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異国の廃棄王女  作者: 古芭白あきら


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38. 廃棄王女、ロオカの業を垣間見る

「これはまずいわ」


 私がアル様に恋心を抱いている。


 どう考えても、破滅の想像しか浮かばない。それも多くの人を巻き込んで。私を慕ってついてきてくれた臣下を、何も知らず平和に暮らしているロオカの国民を、下手をすれば東方諸国に住む無辜(むこ)の民を、それら全てを道連れにするもの。


「私が余計なこと言ったばかりに申し訳ございません」

「ユイリーのせいではないわ」


 ユイリーが眉尻を下げて謝るけれど、気づいたのが今でむしろ良かった。これが大事な駆け引きの場面だったら取り返しがつかないところだわ。


「早い段階で知れたのが僥倖だったと思いましょう」


 こんなにも正常な思考ができず取り乱してしまう状態では、まともな判断は下せないでしょうから。


「私がアル様に懸想しているのは二人の秘密よ」

「懸想って……」


 ユイリーが何とも言えない微妙な顔をしましたが、どうしてでしょう?


「メディア様がアルバート殿下へ想いを寄せていらっしゃるのは、既にみなの知るところでございますよ?」

「みんなって?」

「みんなはみんなです。マリカ先輩達はもちろんアルト隊長以下騎士の皆様も、当然、侍女長を含め後からロオカへ来た全ての者です」


 くらっと眩暈がしてきました。


「それは本当なの?」

「はい、ご存知なかったのはメディア様ご本人だけです」


 知らぬは自分だけ。私の周囲は承知していたのに、私だけ理解せずにアル様の前であたふたとしていたのですか。なんです、その羞恥プレイは。


「穴があったら入りたいわ」

「普段は隙のないメディア様が色恋沙汰になると途端にポンコツになるところ、私は可愛いと思います」


 両拳を握ってユイリーが力説しますが、四つも歳下の少女に可愛いと思われるほど私の恋愛感情はお子様だったのでしょうか?


「とにかく、これ以上アル様のことは意識しないようにしましょう」

「それはかえって逆効果かと思われます」

「そ、そうかしら?」

「意識すまいと意識して、逆に泥沼にはまってアルバート殿下のことばかり考えてしまうのではないでしょうか」


 ふむ、ユイリーの見解には確かに一理あります。


「それでは、これからアル様にお会いするのを控えましょう」

「それもあまりお勧めできません」

「ど、どうして?」

「会わない時間が多い分、逆に心の中でアルバート殿下のことを考えてしまうからです」


 そういうものでしょうか?


「直接顔を突き合わせるより、心の中で相手を思い浮かべる方が美化されて想いが募るものなんです」

「な、なるほど?」

「それに、アルバート殿下が野望を持ってか、好意を抱いてかはまだ分かりませんが、どちらにせよ無理に離れようとすれば、間違いなくアルバート殿下の方からメディア様にアプローチをかけてきますよ」

「それなら、どうすれば良いの?」

「これまで通り、自然にお付き合いするのが一番です。慣れてくれば、しだいに気持ちも落ち着いてくるはずです」

「そういうものなのね」


 ふんふんと頷きながらユイリーの助言を聞いていて、私ははたと我に返りました。どうして私は歳下の娘に恋愛のレクチャーを受けているのでしょう?


 なんだか情け無いやら可笑しいやら。


「……ユイリー、この話はもうやめましょう」

「そうですか?」


 残念そうな、不満そうな、どちらともつかぬ表情をするユイリー。この子もマリカ達みたいに私をからかって楽しんでいるのではないかしら?


「それよりも話を戻しましょう」

「カルミアは誰か、についてですね」

「ええ、お父様の狙いがどこにあるのかを正確に読むためにも、誰がカルミアか知る必要があるわ」

「今現在、それと(おぼ)しき人物は宰相デュマン、サメルーンの王子シヴァ殿下、王弟のアルバート殿下、そしてカザリアと頻繁にやり取りをしているヤウロ伯爵ですね」


 もしかしたら、他の人物かもしれない。ですが、現段階では彼らの中の誰かだと考えるのが妥当でしょう。


「メディア様、思うのですが、カルミアそのものが幻影ということは考えられないでしょうか?」

「エドガー卿の提供してくれた情報が誤っていた可能性を言っているのね」

「はい」


 こくりとユイリーが頷く。やはり、この子は明敏な娘ですね。


「エドガー閣下はカザリアの宰相です。国家のためにわざと偽情報を流すこともあり得るのではありませんか?」

「そうでなくとも、エドガー卿が入手した情報が元から間違っていたとも考えられるわね」


 エドガー卿が必ずしも私の味方とは限りませんし、彼とて人間ですから誤情報をつかまされている事だってありえます。


「でしたら、カルミアを追うのはありもしない影に翻弄されることになりはしないでしょうか?」


 ユイリーの指摘は正しい。それについて私も考えなかったわけではありません。


「その可能性は否定できないけれど、カルミアは実在すると思っておいた方がいいわ」


 今回の婚姻の裏で、お父様が何か策謀を巡らせていると断定してよいでしょう。今の情勢とロオカの現状から、それがヴェルバイト帝国に関わるものであると考えて間違いありません。


