34. 廃棄王女、梟に裏切られる
「ごめん……なさい……姫様」
急にシャノンが謝罪してきました。相変わらずの無表情ですが、どこか元気が無さそうに見えます。
「何を急に謝ってるのよ」
「私……知らなくて……」
私の足元に傅くシャノンに、マリカは胡乱げな目を向けています。本当は彼女が心配なくせに。この二人はいつもいがみ合っているけれど、決して仲が悪いわけではありませんから。
「問題はないわ」
「でも……」
「この事は予想していたの。むしろ、これではっきりしたわ」
「さっきから、いったい何の話をしているのですか?」
自分だけ蚊帳の外にするなとマリカが口を尖らせる。
ふふ、外見は大人っぽいのに、中身は実年齢より子供なんだから。本当にマリカは可愛い。
このままマリカを愛でていたい気持ちもあるけど、今は目の前で申し訳なさそうに小さくなっている黒猫の方を慰めてあげないと。
「梟は……闇夜の梟はあなたに何も教えてくれなかったのね?」
「……」
黙って頷いたシャノンは少し唇を噛み、その眉根が僅かに寄りました。
彼女はきっと悔しいのです。信頼していた梟の長、アウル・ナイトメアに裏切られた気持ちなのでしょう。
「梟はギルス殿下の悪巧みを事前に察知していた」
カフェでの貴族の会話を梟の諜報員も聞いていました。今夜の件は当然アウルの耳にも入っているはずです。
「にも拘わらず、私へ報告しなかった」
「何ですかそれ!?」
憤慨したのはマリカでした。彼女も昔と比べて感情豊かになったものです。マリカほどとは言いませんが、シャノンももっと真っ直ぐ自分の気持ちを出せるようになれればと願わずにはいられません。
「カザリアの王女であるメディア様への背信行為じゃないですか!」
「うっ……ごめん……」
マリカの癇癪に、シャノンがますます恐縮してしまいました。仔猫が怯えてしまっているようで、ちょっと可愛いと思ってしまうなんて。いけません。私にこんな嗜虐心があったとは。
「マリカ、落ち着いて。シャノンも畏まらなくて大丈夫よ」
「ですが……」
「二人とも勘違いしないで」
なおもマリカは不満そうですが、これも全て予定調和。何の問題も無いと言うより、完全に予想通りなのです。
「アウルは王家にとても忠実なの。だからこそ彼は私に情報を隠蔽した。そして、それがとても重要な情報を私に齎してくれたのよ」
マリカとシャノンが同時に目をパチクリさせて唖然としています。どうしてあなた達はそんなに可愛いの。
「アウルの忠誠心は疑う余地がないわ。だけど、彼が従うのは王家なの」
「なら、メディア様を裏切るような真似は許されないではありませんか」
マリカの不満にシャノンもコクコクと頷く。本当にこの二人は仲が良いわね。
「だから、思い違いをしては駄目よ。アウルにとって、カザリアの諜報機関にとって、最も優先されるべきは国王であるお父様の意思」
「ちょ、ちょっとお待ちください。つまり、梟が故意に情報を隠蔽したのは国王陛下の意思なのですか?」
梟はあくまでも国の機関。私の私的な組織ではありません。いくら長のアウルが私に同情的でも、私情を挟んでお父様の意向を無視することはできないのです。
「そうよ。だけど、それは逆にお父様の策謀の一部を私に教えてくれた」
もし、お父様にロオカとの姻戚に少しでも期待があるのなら、今夜の件を私に隠す意味はありません。しかも、本国とロオカの距離を考えれば、アウルに指示を出す時間が無いのです。
「つまり、私をロオカへ送り出した時から、お父様は私とギルス殿下の婚姻を成功させる意思は無い……いいえ、破談にさせるつもりだったのよ」
「それではまるで国王陛下がメディア様を見捨てられているみたいではありませんか!?」
「まるで、ではなく、お父様は始めから私を切り捨てておられたのよ」
「酷い……どうして……姫様、何も悪いこと……してない……」
「それどころか、メディア様は今までカザリアのため身を粉にしてきたのよ」
お父様の私に対する横暴にシャノンはショックを受け、マリカは悔しそうに憤っています。が、これは始めから予想していた範疇です。
なにせ私はお父様から、国から、カザリアの全てから見捨てられた王女。
そう、私は遠く異国の地に捨てられた廃棄王女なのですから。
「こんなのあんまりです」
「姫様……私……もう……姫様に顔向け……できない……」
マリカは悔しそうに顔を歪ませ拳を振るわせ、自分の家とも言うべき梟が私を裏切りシャノンは涙ぐむ。
