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異国の廃棄王女  作者: 古芭白あきら


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36. 廃棄王女、侍女長から罰を与えられる


「どうしてあなたがここに?」


 女性が深々と下げていた頭を上げた。


 着ているのは見慣れたカザリアの侍女服。子供の時から私を慈しんでくれた骨と皮ばかりになった手。私に向けられる優しい翠色の双眸。


 ああ、間違いなくベルナです。


 カザリアの王宮でずっと私の傍にいてくれた忠臣にして、私の親代わりであり、一緒に戦ってくれた友。


 長年仕えてくれた証である年輪をに刻む顔を見ると、私の胸に月花宮の温かな薫風が吹き抜けていくように感じます。


 まだひと月ほどしか経っていないのに、なんだかとても懐かしい。


「私ももう歳ですので、この老体ではご奉公に堪えられません。お暇を頂いてまいりました」

「引退するにしてもロオカに来る必要はなかったでしょうに」


 ベルナには子供や孫が何人もいます。月花宮を辞しても、王都には頼るべき者はたくさんいるのですから。


「カザリアの子や孫も既に独り立ちしておりますれば、カザリアに我が身を必要とする者はおりません」


 そう言って優しく私に微笑む老婆の(たたず)まいは、背筋に一本芯を通したようにピンッと真っ直ぐで、隠居するにはまだ早すぎるように思えます。


「ですが、ロオカに嫁いだ娘(・・・・・・・・)がいたと思い出しまして、その子の助けになればと老骨に鞭打ってここまでやって参りました」

「ベルナ……」


 その娘が誰を指すかなんて言われずとも分かります。


「どうやら、まだまだ手を焼かねばならない娘のようです」

「ありがとう……ベルナ……」


 胸がきゅっと締め付けられたような感覚に、思わず私はベルナの胸に縋ってしまいました。


「あらあら、どんなに優れていても、殿下はまだまだ可愛い子供ですね」

「ふふ、ベルナには敵わないわ」


 笑顔を作ってみても、目頭が熱くなってきました。頬を伝う涙の感触に、自分は泣いているのだと実感する。思っていた以上に、異国の地(ロオカ)に棄てられた事実が堪えていたのかもしれません。


「ううっ、侍女長」

「ベルナ様ぁ」


 マリカ達の啜り泣く声も耳に入ってきました。貰い泣きしているようですが、彼女達も故郷(カザリア)を遠く離れた地で心細かったのでしょう。心強い上司の登場に少し気が弛んだのかもしれません。


 しばし、部屋の中に故郷に残してきた温もりが蘇ったような気がします。


 その感傷にみなが黙って浸っていたのですが、ベルナは私の肩を掴んで引き離すと、急にくるっとマリカ達へと顔を向けた。


「さて……」


 ベルナは微笑みを絶やしていませんが……なんでしょうか。涙する彼女達へ向けるベルナの優しい翠玉の瞳が、ぎらりと光ったような?


「こっちはこっちで大きな子供ばかりで教育が足りていませんでしたか」

「「「はい?」」」


 ベルナの一瞬にしてマリカ達の涙が引っ込み、顔がひくひくと引き攣っていきます。


「あなた達には再教育が必要なようですね」

「そんなご無体なぁ!」

「ここは感動の再会にみなで抱き合って泣くシーンでは?」

「そうですそうです、かつての可愛い部下達によく頑張ったわね、と(ねぎら)うべきだと主張します!」


 マリカとヤスミンとヨランダが次々に苦情を具申していますが、ベルナ相手にそれは無駄な足掻きでしょう。あなた達、月花宮で何を学んできたの。


「メディア殿下をしっかりお支えしていると信じていたのに」


 ベルナがため息を吐きこめかみに手を当て首を振ると、マリカ達はいよいよ真っ青になってしまいました。


「まったくあなた達ときたら」

「お待ちください侍女長!」

「わ、私達はちゃんと誠心誠意、陰に日向にとメディア様にお仕えしておりました」

「そうですそうです!」

「黙らっしゃい(かしま)し三人娘!」

「「「ヒィッ」」」


 ベルナの一喝に、マリカ達は抱き合って震え上がってしまいました。そう言えば、この三人は月花宮でもこうやっていつも厳しく教育されていましたね。


「私が何も知らないと思っているのですか。あなた達がロオカの王弟との仲をダシに殿下を揶揄(からか)って楽しんでいたのは既に耳に入っているのですよ」

「えっ、ちょっと待って、みんなして私をおもちゃにしていたの!?」


 聞き捨てならない情報にばっとマリカ達を見れば、彼女達は私の視線を避けて目を泳がせた。


「わ、私どもは決してメディア様を愚弄するようなことなど何もしておりません」

「そうですとも」

「信じてください」


 だったら、どうして三人とも先ほどから私と目を合わせないの。挙動不審なあなた達の態度が全てを物語っていますよ。


 そんな私とマリカ達とのやり取りを尻目に、小さな侍女がスッとベルナの前に進み出た。今まで一言も発していなかったユイリーです。なにやら手に紙の束を持っていますが?


