40. 廃棄王女、スリの少年を恫喝する
「きゃっ!?」
「メディア様!」
突然、後ろから追突されてよろめいた私をユイリーが助けようとしましたが、かえって二人で絡みもつれて倒れてしまいました。
「おっと、ごめんよ」
ぶつかってきた相手は少したたらを踏みながらも体勢を立て直しました。見ればハンチング帽を被った十代前半の少年のようです。
「だけど、そんなとこで突っ立ってるお前が悪いんだからな」
悪態を吐き捨て少年はすぐ踵を返す。と、その瞬間、倒れている私とユイリーの横を二名の屈強な男性がサッと通り抜けました。
「大丈夫ですか?」
そして、三人目が私に近寄り手を差し伸べてきました。頬の古傷がとても痛々しいけれど、とても美しく逞しい男性。
「ありがとう」
私の護衛の騎士アルトです。
手を取った女性が可愛げのない私ではなく、妹のミルエラのように美しい少女なら絵になったでしょうに。私には少しもったいないシチュエーションですね。
「ふわわ、メディア様とアルト隊長も良いです」
助け起こされる私を見上げていたユイリーが頬を染めていますがどうしたのでしょう?
「離せ! 離せよこのっ!」
「大人しくしろ慮外者めが!」
「貴様、誰に狼藉を働いたと思っている!」
俄かに騒がしくなり、見れば私にぶつかった少年が私の横をすり抜けた二人の男性に組み伏せられていました。
彼らもアルトと同じく私の護衛についている騎士達です。
今は鎧ではなく街の男達と同じ格好をしています。変装のつもりなのでしょうが、がっしりした彼らはそれでも目立って仕方がありません。特にアルトは見目も良いので、さぞかし町娘の熱い視線を集めていたでしょう。
「まだ子供よ、あまり手荒にしないで」
「ですが、あの者はメディア様から……」
「分かっています」
何か言いたげなアルトを制し、私はゆっくり組み伏せられている少年へと歩み寄りました。そして、近くに落ちているハンチング帽を拾い上げると、私は地べたで這いずる少年を見下ろす。
「離していいわ」
何か言いたげでしたが、二人の騎士は私の指示に従ってさっと少年から離れました。もっとも、周囲を警戒しながら少年を逃がさないよう囲んでいますが。
解放された少年は地べたに胡座をかいて座り、私を憎々しげに睨んできました。私は気にせず右手に持った帽子を彼に差し出す。
「これはあなたのよね」
「返せよ!」
少年は手を伸ばし帽子をひったくろうとしましたが、寸前で私はひょいっと彼の手を避ける。
「何すんだ!」
「その前に私に返す物があるでしょう?」
少年は激昂したけれど、私は涼しい顔で彼の眼前に左手を差し出す。
「ふんっ、どうせ唸るほど金持ってんだろ。ケチケチすんなよ」
両腕を組んで少年がそっぽを向く。
「そう、それじゃあ帽子はいらないのね」
「返せ!」
少年が立ち上がり掴みかかってきましたが、私は慌てず横へかわす。それと同時
に足を引っかけると少年は見事に転倒しました。
「痛ってぇ」
「あなたじゃ私に敵わないわよ」
私は生まれてからずっと命を狙われてきました。多少の護身術は身につけており、不意をつかれなければ素人の少年に遅れは取りません。
「帽子はあなたが私から盗った物の代償にさせてもらおうかしら。あー、でも、こんな帽子いらないし燃やしてしまいましょうか」
「やめろ!」
よっぽど大事にしている帽子なのでしょう。少年は立ち上がって再び立ち向かってきました。今度は彼の頭を左手で押さえ込む。
「お前ら金持ちにはゴミに見えてもなぁ、それはシスターがオイラの為に作ってくれた大事なモンなんだよ!」
「あなたが盗った物も私にとって大切な物だって考えなかったの?」
「知るかそんなの」
少年の瞳に憎悪の炎が灯る。彼の憎しみはきっと全ての裕福な者達に向けられたもの。
「ぼーっとして盗まれるお前が悪いんだろ」
「だったら帽子を焼かれても、取り戻せない非力なあなたが悪いんだわ」
むっとした少年がポケットに手を突っ込むと、ほらっと私から盗った物を投げつけた。それは私の瞳と同じ真っ赤な宝石の指輪。
「これでいいんだろ」
それを私が確認するのと同時に少年が私から自分の帽子をひったくった。
「この指輪は私の母が遺してくれた唯一の物なの」
首から下げていたのだけれど、チェーンが引きちぎられてしまっている。仕方なく私は指にはめた。ちょっとサイズが合わないのだけど。
「だから何だってんだ。オイラにゃおっかあなんて最初からいなかったさ」
「でも、シスターはいるんでしょう?」
この子は恐らく孤児院で育ったのでしょう。
「大切な人との思い出に貴賎はないわ」
「お前らみたいに何の苦労も知らない奴らと一緒にすんな!」
そう吐き棄て少年は踵を返して走り出した。
「待ちなさい!」
私が制止の声を上げたけれど、少年は振り返らず路地奥へと消えてしましました。
「彼を追います」
「幾ら幼い子供とはいえメディア様に狼藉を働いた者です。放っておきましょう」
「いいえ」
ユイリーは先ほどの少年の態度にお冠のようでしたが、私は彼を捨て置けませんでした。
「『万物の流れを支配せし者、其は自由気ままなりし風の王、蛇の絡みし杖を振るうはヘスメール、乞い願わくは我に有翼のタラリアを与えん事を……流れる者の足』!」
素早く呪文を詠唱したのは高速移動の魔術。完成した術が生み出す風に私は乗る。
「アルト達はユイリーの護衛をしながら後からついて来て」
「お待ちください!」
「一人は危険です!」
ユイリーとアルトの制止を振り切り、急ぎ私は少年の後を急ぎ追いかける。
「間に合って」
何故なら少年の後を追うようにニ、三人の影が動いたのを私は見逃さなかったから。




