第十章:沈没都市ルルイ・ハル――深淵の決死行
小型潜水艇『ノーチラス・零型』は、深海一万メートルの絶望的な暗黒を切り裂き、進んでいた。覗き窓の向こう側に広がるのは、かつて人類が「地上」と呼んだ文明の成れの果て――沈没都市『ルルイ・ハル』の骸である。
サーチライトが照らし出すその光景は、悍ましくも美しかった。数千年の歳月を経てなお、朽ち果てることを拒絶した超高層ビル群。それらは鋼鉄とガラスではなく、旧時代の遺物である「自己増殖型ナノ・セラミックス」によって構成されていた。都市は海底の鉱物を無機的に吸収し続け、巨大な白骨の森のように変貌している。建物の外壁を埋め尽くす化学発光細菌の群れが、深海に漏れ出す重金属反応に反応して毒々しい紫に明滅し、死んだはずの街に不気味な脈動を与えていた。
操縦桿を握るスズカの指先は、岩盤をも容易にひしゃげさせる極限の水圧を受け、白く強張っていた。制御パネルからは機体構造の限界を知らせる圧壊警告音が絶え間なく鳴り響き、浸水寸前の軋み音が船殻を通じて脳髄に響く。
ノーチラスにはスズカの配下十五名ほどが乗り込んでいた。彼らはこれからルルイ・ハルに潜入し古代の遺物である超重力変換装置リアクターを回収する予定だった。操縦桿を握るスズカの指先は、岩盤をも容易にひしゃげさせる極限の水圧を受け、白く強張っていた。制御パネルからは機体構造の限界を知らせる圧壊警告音が絶え間なく鳴り響く。
減圧室には、スズカの配下であるスーラ族の精鋭、十五名ほどが待機していた。その最前列には、スズカの無二の親友であり、その右腕とも言えるアユが立っていた。
「……アユ、無理はするな。ヤバくなったらリアクターなんて捨てて戻れ」
「へっ、隊長殿。俺がそんなヤワに見えるか? 船底で泥水啜ってた頃から、俺たちの命は女王様よりしぶといんだよ」
アユはヘルメット越しに不敵な笑みを返し、親指を立てた。スズカの合図と共にハッチが開かれ、十五名が個人用推進装置を起動して海洋へと飛び出した。
ルルイ・ハルのビル群が淡く光り始めた。夜光虫に取り囲まれたような幻想的な形式の中、躍り出てきたのは数十頭もの電子イルカの群れだった。彼らは高性能ブレードの歯を持つルルイ・ハルの警備員でルルイ・ハルの聖遺物を狙う輩を亡き者にするため襲い掛かってきた。
「散れ! 固まるな!」
アユの叫びも虚しく、一人の若者が叫ぶ暇もなく、イルカの高周波ブレードによって潜水服ごと両断された。深海に噴き出した鮮血は、水圧によって黒い霧となり、発光細菌の紫光に溶けていく。
さらに不気味な現象が起きた。ビル群の窓から、女の泣き声のような旋律が響き始めたのだ。沈没都市の音声防衛システム――人魚ある。その歌声は通信回線を直接ハッキングし、潜水員の脳に「多幸感」と「死への誘惑」を流し込む。
「……ああ、綺麗だ。迎えに来てくれたんだな」
一人がうっとりと潜水ヘルメットのロックに手をかけた。スズカの制止も虚しく、ヘルメットが外れた瞬間、内部の気圧差で頭部が破裂し、肉片が暗黒に散った。
「野郎ども! 意識を保て! 耳を塞げ!」
モニター越しに、仲間がゴミのように屠られていく光景を、スズカは血の涙を流さんばかりの形相で凝視していた。
「……クソっ! アユ! アユ、返事をしろ!」
映像の中のアユは、一頭の電子イルカをナイフ一本で返り討ちにしながら、狂いそうな意識を必死に繋ぎ止めていた。だが、多勢に無勢だ。
「スズカ、悪い。これ以上は、持たねえ……」
アユの振り絞るような声を聴いた瞬間、スズカの胸中で何かが弾けた。
「俺の同胞たちを殺されて、自分だけ鉄の箱の中で震えてるなんて……そんな生き方、俺は知らねぇ!」
スズカは操縦席を蹴り上げ、緊急装備をひったくると、全速力で減圧室を突破した。潜水艇から飛び出したスズカは、怒りという名の高熱で人魚の歌声を焼き払い、アユの元へと突き進む。
「アユ! いきてるか!? このクソ野郎!」
「……っ、スズカ!? てめぇ、何しに来やがった!」
「迎えに来たんだよ! 騒ぐな、俺が道をこじ開ける!」
スズカとアユ、二人は背中を合わせ、死のダンスを踊るように電子イルカの群れを次々と粉砕していった。アユの的確な地形誘導と、スズカの荒々しい水力突進。二人の絆が深海の暗黒を切り裂き、ついに『重力制御用リアクター』を確保する。だが、帰還した潜水艇に残されたのは、出撃した仲間のうち、わずか四名だった。




