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忌子  作者: 一昌平
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第六話 父の気遣い

 濡れた制服を着たまま、忌子は教室に戻ることはできずに学校を後にした。体をきれいにしないと、ただそのことだけが頭を支配する。


 離れに帰るや否や忌子はすぐに制服を脱ぎ捨て、風呂場で全身を洗い続けた。水が体に当たり、体から流れ落ちる感覚を感じることで、少しずつ体のこわばりが取れていくのを感じる。


 どれだけ長い時間シャワーを浴びていただろう。緊張が解けていくにつれて頭の中ではなぜという思いがぐるぐると回っていた。しかしいくら考えても答えは出てこない。神楽を見に来てくれたときは、いつも通りだった。そうなると、あの後に何か起こったとしか考えられない。思い当たるのは人が倒れたときのことだ。


 自分が手助けをできなかったからだろうか。でも美友紀は自分が穢れを避けていることは知っている。だからこそ思い出そうとするだけでも悪寒が走る、あの木箱には悪意が込められているとしか思えない。


 なにをどう考えても、結論はそこにたどり着いてしまう。その考えを振り払うかのように水の勢いを強め忌子はシャワーを浴び続けた。


 自分の部屋に行っても忌子の気持ちは晴れなかった。巫女装束に着替え塩を取り出して自分に振りかける。少し清められた気分がしたが、それでもまだ全身に穢れがたまっている感覚があった。そのため簡易的な祓いの儀式をすることにする。


 台所で小さな壺型の白磁器を用意してお酒を入れる。この容器は瓶子といって神酒を入れるためのものだ。普段は例祭日にお供えするが今日は特別に用意する。神棚の他のお供え物と一緒に瓶子も並べた。そして神棚の前で祓詞を唱え始める。


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等、諸々の禍事、罪穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと、恐み恐みも白す」


 唱え終わる頃にようやく自分の中で落ち着いた気分を取り戻せた。


 しかし、どうして。気分が落ち着いてくるとまた疑問が頭の中にもたげてくる。おそらく美友紀があの箱を用意したに違いない。それにクラスメイトの誰もが異様な雰囲気を醸し出していた。


 いじめという言葉が頭の中をよぎる。クラスの中で今までそんなことはなかったはずだ。倒れた人を助けなかったから。それだけで彼女がいじめを始めるとは到底思えない。しかしいじめが始まるのはそんなささいな理由なのだろうか。


 今までもこれからも自分にとっては縁のない世界だと思っていた。考えれば考えるほど、頭の中に美友紀の笑顔と動物の死体が渦巻いていく。自然と涙がこぼれるが、涙は頭の中を清めてくれることはなかった。


 突然、自室の机の上に置いてある電話機が鳴り出す。着信音に驚き思わず悲鳴を上げた。無機質な機械音が不気味に思える。躊躇して受話器に手が伸びないが、それでも着信音は鳴り続けていた。


 鳴り響く着信音を聞き続けることの方が怖くなり、恐る恐る受話器を取る。


「忌子。どうしたんだい? もう試験は終わっているんだろう」


 受話器から父様の声が聞こえてくる。その声を聞いて緊張が解けた。机の上の置き時計に目をやると、すでに昼すぎになっていた。いつも試験が終わったら神社の仕事をしているのに、顔を出さないから電話をかけてきたのだろう。


「すみません。少し体調が良くなくて」


「そうだったのか。 じゃあ氏子に来てもらうように連絡しておこう」


「いえ。大丈夫です。休んでいれば良くなると思うので」


「そうかい? 無理しないで何かあったらすぐ氏子に連絡しなさい」


「わかりました」


 受話器を置いてゆっくりと息を吐く。とっさに嘘をついてしまったが、今更どうしようもない。罪悪感を覚えながらも、言った言葉に影響されたのか少しずつおなかが痛くなってくる。あれは悪い夢だった。そう思いながら忌子は布団に横になって休むことにした。


 ドアがノックされる音に目が覚め飛び起きる。めったに人が来ない離れで人の気配を感じると自然と心臓の鼓動が速くなる。


「忌子。起きてるかい?」


 ドアの向こうからは清司の声が聞こえてきた。


「父様! どうしてここに」


「忌子が心配だから来たに決まっているだろう」


 扉が開いて私服姿の清司の姿が目に入る。普段見慣れない姿に忌子はびっくりした。部屋の時計を見ると蛍光塗料でぼんやりと光る針は七時を回っていることを示していた。全然、連絡がなかったから見に来たのかもしれない。


「でも体調が悪いですから」


 清司は穢れを嫌っている。そのためにわざわざ離れを用意している。忌子の体調が悪いときも氏子に面倒を見させて自分自身は近づかない。だからこそ体調が悪いときにやってくることは異例中の異例とも言える。


 しかし今の忌子にとっては清司が来てくれたことは安心感につながった。


「おなかが痛い」


 学校のことを言おう。そう思っていたのに、口から出たのは今の自分の体調だった。穢れを父様に知られたくないという思いが体に染み付いていたのかもしれない。体調を心配されたからかもしれない。


「それなら病院に行こう。この時間でやっているところを探すから」


 清司の提案に忌子は目を丸くするばかりだった。

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