43. 廃棄王女、孤児の幼女に絆される
「お姉ちゃんだあれ?」
孤児院の子供でしょうか。五、六歳くらいの幼女が側で私を見上げていました。日々の食事も満足に摂れていないのでしょう。かなり痩せ細っています。
「こらミディム、こっちに来い」
「いやぁ!」
慌てて十歳くらいの男の子が幼女を連れ戻しに出てきました。
彼が出てきた方を見れば扉の奥から子供達が私をちらちら窺っています。みんな一様に痩せていました。
良く見れば私に出されたカップの中もお茶ではなく白湯のようです。この施設は赤貧状態で困窮しているのは間違いありません。
「あなた達、出てきてはダメって言っていたでしょう!」
シェリーが真っ青になっています。恐らく私が貴族であろうと察して子供達が罰せられないか心配したのでしょう。
「申し訳ありません。すぐに子供達は下がらせますので」
「謝罪の必要はありません」
シェリーはぺこぺこと頭を下げましたが、私がこれくらいで怒る短慮な女に見えるのでしょうか?
「ミディムちゃんというの?」
「うん、ディーだよ」
「ミディム!?」
シェリーが悲鳴に近い声を上げました。ミディムちゃんの子供らしい行動が貴族には非礼になると思ったのでしょう。ですが、こんな小さな子の振る舞いに無礼打ちもないでしょうに。
シェリーの反応は異常なまでに神経質に感じられます。それともロオカの貴族はこんな程度でいちいち怒り狂うのでしょうか?
私が首を捻っていたら横でユイリーが呆れたようにため息を吐きました。
「彼女の警戒は当然です」
「こんな程度で普通は怒らないでしょう?」
「メディア様がはおおらか過ぎるんです」
「そうかしら?」
カザリアでの事を思い起こしても、そんな場面に遭遇した記憶はないのですが。
「私の友人にそんな短慮な方はいなかったわ」
「同類相求む。メディア様の周囲は大物しかおりませんでしたから」
なんだかユイリーの目が私を世間知らずと言っているような?
おかしい。街へお忍びしている私の方がユイリーよりカザリアの庶民の暮らしに精通しているはずなのに。
「ミディムちゃん、いらっしゃい」
「うん」
私が手招きするとミディムちゃんが嬉しそうに破顔して私の膝によじ登ろうとしました。その姿が可愛らしく微笑ましい。私はミディアちゃんを抱えて膝に乗せました。
軽い。
同年代の少女よりずっと軽く私でも容易に持ち上げられました。これは想像以上に痩せているようです。着ている服もつぎはぎだらけ。かなり汚れています。きっと他の子達も似たり寄ったりでしょう。
「メディア様、そのような真似をされては困ります」
「私が良いと言っているのです」
ユイリーが非難の目を向けましたが、私は取り合いませんでした。
「ですが、身分というものが……」
「ユイリー、諦めろ」
なおも言い募ろうとしたユイリーの肩に手を置いてアルトが首を横に振った。
「カザリアでは視察と称して前線まで赴いて兵に混じって行軍までされた方だぞ」
「そう言えば、そんな事もありましたね」
あの時は誰かの陰謀で私のいた部隊が孤立させられ、敵軍に囲まれたのでした。絶望に暮れる兵達を叱咤し、泥に塗れて三日三晩飲まず食わずの逃避行をしたのも今となっては良い思い出です。
「……あの地獄は決して良い思い出ではありませんからね?」
あの時の兵達の顔を思い浮かべて懐かしんでいたらアルトに呆れられてしまいました。
「ミディムちゃんは幾つ?」
私は誤魔化すようにミディムちゃんの頭を撫でて話題を変える。
「ろくさい!」
「そう、ちゃんと自分の歳を数えられて偉いわ」
「えへへ」
褒めてよしよしすれば、ミディムちゃんが嬉しそうに笑う。実際、自分の歳さえ数えられない者も多いのです。シェリーさんがきちんと教育しているのでしょう。
ですが、六歳にしては小さ過ぎます。かなり発育が悪い。
「シェリーさん、この子達が最後に食事をしたのは何時?」
「三日前に教会の炊き出しを頂いたのが最後です」
「その以前から満足に食べ物は口にできていないのね?」
「……はい」
ため息が漏れそうです。
教会の庇護にあるはずの孤児院でさえこのざまです。国も貴族も平民の暮らしに目がいっていないのでしょう。戦時のカザリアでもここまで酷くはありませんでした。仮初とは言えロオカは平和で、彼らは毎晩のように遊んでいるのに。
「ユイリー、市場へ行って果物を買ってきてくれる?」
「まさかとは思いますが、ここの孤児達にですか?」
「まさかも何も他に誰に買ってくると言うの?」
飢えた子達前で私が果物を美味しそうに食べるような真似をするとでも言うのかしら。それこそまさかでしょうに。
「メディア様が施しをする謂れはないはずです」
「ええそうね」
私はまだロオカにとって客であり、この子達はまだ私の国民ではない。
「だけどねユイリー、ここで私達が帰ればこの子達とはもう二度と会えなくなるの」
「それは!」
私の言わんとするところを察し、ユイリーが目を大きく見開いた。
「これが偽善だとは分かっています」
べティーズにはこの子達以外にもたくさんの失われようとしている命は数多あるでしょう。それら全てを救う力は今の私にはありません。
「それでも関わってしまった命の灯火が目の前で消えるのを見過ごせるほど非情にはなれないのです」
膝の上に座るあどけないミディムちゃんの頭を撫でる。この子を助けたいという想いは、ただ自分の気持ちを満たすだけのお為ごかし。
「こんな私はやっぱり甘いかしら?」
「そんな仰りようは狡いです」
自嘲気味に笑う私に困ったようにユイリーは眉尻を下げた。
「それにね、ユイリーにお使いを頼むのは他にも幾つか考えがあっての事なの」
「他に?」
ユイリーが小首を傾げたけれど、私は曖昧に笑って答えずアルトの部下へと視線を移した。
「あなた達はユイリーの護衛についていきなさい」
「お、お待ちください!」
「それでは護衛がアルト隊長だけになってしまいます」
当然、二人は猛反対してきました。ですが、ここでユイリーだけで行かせれば確実に彼女は無事では済まないでしょう。それに、ここを手薄にする事に意味があるのです。
「これは必要な事なのよ」
「いったい何をお考えなのです?」
アルトが顔を険しくさせましたが、私はくすりと笑って返しました。
「利を以ってこれを動かし、詐を以ってこれを待つよ」
どうやら私の意図を察したらしくアルトがため息を漏らしました。
現在コンテストや他連載作品が立て込んでおり異国の廃棄王女はしばらく休載とさせていただきます。
(2025/5/13)




