請願
ミーゼたちはブラウの背中を見てすぐにギルド窓口へと向かう。3人は考え混んでいるようで言葉を発さない。だからか、入り口からなかなかの距離がある窓口にもすぐに着いてしまった。
さっきまで早く報告したくて仕方がなかったのに、その気持ちは変わらないにしろなんだか変な気分になりながらも窓口の受付嬢と会話する。
「こんにちわ。バジリスクの調査、および討伐完了の報告ですね!」
受付嬢はニコッと笑い対応する。元気で冒険者にも物怖じせず仕事をそつなくこなすその姿はどこか気品すら感じさせる。
それに、その美貌はかなりのものだ、さぞかしモテてきただろう。実際ミーゼも見かけたことがあるが、冒険者からのナンパが多くて大変そうだ。まあ、華麗にかわしているし、受付嬢さんは皆んなのアイドル的な存在であるため強引な行為は御法度。そこら辺は多少相手も弁えているだろう。
そんなことも少し考えながらも質問に答える。と言ってもミーゼたちはミスリル級であり付き合いも割と長い。そのため相手もおおかた予想がついてるため予定調和的な会話だが。
「うん、討伐に関しては特に問題なく済んだよ。確かに森なんて変なところに居たけど、強さは変わらなかった。楽勝だったよ」
その言葉と態度からは、己の強さを知る強者独特の雰囲気が放たれている。
「ただ調査に関しては特にこれといった情報は得られなかったよ。何故森にいたのか、どうやって来たのか。偶然迷い込んだのか、はたまた何者かに追い立てられたのか。予想を立てることしかできないね」
「そうですか。ではそのようにこちらでまとめておきますね。」
受付嬢は高そうな万年筆を走らせ何かメモをとっている。おそらく今の内容を記録しているのだろう。
といっても内容自体が濃いものではないためすぐに筆を置き、報酬の準備を初めた。何年も勤めてるだけあり、慣れた動きはとても素早いものであった。
「改めて、任務達成おめでとうでとうございます。そして、ありがとうございました!こちら報酬の金貨50枚となります。ではまたお会いしましょう!」
金貨50枚、ミスリル級の冒険者にとってなかなかの金額である。しかし、3人でわけるため1人あたりではまずまずといった金額「なる。
任務が正式に完了し、金貨の入った小袋が窓口の台に置かれる。後ろに人が何人も並んでるため、それを手にして懐にしまうと、ミーゼたちはその場から立ち去り歩き出す。
そして、すぐにレーベンはその墨色の髪を揺らし 、瞳をミーゼたちの方に向けて口を開く。
「で、どうするんだよあいつ。仲間になれだって」
「まだ話を完全に聞いた訳じゃないんだしわからないよ。でも、どんな内容だとしてもこの話はリスキーだね」
「リスキーですか?勇者の仲間なんてすごいことですよ!勇者一行ともなれば有名人です!」
「お前有名人になりたいのか、その割には等級昇格に熱意がないけどな。オリハルコンやアダマンタイトになれば超有名人だぞ」
「いや、それ大変そうだし難しそうじゃないですか!確かに私は天才の中の天才ですけど、オリハルコン、ましてやアダマンタイトになれるかと言われると...」
「魔王討伐はそれより遥かに難しいと思うけどね」
3人がそんな話をしながら歩いているとブラウの待つ机に着く。ブラウは静かに、だけど少しソワソワした様子で待っていた。
おそらくこれから話す内容について整理でもしてたのだろう。ミーゼ達に気づくとすぐさま口を開き席に座るように促した。
椅子は机を挟み向かい合う形で3席ずつあり、座ると必然的にそれと同じようにブラウとミーゼたちは向かい合う形となった。
「まず話をする前に、君たちの名前を教えてもらってもいいかな。さっきは自分のことで精一杯で聞けてなくて」
実はというとブラウはミーゼたちの名前を知らない。ここまでくる手がかりはアイヒという都市のギルドにすごい冒険者がいるということと、そのチーム構成だけであった。
「俺はレーベン•クラフト」
「イングリット!イングリット•プラクフティボースです!」
「私はミーゼ•ヴェルミーリオ。よろしく」
特に隠すことでもないためすらすらと名乗っていく3人。しかし、名前を聞かれているだけなので特にそれ以上は語らない。それより、さっきの衝撃的な話にけりをつけたいと思っていたのだ。
「レーベン、イングリット、ミーゼ。うん、どれも良い名前だ」
「さっきの続きについてだが、と言ってもさっき以上のこともあまりないんだけどね」
ミーゼはわざと回りくどい話し方してるのかこいつはと、少し疑問に思いながらも話を聞く。おそらく両隣に座る2人もそう思っているであろうと、ちらりと視線を向けて戻した。