燻んだ鉛色と黒真珠のような二人の双眸が悲しみに濡れ、他の侍女や騎士も釣られてもらい泣きしています。
「みんな……」
ああ、私にもこんなに慕ってくれる臣下がまだいたのですね。自分を廃棄王女だなんて卑下して皮肉っている場合ではありません。
「ありがとう。私にはまだ戦う理由がこんなにもあるのね」
私を信じ、私を支えてくれる彼らのためにも、私はここで立ち止まるわけにはいかない。私はそんな彼らに報いなければならない。彼らに守られている私は、彼らを守らなければならない。
「私は何としても帝国の侵略を防ぎたい。それが皆の幸せに繋がると信じているから」
もしかしたら、これは私の独りよがりなのかもしれません。帝国が大陸を統一した方が世の中は平和で、民は安寧を手に入れられるのかもしれません。
そうであれば、後世において私は歴史家から帝国の正義の行いを妨害した、世紀の悪女と謗られるのでしょうか。それとも、母国からも見放された、蟷螂の斧の如き身のほど知らずの哀れな廃棄王女とでも嘲笑の対象となるのでしょうか。
ですが、未来のことなど知りません。私はただ目の前にいる私を信じてくれている臣下達のために、帝国の前に立ちはだかりましょう。
「姫様……私……」
「シャノン、あなたは普段通りにしていなさい」
シャノンの黒い瞳に決意を秘めた光が見えます。それは強いほどに彼女の悲壮な思いが詰まっている。
「でも……」
「シャノン、先ほども申しましたが、あなたが報せなかった事実が私に大きな情報を齎すこともあるのです。切れ者のアウルですから、それも折り込み済みでしょう」
「頭が?」
「ええ、彼はカザリアを裏切れない。それでも私に最大限の譲歩をしてくれたのです。あなたが梟で無茶をしなければ、彼は何らかの形で私に便宜を図ってくれるでしょう」
シャノンの黒真珠のように綺麗な瞳は不安と贖罪の気持ちで濁ったまま。このままではシャノンが暴走しないとも限りません。
「私がロオカへ到着したその日にアウルはあなたを私の下へと寄越してくれた。それはアウルの私への気づかいなのよ」
アウルはぎりぎりのラインで私のために温情をくれた。
「それに、今回もシャノンに何も教えなかったのも彼の気づかいなのよ」
もし、シャノンがギルス殿下の悪巧みを知れば、真っ先に私へ報せようとしたでしょう。しかし、そうなるとアウルは立場上シャノンを止めなければなりません。最悪、シャノンは消されていたでしょう。
「でも……」
「お願いだから聞き分けて。ここでシャノンを失いたくないの」
それでも食い下がる彼女の頭を優しく撫でる。今はこれで精いっぱい。
「それからマリカ」
「分かってます」
マリカが自信満々にドンっと胸を叩きましたが……この子、本当に分かっているのでしょうか?
「梟の拠点も今後の散歩コースにするんですよね?」
はぁ、やっぱりぜんぜん分かっていない。
「その逆よ。絶対に梟とは関わっては駄目よ」
「どうしてですか!?」
「梟の諜報力を侮らないの。マリカの力は筒抜けになっているはずだから」
誰にも気づかれず謁見の間や夜会に潜り込めるマリカの能力はとても強力なもの。しかし、それとて私の魔眼同様、知られていれば手の打ちようはあるのです。
抜け目の無いアウルのことですから、マリカ対策はしていると想定すべきでしょう。
「でもでも、姫様に敵対する梟は許せません」
「さっきも言ったけど、梟は王家に仕える組織であって、私の臣下ではないの。それでも、アウルの好意でシャノンもマリカも見逃してくれているのよ。だけど、深入りすれば彼もあなた達を放置できなくなるわ」
だから絶対に梟に対し探るような行為はしないようマリカとシャノンには厳命しました。この子達はすぐに暴走しそうだから、よくよく言って聞かせておかないと。
「それに、あなた達には他にもっと重要な仕事を任せたいのよ」
「もっと……重要?……」
「ええ、あなた達しか頼れないの」
「えへへへ、私に何でも任せてください」
二人の黒色と鉛色の瞳が宝石のようにキラキラと輝く。
少し騙したような感じもして気が引けなくもないけれど、他に仕事を与えれば梟の件を忘れてくれるでしょう。
「それで、私達は何をすれば良いんですか?」
それに、梟から二人を引き離したい気持ちも確かにありましたが、実際に彼女達にやってもらいたい仕事はあるのです。
それはエドガー卿が私に贈ってくれた花の一つ——
「サメルーンの王子、シヴァ殿下について捜査をして欲しいの」
カルミアを特定することです。




