26. 廃棄王女、愚者の企てを知る
「カザリアの王女と言うと大国の威を借りギルス殿下に輿入れした醜女のことか?」
「そうだギルス殿下とリアム嬢の恋仲を引き裂いた冷酷非道の悪女のことだ」
ずいぶんな言われようです。この縁談は別に私が望んだわけでもありません。それどころかオスカー様と破談となった私にとっては良い迷惑なのですが。
それにしてもロオカの貴族はみな脳内がお花畑なのでしょうか。王侯貴族の婚姻に国よりも色恋沙汰を優先するなんて。しかも、政略を悪とみなす風潮でもあるみたいです。
それにリアム様は帝国の回し者。彼女に恋愛感情なんてあるわけもありません。完全に利用されていることに気がつかないのでしょうか。
「あの女、陛下との謁見ではずいぶん生意気な発言をしたらしいな」
「ギルス殿下のことなど愛していないだとか、ロオカを帝国と戦争させるために来ただとか……」
「王子妃の座と帝国との戦争にしか興味のない冷血女かよ」
どうやら私が申し上げた内容をずいぶん曲解して流布しているみたいです。
話を歪曲した犯人は私を嫌っているギルス殿下かカザリアを快く思っていない宰相のデュマン卿あたりでしょうか。あるいは帝国の回し者であるリアム様の線もあります。いえ、もしかしたら全員という可能性もありますね。
「それでな、ギルス殿下もほとほと愛想を尽かしたらしい」
「まあ、気持ちは分かるな。俺だってそんな女ごめんだ」
「そうだろ? そこで殿下がどうやら仕掛けるらしい」
「仕掛ける?」
「ああ、明日夜会があるだろう?」
夜会?
ロオカでは毎夜の如く夜会があちらこちらで催されております。ロオカに来て五日経ちましたが、その間に開催された夜会は私の知る限りでも両手で数えきれないほど。
明日も幾人かの貴族が夜会を開くとは耳に入っておりますが、いったいどの方の夜会なのでしょう?
「カザリアの王女を歓待する王宮の夜会のことか?」
「そうそう、それだ」
私を歓待する夜会……そのような話は私のところへ届いていませんが?
「そこでカザリアの王女に恥をかかせる企てがあるらしい」
「何だそれ、面白そうだな」
二人が下卑た笑いを浮かべておりますが、なんとも品性を疑います。
「まず、王女には夜会があるのを当日まで伏せておくらしい」
なるほど、それで私の歓待式のはずなのに本人である私が知らなかったわけですね。
「それでは王女は夜会の準備ができないではないか。夜会に出る時の女の支度は一日がかりなんだぞ」
「それが狙いらしい。どう足掻いても準備不足は否めないだろ?」
「それはそうだろうな」
「満足に時間をかけずにみっともない姿で夜会へやって来た王女を会場のみんなで笑い者にするのさ」
ギルス殿下は十歳児ですか。ずいぶん幼稚な嫌がらせを思いつくものです。
「それからギルス殿下はどうやらリアム嬢をエスコートするらしい」
「なるほど、カザリアの王女を冷遇することで、ギルス殿下はご自分のお相手はリアム嬢だけだと喧伝するおつもりなのだな」
「さすが察しが良いな」
何がさすがですか。
私に準備期間を与えないのは、きちんと主催できず迎賓も満足にできない国と自ら喧伝するようなもの。
それに仔細がどうであれ現在は私の輿入れを受け入れたと諸外国は見ているのです。私のための夜会で、ギルス殿下が他の女性をエスコートなどすれば堂々と浮気を宣言しているようなもの。自らの恥を諸外国に晒してしまうことになるのです。
察しが良いと言うになら、その愚行が何を齎すかを察してください。ギルス殿下を始めロオカの貴族達はあまりに愚か過ぎる。
「これでギルス殿下は真実の愛を貫ける」
「ふふ、何とも素晴らしい美談じゃないか」
「当日が楽しみだな」
「成功したらギルス殿下とリアム嬢をみなで祝福しよう」
そう言い残して二人は席を立つと店を出て行きました。さっと周囲に目を走らせれば、間諜らしき者達も次々に姿を消していっています。
はぁ……本当にため息が出そう。頭も痛くなってきました。
私に対する幼稚な意趣返しもですが、国の重要な情報も含めてロオカの貴族はこんな誰に聞かれているかも分からないような場所で密談をするなんて。
「王都ではカフェが貴族の情報交換の場となっているとは聞いていたが、まさか軍の機密や陰謀の類までべらべらと喋るとは」
貴族達のおあまりの愚行にアル様も頭を抱えています。そこへ追い打ちをかけるような真似はしたくはないのですが、これは伝えておかなければいけないでしょう。
「アル様、客がだいぶん減っています」
「そう言えば」
「恐らく消えた客のほとんどが他国の間諜だと思われます」
「何!?」
「先ほどの話は帝国や我が国だけではなく、先の話題にあったトフロン王国とライン王国にも筒抜けになっていると思われた方がよろしいでしょう」
「通りでここのところ軍の動きが読まれていたわけだ。内通者がいるのかと勘繰っていたが、それよりも酷い。悲劇を通り越して喜劇だな」
内通者ならば洗い出せば済むことですが、これは中央貴族全員の素行を改めさせなければいけません。間諜が慣れた様子で集まっていたところを鑑みるに、カフェで国家機密が漏洩しているのは常態化しているのでしょう。
「この件に関しては今夜にでも陛下に進言するとしよう」
「それがよろしいかと」
「それから、あの二人が話していた夜会だが……メーアには招待状がまだ送られていないと言うのは本当なのか?」
「はい、今のところ手元には届いておりません」
「だとするとギルスがあなたをエスコートしないつもりなのも真実のようだ」
ドレスは国元から運んできたもので対応するとして、エスコート役はどうにもなりませんね。
「重ね重ねメーアには迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない」
「いえ、アル様が頭を下げられるようなことではございません」
「ギルスの愚行を止めるどころか他の貴族まで共謀するなど許されるものではない」
アル様は暗い顔で目線を落とされました。同胞の愚昧な振る舞いにロオカの未来を憂いているのかもしれません。ですが、私とて同情している余裕ないのです。
シャノンが言っていたように親カザリア派の貴族は極小数でした。中立であるべき貴族達を味方につけようと考えていた矢先に今回の夜会での嫌がらせです。対応を間違えればロオカでの地盤固めに影響が出ないとも限りません。
とにかく今は急ぎ戻り今後の対策を講じないと。
「アル様、本日はお付き合いくださりありがとうございました」
アル様にお礼を述べて私が立ち上がろうとした時、テーブルに置いた私の手にアル様が手を重ねてきました。
「メーア、待ってくれ」
「アル様?」
何でしょう、と続けようとして私は息を飲みました。アル様の端正な顔が間近に迫っていたのです。私の胸がドキッと高鳴りました。
「あ、あの、アル様……近……」
心臓が早鐘を打ち、顔が上気しているのが分かります。きっと、私は真っ赤になっているでしょう。
まだオスカー様と別れて日がそんなに経っていないというのに、アル様にこんなにも動揺させられるなんて。ああもう、私はこんなにも移り気な女だったのでしょうか。
いけません、気をしっかりと持たないと。簡単に情を映しては駄目。アル様だってロオカの王弟なんです。隙を見せれば自国の有利になるよう利用されるとも限りません。
しかし、私の決意を見透かしたかのように、アル様は密着するくらい私に近づいてきました。
「明日の夜会、メーアのエスコートを俺に任せてはもらえないだろうか」
そして、物凄い追い打ちをかけてきたのでした。