「侍女長、最新の報告書にございます」

「あなたの報告は細かなところまで行き届いていますね」


 ベルナはその書類を受け取るとサッと目を通しユイリーを褒めましたが、いったいあれは何でしょう?


 マリカ達も首を傾げています。


「あ、あのぉ侍女長?」

「それはいったい?」

「これはメディア殿下の周辺についての報告書です。当然、あなた達の素行についてもつぶさに記載されています」


 私の言いつけを破ってマリカが夜の散歩に出ていることも、アル様の訪問時にヤスミンがわざと私に黙っていたことも、ヨランダが私とアル様の恋物語を吹聴して回っていたことも、そんな彼女達の悪事が全てベルナに露見してしまったようです。


「ユイリー、あんた侍女長とグルだったの!?」

「酷いわ、先輩を売ったのね!」

「一人だけ良い子ぶって!」

「私はメディア様の近況をベルナ様にご報告していただけです」


 憤るマリカ達にユイリーはしれっと言ってのけました。大人しそうな顔して、ユイリーは意外と良い性格をしているみたいです。


「ユイリーを責めるのはお門違いよ。あなた達がきちんとしていれば報告書の有無にかかわらず問題は無かったのですから」

「「「うっ!」」」


 ベルナの叱責は完全に正論です。三人は何も言い返せないようね。


「これを見せられたら、おちおちカザリアで隠居もできません」

「三人をあまり叱らないであげて」

「「「メディア様ぁ!」」」


 私が庇うように前に立つと、マリカ達が目をウルウルさせて私に縋りついてきました。ちょっと現金な気もしますが、この子達は危険を顧みずカザリアからついてきてくれたのです。私の可愛い侍女であることに変わりはありません。


「メディア殿下、あまりこの者達を甘やかさないでくださいませ」

「ごめんなさい。私がもっとしっかりしていればよかったの。そうすればベルナに気苦労をかけずに済んだのに」


 ここは仕方がありません。四人で一緒に叱られましょう。


「三人にはこれからみっちり再教育するとして、殿下にもきちんと罰はご用意しておりますよ」

「お手柔らかにお願いするわ」


 やっぱり主君と言えどお仕置きは免れないものらしいです。


「実は私と共に月花宮を辞して一緒にロオカへ来た者が十数名おります」

「えっ、ベルナだけではなかったの!?」


 まさかの新事実に驚きましたが、続けてアルトが爆弾発言を投下してきました。


「ちなみに近衞を辞めた十名が護衛としてついてきております」

「ちょっと待って。そんな話、私は聞いてないんだけど!?」


 この短時間であまりに手際が良すぎます。これは私がカザリアを出立した時にはアルトとベルナは結託して計画していたに違いありません。


「今の私にはそれだけの人数を養う余裕がないわ」

「それについては、みな街で仕事を得ておりますので、ご懸念には及びません」

「侍女だった者達は主だったカフェテリアで給仕をすることになりました」


 カフェテリア――それは、このベティーズでは貴族達の情報交換の場。つまり、彼女達が私の耳目となってくれるということを意味しています。


「どうして?」


 彼らは私のために友を捨て、家族を捨て、故郷を捨てて遠く異国の地へと来たのです。彼らはなぜ私にそこまで尽くしてくれるのでしょう。


「あなた達には何の見返りもないでしょうに」

「いいえ、私どもはきちんと対価を求めてここへ来ました」

「だけど、私にはあなた達の忠節に報いる術がないわ」


 私がロオカへ持ち込めたものは僅かな私財のみ。それは準備を手伝ってくれたベルナ達も知っているはずです。いったい彼らは私に何を求めているのでしょう?


「私どもは信じているのです」


 だけど、困惑する私にベルナはいつものように優しく微笑む。


「メディア殿下ならきっと帝国を蹴散らし、我らの国を守ってくださると」

「ベルナ、私はもうカザリアの王女ではないのよ」


 今の私はロオカへ嫁いだ身。しかも、そのロオカでも味方が少なく、自分のことで精いっぱい。とても帝国に対抗できる力はありません。


「それでもです」


 それでもベルナは真っ直ぐ私の赤い瞳を見据えてはっきりと断言しました。


「私どもは殿下に東方諸国全ての未来を見たのです」

「カザリアではなく、東方の未来……」

「はい、殿下なら必ずや東方の地を照らしてくださる。そう信じるからこそ、私どもは殿下のお役に立ちたいのです」


 ベルナは私の前に跪き、首を垂れた。


「私どもは殿下に終生忠誠を誓います。どうか我らの忠誠をお受けいただきますよう、伏してお願い申し上げます」


 ベルナの願い。


 それはロオカを手中に収めて、帝国の脅威を払拭すること。そのために彼らは人生の全てを私に委ねてくれると言っている。


 それほどまでに私を信じてくれる彼らの献身に私の目頭が熱くなった。


「それはとても重い罰ね」


 私の双肩にずしりと大きな責任が載せられました。


 彼らの忠誠はあまりに重く、その重さこそが私への信頼の証し。そして、彼らの人生そのものの重さ。私はまた一つ歩みを止めてはならない理由を得たようです。


 私は彼らの想いの全てを背負わねばならないのですから。

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