12. 廃棄王女、灰色の侍女を愛でる
「何なんですか、あのロオカの兵は!」
「マリカ、いい加減に落ち着きなさい」
プンプン怒るマリカを窘めましたが、彼女はぷうっと頬を膨らませてしまいました。
ふふふ、ちょっと可愛い。ほっぺを突きたくなります。
「だって遅れて来たくせに私達を邪険に追い払ったんですよ」
国境付近にも関わらず、守備兵がやって来るのに時間が掛かり過ぎていました。それはもう不自然な程に。なんせ目撃者の多い街道で外国の要人が襲撃されているのに、戦闘が終わっても暫くやって来なかったのですから。
「職務怠慢ではあったけれど、別に高圧的な態度ってわけでもなかったでしょう?」
「あれは慇懃無礼って言うんです!」
守備隊長さんは口調こそ丁寧でしたが、私達を尊重していないのが態度に表れていました。それだけにマリカの怒りは収まる気配がありません。
マリカは灰色の髪に燻んだ鉛色の瞳の落ち着いた色合いの娘です。そのせいで年齢より大人びて見えるのですが、内面は意外と子供っぽく激しいのです。
「それに最初の一言が『ご無事だったんですか?』ですよ!」
「まあまあ、せっかくの可愛い顔が台無しよ」
私がよしよしと頭を撫でれば、マリカは少し顔を赤らめる。そのまま私の肩に抱き寄せれば、抵抗せずコテンと頭を乗せて大人しくなりました。気が張って疲れていたのでしょう。うつらうつらして少し瞼が重くなってきたようです。そのまま寝入ってしまいました。
「無理言って同乗してもらって悪いわね」
私はマリカの頭に手を置きながら、対面に座るアルトに目を向けました。
「いえ、先程の襲撃の件についてお話をお聞かせ頂けるのでしょう?」
「さすがに話が早いわ」
私の護衛を指揮するアルトとは情報を共有しておくべきだと考え、馬車に同乗してもらったのです。
「あれは殿下を狙う帝国の刺客だったのですね」
「ええ、恐らく私がロオカに嫁ぐ事を嫌ったのでしょう」
この婚姻によりロオカにおけるカザリアの影響が強まるのを、ヴェルバイト帝国が警戒するのは自然な流れです。
「首尾よく殿下の婚姻が成ればロオカが参戦する可能性が出てくるからですね」
「そう、帝国はシュラフト、ストラキエ、ロオカの三国と同時に戦うのは得策ではないから」
いかに強大な帝国と言えど、そこまで戦線を広げるのは無理があるでしょう。そうでなくとも強引な侵略で西方諸国を統一した帝国は国内で幾つも火種が燻っているのです。
だから、野盗に襲われたように偽装して私を抹殺しようと企んだのでしょう。ロオカ国内で帝国の兵が私を手にかければ、カザリアが武力でロオカを制圧する口実になりかねませんから。
「はい、それは俺にも理解できます」
「問題はどうして私が賊の正体を看破できたか、そして得られた情報とは何か、ですね?」
「俺には奴らがただの賊としか思えませんでした」
髭を貯え顔や衣類を泥で汚し、武器もばらばら。彼らは上手く化けており、ぱっと見で正体を看破するのは不可能だったでしょう。
「私が彼らを怪しいと思ったのには幾つか理由があるの」
襲撃場所が国境付近の往来では人目につきやすく、軍がすぐに介入してくる恐れがあります。
「まるで目撃して欲しいみたいでしたし、守備兵は来ないと分かっていたみたいでしょう?」
「言われてみれば変ですね」
「もっともおかしいのは騎士に守られた馬車を襲った点よ」
騎兵一騎に歩兵十人ですから十数騎の騎士に守られた馬車を襲うなど正気を疑います。
「襲撃するなら少なくとも百人規模の集団でなければなりません。しかし、幾ら治安の悪いロオカでもそんな野盗の大集団がいるものでしょうか?」
「さすがに常識的にあり得ません」
「実際には数十人の手勢でしたし、それなら守りの薄い行商人を襲った方が安全です」
「俺達を狙うリスクを犯す必然性はありませんね……なるほど、確かに殿下のご指摘通りおかしな点だらけです」
「さすがメディア様です」
私に寄りかかり、うとうとしていたマリカが突然ガバッと起き上がりました。私に向けられた鉛色の瞳がなんとなくキラキラと輝いて見えます。
「ふふん、それに比べてアルト隊長はちょっと情け無くないですか?」
「こら、マリカ!」
私が無礼を窘めるとマリカは可愛くぺろっと舌を出しました。
まったくこの子は……少し甘やかし過ぎたでしょうか?
幼少期に両親を亡くし、特殊な環境で育ったマリカを憐れんで猫可愛がりしてしまった自覚はあるのですが……
「アルトに謝りなさい」
「むぅ、は〜い」
その後、謝罪をしたマリカでしたが、どうにもおざなりな感じです。叱りたいのですが、真っ直ぐ好意を向けてくるマリカが可愛くて私はどうにも強く出られません。
「ごめんなさいアルト、この子が失礼をして」
「いや、マリカ殿の仰る通りです」
アルトは私に向かって頭を下げてきました。
「申し訳ございません、私に落ち度があったようです」
「アルトは何も悪くはないわ」
「ですが、隊を指揮する者として迂闊でした」
アルトは申し訳なさそうに眉尻を下げてしまいました。しゅんと落ち込んだ姿が大きな仔犬みたいで少し可愛く思えてしまったのは秘密です。そう言えば、アルトは傷だらけの忠犬の異名がありましたね。
「私とてエドガー卿のご助言がなければ見逃していたと思うわ」
「宰相閣下の?」
「ロオカへ旅立つ私に下さった餞別よ」
「殿下の出立の日のことですか?」
私の言葉にアルトとマリカが首を傾げました。
「ですがメディア様、宰相様の餞の言葉は確か……」
「俺にも聞こえましたが、花の名前だったと記憶しています」
「ええ、それこそがエドガー卿からの私への餞別なの」
それはダリア、月桂樹、カルミア……そして、アセビです。