23. 廃棄王女、王弟と笑う
「それでは最初からソレーユ王はあなたとギルスの婚姻は上手くいかないとお考えだと?」
「正確には婚姻が成立しようとしまいとどちらでも構わないのだと思います」
もし、つつがなく私とギルス殿下の婚姻が成ればそれも良し。縁戚関係から働きかけカザリアのロオカでの影響力を増して、ゆくゆくは帝国との戦争に参加させれば良いのです。
「婚姻が成立すればそうなんでしょう」
そこまでは誰でも想像がつくようで、アルバート殿下も私の説明に頷かれました。
「ですが、ソレーユ王はこの度の婚姻は成立しない公算が大きいとお考えなのですよね?」
「恐らくは」
「ならば最初から上手くいかない分かっていながらソレーユ王はどうして婚姻話を持ち込まれたのですか?」
「今からお話しする内容はあくまで私の推測でしかないことをご留意ください」
お父様のお考えは私も聞かされておりません。ですので、お父様が何かを企んでいるというのは想像の範疇でしかないのです。
「予想通りギルス殿下が私との婚姻を拒否したなら、それを大義名分にロオカへ経済制裁を加えるのではないかと」
南方諸国における東方諸国との貿易はカザリアがほとんど担っています。南方諸国はカザリアの経済圏と言ってよくカザリアの経済的影響力はかなり大きいのです。また南方諸国におけるロオカの評判はあまり良いとは言えません。間違いなく周辺諸国はカザリアにつくでしょう。
「そうなればロオカは南方諸国で経済的に孤立するでしょう」
「それは帝国に利する行為なのでは?」
「帝国がそれを機にロオカを自国の経済圏に取り込む……そうお考えで?」
「ええ、そうすれば帝国は戦わずにロオカを手中に収められる」
アルバート殿下の予測は最もらしく聞こえます。
ですが……
「それは無理でしょう」
「無理?……帝国がそれを見逃すほど鈍重とも思えませんが?」
帝国の国力は東方諸国全体に匹敵しますので、誰しもアルバート殿下と同じ考えに至るでしょう。これが十年、二十年先の話ならば、きっとそれは正しい。
「現状、帝国の影響は軍事的にも政治的にも、そして経済的にもまだ南方諸国に及んでいないからです」
しかし、外国に対する影響力とは一朝一夕に築き上げられるものではないのです。特に経済的には。
「殿下、包囲され兵糧が尽きた城の蔵にどうして一晩で糧食を満たせるでしょう」
「あっ」
アルバート殿下にも私の言わんとするところが伝わったようです。
「いかな帝国の国力を持ってしても南方諸国全域を僅かな期間で経済的に侵略するのは不可能です。それをすれば本国の屋台骨が揺らぎ帝国の存続が危ぶまれる結果となるでしょう」
「となれば帝国に助けを求めたが最後、我が国の未来は閉ざされる……か」
南方諸国で孤立した状態でロオカが帝国に寝返った場合、十中八九周辺諸国から袋叩きに合います。
「当然、カザリアも支援しますから一夜にしてべティーズは火の海と化すでしょう」
軍事に明るいアルバート殿下にはこれが私の妄言ではないと分かるはず。
「ロオカは否応無しにカザリアに従わざるを得なくなるのか……」
「はい、ロオカはカザリアの属国と化してしまいます」
「どちらにせよ我が国は帝国と戦わねばならないのか」
「ですが、同じ帝国との戦争に参加するにしても意味合いは正反対です」
アルバート殿下は悲痛な表情で頷かれました。
「今ここで参戦すれば東方諸国に大きな恩を売れるが、属国化すれば単なる兵役だ」
「このままではロオカに未来はありません」
恩を売れば経済援助を受けられますが、属国の参戦ではロオカの財政は戦争によって摩耗していくでしょう。そうなれば徐々に国力は衰え、早晩ロオカが滅びるのは免れません。
「本当にソレーユ王はそこまでやるだろうか?」
「あくまで私の推測に過ぎませんが……」
お父様はこれまで手堅く国を統治なさってきました。決して愚鈍でもなければ無能でもありません。そして、為政者として非情も持っているのです。
「今はまだ南方諸国における帝国の影響力は小さい。ですが、このままでは手がつけられなくなるほど大きくなるのは明白。あの父王が帝国の台頭を座して看過するとはとうてい思われません」
「ソレーユ王はカザリアにとって、まことに良き王のようだ。それに比べて我が国は……」
アルバート殿下は苦い笑いを浮かべました。アルバート殿下にも私の予測が為政者として正しい判断とご理解されておられるご様子です。しかし、それによって踏み台にされるのは自国なのですから複雑なお気持ちなのでしょう。
「しかし、あなたはどうして私にその話を?」
「策謀が露呈すればカザリアの損益になるのに、ですか?」
「はい、カザリアの王女としてのお立場なら私に打ち明けるべきではないはずです」
「理由は二つあります」
「二つ……ですか?」
「当然ですが私も父王もロオカに参戦して頂きたいのです。ですが、父王のやり方を私は是としておりません」
「ソレーユ王のやり方が間違っていると?」
「短期的には正しいと思います。しかし、もし帝国との戦争が長引けばロオカの属国化は悪手になるのです」
私の推測通りに事が進めば、南方諸国から帝国の影を一掃できます。そうなればロオカを使って帝国を三面戦争の泥沼に引きずり込めて、東方諸国から帝国の脅威を払拭できる可能性が高くなるでしょう。
ですが、それでも戦争が長期化してしまったらどうでしょう。属国として無理矢理この戦争に参加させられたロオカの国民感情は最悪です。きっと、ロオカの民はカザリアを恨むでしょう。
「きっと、南方諸国における帝国との戦況は一変すると思われます」
「味方であるカザリアへの怨嗟が強まれば、ロオカの国民は帝国に靡くかもしれませんね」
「そうなればロオカ全体が戦を厭うようになるでしょう」
「確かに厭戦の気運が強くなった軍ほど脆いものはありません」
その時、南方方面の戦線は崩れ、帝国は一気に南方諸国を手中に収めてしまうでしょう。そうなれば南側から東方諸国は攻め込まれる。しかも、ロオカの民はカザリアへ恨みを抱いているのですから、喜んで参戦してくるでしょう。
「全く、あなたの慧眼には恐れ入る。あなたは為政者として優秀な才をお持ちと思っておりましたが、軍を率いても名将となれそうだ」
「『南方の獅子公』と名高き殿下にお褒めいただけるとは恐縮です」
まあ、私がまともに軍を動かせるとは思われませんし、これは世辞で間違いないでしょう。殿下ほどの方に持ち上げられると、少しその気になってしまいますが。いけませんね、できないことを無理してやろうとすれば大火傷してしまいます。
「それで、もう一つは?」
「ささやかな意趣返しです」
「意趣返し……ですか?」
「この話はあくまで私の推測ですし、父王に何か企みがあっても私は聞かされておりません。だいたい妹姫ミルエラではなく婚約者のいる私に話を持ってくるなど、私へ悪意があるとしか思えません」
私とて人の子。国の為にと悪意を唯々諾々と受け入れ黙って従うほど聖人君子ではないのです。
「私、これでも怒っているのですよ?」
「あなたでも感情が先に立つこともあるのですね」
「殿下は私を何だとお思いなのです?」
「はは、謁見での悪意に動じないあなたは聖女か何かかと思いました」
「ふふ、私が国元で何と呼ばれているか、殿下はご存じないのですか?」
アルバート殿下がくすくす笑われるので、私も釣られてくすりと笑みを零してしまいました。
「黒き魔女です……聖女とは正反対なんですよ」