「先ほども言った通り、僕は大陸北部にあるリダーフネットノーデンで選ばれた勇者だ。勇者は基本チームを組んで旅をする。でも僕にはそれがいないんだ」
「リダーフネットノーデンと言えば領土こそ広くはないが、騎士の国と言われるほど武勲を重んじる国だな」「それに冬は酷く寒く、大地が肥沃な土地も少ない。その過酷な環境故に強い戦士が多いと聞いたことがあるんだが。それなのに、勇者と共に出来るほどの者が居ないっていうことか?」
レーベンは疑問に思ったことを素直にぶつける。そして、ブラウはそれに誤解を招く言い方をしてしまったことに気づく。自分はつくづく口下手だなと思いながらも謝罪しながら答えた。
「すまない、誤解させる言い方をしてしまったね。確かに数こそ少ないけど仲間に選べる強者はいるんだ。」
「ただ、僕はその物達を旅に連れ出せない。魔王討伐の旅に同行できるほどの強者は必然的に国にとって重要な役割を与えられる。そのような者たちが一時的とはいえ国を抜ければ、国は傾いてしまう。故にそう簡単には連れ出せないんだ」
「何故ですか?魔王が討伐できなきゃ国は傾くどころか滅びますよね?」
ここまでの話で上手く話が見えてこないイングリットが口を開く。目の前のことに囚われ、未来に目を向けないなんてことら愚の骨頂である。長命者の森精人であるイングリットは尚のことそう感じてしまう。
「そうだね。でも、僕の国はまだ前線からはかなり遠い。いくら今代の魔王が強くても、危機感はあまり高くない。現にこの街もそうだろ?」
「ここもまた、前線から遠い、それゆえに街にはまだ活気がある。前線の街は殺伐とした空気が流れ、滅ぶ街も跡を絶たないというのに」
ブラウは微かに悲しそうに、だけどどこか苦しそうな顔をしながら呟くように語る。
「何も脅威なのは純粋な魔王軍だけじゃない。魔王誕生により活発になった魔物たちの対処に追われる日々、そんな中で少しでも人員は減らしたくないんだろう。それが強者なら尚更ね」
「リダーフネットノーデンでは勇者を選抜すること自体否定的な意見も多かった。勇者を選抜するのはあくまでも、国の自由であり方針次第だ。大陸国家連合も強制しているわけじゃない」
「なるほど、君は我儘を通してなんとか勇者として旅立つことは許可されたわけだ。何故仲間がいないのかとか色々不思議だったけど、なんとなく訳がわかったよ」
「ただ一つ......」
おおよその経緯が理解できたミーゼが口を挟み謎が少し解けたことを示す。しかしまだ、1番気になっていた肝心なことを聞いていない。
「何故私たちなの?強者を求めているなら他にもいるだろうに」
「それは俺も少し気になってた」
「そう言えば確かにそうですね!気になります!」
そう、なぜ自分たちなのか強者なら世界中を探せば幾らでもいる。その中で探してまで自分たちを選んだ理由はなんなのか。
それが気になってしょうがなかったのである。そして、そんな質問に呼応するかのように他の2人からも共感の声が発せられた。
「それは、その...」
ブラウは言葉に詰まってしまった。それは、言えば憚られるであろうことが目に見えているからである。
ブラウは目を瞑り小さな深呼吸をする。机に置いていた手に力をこめて前を向き答える。
「理由は、君たちはたったの1年でミスリルに上り詰めた強者だからだ。それと、君達となら魔王を倒せそうだと思ったからだ。」
確かに私たちは強い。実際チーム結成から1年でミスリル級に到達するという偉業を成し遂げている。
ただ、それにしても気がするなんて、薄い理由になんとも言えない気持ちになる。ただそんな中ミーゼだけは他とは少し違った。
「それは私が魔人だと分かっていて言っているの?」
「ああ、勿論だ」
魔人、魔法への高い適正と人間より強靭な肉体、赤色の瞳を特徴とする人間種である。しかしこれは現代での話だ。
魔人はかつては魔族の1種族だとされ迫害の対象となっていた種族である。
そんな中、矢継ぎ早に言葉を紡ぐブラウ。
「そういうことなんだ。どうだろう、改めて僕の仲間になってくれないか」
その瞳は真っ直ぐに3人を捉え見つめていた。それはまるで縋るようであり、決意を感じされるものでもあった。3人はそれぞれ考え込む。五月蝿いはずの冒険者ギルドにいるのにも関わらず、彼らにとっては沈黙がその場を支配しているかのようだった。
少しの時間がたった後レーベンの口が開かれる。
「悪いが無理だな」
ブラウは地獄に垂れる糸が後少しのところで切れたかのような、希望が絶望に変わる瞬間を体感したのであった。
その顔は驚きと絶望の色を見せていた。