 その陰謀を実行に移すに梟以外の協力者をロオカに求めるのは自然の流れ。少なくとも私ならそうします。


 それに、もしカルミアが存在しないとしても、現状のロオカ王国の宮中は王族、ヴェルバイト帝国、カザリア王国、周辺諸国の勢力で争っているのです。ロオカ転覆を企てる者達は必ずいます。


 カルミアを探るのは、それらを炙り出すことにも繋がる。


「……だから、カルミアはいるものと想定しておくべきなの」

「そこまでお考えでしたか。私が浅慮でございました」

「いいえ、ユイリーが色々と意見を述べてくれるのは、私も自分の考えを整理するのに役立っているわ」


 私はどうも思考が内へと向かってしまい、外に意見を求めなくなる傾向があるようです。ユイリーのように指摘してくれる人材はとてもありがたい。


「それでは、今後もカルミアについて調査していくとして、今回の訪問でヤウロ伯爵に対する心証はいかがでしたか?」

「ヤウロ伯爵はおそらく白だと思うわ」


 ヤウロ伯爵は自らすんなりとカザリアとの繋がりを話してくれました。その内容も筋道が通っています。


「とても陰謀に加担しているようには見えなかったわ」

「演技だったとは考えられませんか?」

「絶対にないとは言えないけれど、可能性は低いでしょうね」


 ヤウロ伯爵は為政者として優れた感覚の持ち主ですが、どちらかと言うと誠実に領地を治める正統派のように見受けられます。


 もちろん、実直なアル様とは違い、海千山千の政界を生き抜いてこられた方ですから、自分の手を汚さずにはいられなかったでしょう。ですが、それでもヤウロ伯爵は腹芸ができるタイプの陰謀家には見えません。


「それにヤウロ伯爵のロオカでの立ち位置を考慮すれば、お父様が陰謀の協力者と考えるには力不足です」

「確かにロオカを落とすのに地方領主では適任とは言いかねますね」

「全ては憶測の域を出ないけれど」


 そう、全ては何の根拠もない推測にすぎません。


「ただ、ヤウロ伯爵を除外しても、他に候補が挙がってきそうで頭が痛いわ」

「ロオカは裏切者に事欠きませんからね」

「ロオカの闇は予想していたより深かったわ」

「深いのは闇より業ではありませんか?」


 ユイリーの皮肉に私は苦笑を漏らす。ユイリーの指摘どおりロオカの王侯貴族の業は深い。


 帷帳(カーテン)を僅かにずらし窓から外を眺めれば、花の都ベティーズの大通りが目に飛び込んできた。馬車が進む街道には花が植えられ、それがなんとも美しく私の目を楽しませてくれる。


 そんなのどかな景観が流れるのをなんとなしに眺めていたら、ふと小さな横道が私の赤い瞳に映った。


 それはあまりに衝撃的な光景。一瞬のことであったし、昏く完全には見えなかったけれど、薄汚れた小さな人の姿が印象的でした。それは、まるで貧民街(スラム)に住む者達のよう。


 もちろんカザリアにも貧民街は存在します。しかし、こんな主要な通りの付近にまで貧困が蔓延していたりはしません。ロオカの闇が自国を蝕んでいる証左でしょう。


「アル様はこれを見せてはくれなかったのですね」


 ベティーズの美しい部分だけを切り取って案内してくれたのは、アル様の善意なのはわかります。だけど、それではロオカの本当の姿は見えてこない。


「私はロオカの事を何も知らないのね」


 やはり、私にはロオカの情報が圧倒的に不足しています。


「私はこの国の事をもっと知らなければいけない」

「メディア様?」


 私は対面に座るユイリーをじっと見つめると、彼女は不思議そうに首を傾げる。ユイリーは才女ではあるけれど良家の子女です。街で起こる荒事にはむきません。


「できればマリカの方がよかったけれど仕方ないわね」

「はい?」


 ですが、護衛はいるのだし、私自身もたいていの揉め事には対処できます。


「ユイリー、今から観光をしましょうか」

「えええっ!?」


 私がにっこり笑って宣言すると、ユイリーの顔が盛大に引き攣りました。

カクヨムの百合小説コンテストのため更新を3月いっぱいまで休載させていいただきます。→百合コン終了いたしましたので、本日より連載を再開したいと思います。(2025/4/07)

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