったビクトルの腰の動きに本来の情熱が戻った。彼はベッドへうつ伏せに女王を張り付けると後ろからその屹立で内部を穿った。セリーヌは歓喜し貪るようにその快感を味わった。突き上げが激しくなるにつれて子宮がぐんっと降りてくる。昨日、スズカの精を受け止めたばかりだというのに、貪欲に、女の性が顔を見せる。

 二人は腰を擦り付けあい、互いに高まり、嬌声を上げた。


「ビクトル! 中へ、私の中へ、子種を注いで!」

「ああ、言われなくとも。私の子を孕んでください、セリーヌ!」


 絶頂の瞬間、ビクトルはセリーヌの首筋に熱い涙を落としながら、自身のすべてを解き放った。それは罪悪感からの剥離であり、同時に、一族を裏切ってでも彼女と運命を共にするという、魂の再契約でもあった。


 一度の絶頂では足りず、夜明けまでビクトルはセリーヌの中に居座った。二人は沈みゆく島の上で立った二人取り残された生存者のように互いに縋りつき抱き合った。

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